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被害者女性も望まなかったザ・ワインスタイン・カンパニーの破産申請。彼女らは報われるのか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ハーベイ・ワインスタインが弟ボブと創設したTWCは、米時間19日、破産申請した(写真:Shutterstock/アフロ)

 来る、来ると言われ続けた日が、ついに訪れた。ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)が、アメリカ時間19日夜、破産申請を行ったのである。

 ハーベイ・ワインスタインの長年にわたるセクハラやレイプが暴露されてから、5ヶ月余り。その間、TWC は、被害者女性や、事業でパートナーシップを組んだ会社、ニューヨーク州などから訴訟を受け、公開予定作品が宙に浮いたままになったりしていた。

 そもそも、ここのところヒットに恵まれていないTWCは、セクハラ騒動が起こる前から経営が危ない状況だったので、よくここまで持ったと言えなくもない。それもこれも、破産だけは避けたいとの強い願いがあったからだ。その思いは、ワインスタインの被害者も同じ。破産されてしまうと、取れるはずだったものも取れなくなるからである。

 TWCが申請したのはチャプター11、すなわち米連邦破産法第11条で、日本の民事再生法に相当する。さらに、申請においては、“ストーキングホース”と呼ばれる仮の買い手候補者を立てる363条ルールを取っており、再生手続きは素早く進むものと思われる。

 それでも、すべての訴訟が一旦保留になることに変わりはない。負債者の中で最初に支払いを受けるのは銀行など担保を持つ債権者で、損害賠償を求める被害者女性は、列のずっと後ろになる。彼女らは、おそらくほとんど何ももらえないだろうというのが現実的な見方だ。

 破産を回避すべく、オバマ政権時の閣僚マリア・コントレラス=スイートが率いる投資家グループに買ってもらう話がほぼ成立しかかっていたのに、先月になってニューヨークの司法長官がストップをかけた理由のひとつが「被害者女性への十分な賠償金が用意されていない」というものだったのは、今思うと、皮肉である。しかし、この買収も、どうせうまく行かない運命だった。

 コントレラス=スイートらは、ワインスタインの悪事を放置していたとされるTWCのCOOデビッド・グラッサーを解雇し、被害者女性への賠償金予算を9,000万ドルに増やすなどして、今月頭、司法長官の合意を取り付け、再び買収へと向かっていた。当然、被害者女性らの弁護士はほっとしたのだが、それもつかの間のこと。TWCがそれまで隠していた負債が発覚したため、買収話は結局、ご破算となったのだ。

 コントレラス=スイートらは、現在の社員をキープしつつ、女性中心の役員を据え、社名も変えて新スタートを切る姿勢だった。そうなっていたら、社員にとっても、被害者女性にとっても、もちろんTWCにとっても、一番良かっただろう。だが、そうならなかったのは、これまたTWCの責任である。もっとも、TWCの役員は、自分たちは正直だったと主張、「この買い手は自分の約束を守るつもりがなかったのだ」と、コントレラス=スイートらを責めている。

警察の動きはどうなっているのか

 当の本人ワインスタインは、「New York Times」と「New Yorker」の最初の報道が出てまもない昨年10月8日にTWCを解雇されて以来、アリゾナ州でセックス依存症の治療を受けている。彼が行ったのではと噂されるのは、30日のステイが必要で、1泊あたり1,000ドルはかかるという高級施設。しかし、ほかに比べたら、むしろこの出費は安いもの。彼は、被害者女性からの訴えに対応する弁護士のほか、妻と離婚調停中にあるため、そちらの弁護士も必要。その上、1ヶ月5万ドルを取ると言われる危機管理専門PR会社も雇っているのだ。TWCだけでなく、彼自身も訴訟されており、いずれ巨額の損害賠償を払わなければいけなくなるかもしれない。彼のお金が尽きることを心配し、彼の最初の妻は、昨年末、養育費の前払いを命令して欲しいと願い出ている(裁判所は却下した)。

 だが、彼にとって最も恐ろしいのは、お金ではなんともならない相手。警察だ。

 現在、ニューヨーク、L.A.、ロンドンの警察は、それぞれに刑事事件として捜査を進めている。どこも本腰を入れており、ニューヨークの警察は、つい最近も「捜査は順調に進んでいる」「情報はたっぷりある」と公言した。さらに、ニューヨークでは、検察に特別なプレッシャーがかかってもいる。反セクハラと男女平等を訴える団体TimesUpが、検察がワインスタインを検挙しなかった2015年の事件について、あらためて疑問を投げかけているのだ。

 その2015年の事件の被害者は、「New Yorker」の記事にも登場したイタリア人モデルのアンブラ・バティラナ・グテラス。彼女は、仕事のためのミーティングと言われてTWCのオフィスを訪ねたのだが、ワインスタインに体を触られ、その足で警察に行った。警察は彼女に盗聴器をつけさせて再びワインスタインに会わせ、その証拠音声も獲得している。しかし、結局、起訴には至らなかった。その時のワインスタインの弁護士のひとりが、マンハッタンの検事長サイラス・ヴァンス・Jr.の弁護士時代のパートナーで、彼のキャンペーンに寄付もした人物なのである。

 ヴァンス・Jr.は、当時の判断と寄付金は無関係と主張している。また、プレッシャーがあるからといって、起訴すればいいというわけでは、もちろん、ない。時間が経過したレイプ事件は、証拠集めが難しいというのが現実で、ニューヨーク警察も、前向きなことを言う一方で、「まだ証拠集めを続けている」と認めている。

 それでも、被害者女性たちは希望を捨てていない。L.A.の警察は、2013年のビバリーヒルズでのレイプ事件について、かなり証拠を集めているそうだ。また、TWCからの損害賠償金についても、新たな会社が善意の姿勢としてなんらかを用意するのではないかとの前向きな憶測もある。

 彼女らの闘いは、これからも続く。ハリウッド最大のドラマには、まだまだ次なる展開が控えているのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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