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オスカーレース最前線:作品賞は「スリー・ビルボード」と「シェイプ・オブ・ウォーター」の闘いに

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
オスカー予測上重要な米映画俳優組合賞は「スリー・ビルボード」が受賞(写真:ロイター/アフロ)

 ノミネーション発表が米西海岸時間23日午前5時22分(日本時間23日午後10時22分)に迫る中、オスカー戦線が、もう少し見えてきた。20日(土)に発表されたプロデューサー組合(PGA)賞はギレルモ・デル・トロ監督の「シェイプ・オブ・ウォーター」が、そして翌21日(日)の映画俳優組合(SAG)賞はマーティン・マクドナー監督の「スリー・ビルボード」が受賞したのである。

 PGAも「スリー・ビルボード」が受賞していれば、オスカーは今作のリードでほぼ安泰だった。しかし、長年、オスカー予測において一番当てになる賞とされてきたPGAが「シェイプ・オブ〜」にわたったことで、戦況は混乱状況となったのだ。

 PGAはオスカーと同じ投票形式を取っていることもあって、ほかの賞よりさらに当てになるとされる。投票者がオスカーとはかぶらないとはいえ、やはり同じ投票形式の放送映画批評家協会賞でも「シェイプ・オブ〜」が「スリー・ビルボード」が打ち負かした。それは、「スリー・ビルボード」にしてみると、大きな懸念材料だ。

 では、「シェイプ・オブ〜」が、ここにきて優位に立ったのかと言えば、そうとも言い切れない。「シェイプ・オブ〜」は、SAGのキャスト部門に候補入りを逃しているのである。

 SAGのキャスト部門(アンサンブル部門とも呼ばれ、いわば作品賞的存在)にノミネートもされなかったのにオスカーで作品賞を取った例は、「ブレイブハート」(1995)以降、一度もない。昨年は、ギリギリまでオスカー最有力とされていた「ラ・ラ・ランド」がSAGのキャスト部門候補入りを逃し、21年ぶりに新たな例が生まれるかと思われていたが、結局、オスカーは「ムーンライト」に奪われている。当時は、「ラ・ラ・ランド」が事実上ふたり芝居であることが、SAGキャスト部門に候補入りしなかった理由だろうと分析された。本当にそれだけだったのかは、もちろん誰にもわからないし、いずれにしても、「シェイプ・オブ〜」に、その言い訳はきかない。

 PGAの結果は、過去2年はオスカーと異なったが、その前は8年連続で同じ。それに比べてSAGの一致率は、五分五分だ。PGA、SAGともに、アカデミーにも所属する会員がいることが、批評家賞などと違い、オスカー予測上、重視されるゆえんだが、アカデミーにおけるプロデューサーの割合が7%ほどであるのに対し、俳優は17%弱を占め、俳優のほうが影響力は大きい。

 今年の状況は、2年前にやや似ている。あの年も、だんとつのフロントランナーがおらず、PGAは「マネー・ショート 華麗なる大逆転」、SAGは「スポットライト 世紀のスクープ」に賞を与えた(オスカーは『スポットライト〜』だった)。「マネー・ショート〜」はリーマンショックを招いた金融界の裏側、「スポットライト〜」はジャーナリズムのパワーと正義を語るもので、いずれも、いかに意義のある映画かを強調するキャンペーンを展開している。

 しかし、今年の2作品はタイプがまったく異なり、アピールポイントも違う。どちらが上か決めろなんて無理と言いたいところだが、賞とはそういうものだ。日本ではまだ公開されていないので、この2作について、ここで簡単に説明しておこう。

「スリー・ビルボード」:わが子を失った親の、絶望、無念、罪悪感

 主人公は、ミズーリ州の架空の街エビングに住むバツイチ女性ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)。19歳の長女が数ヶ月前にレイプされ、殺されたことに対する悲しみは、いまだに犯人を検挙できない警察への怒りに変わる。そんな彼女は、街はずれにある3つの看板に、警察のチーフ、ウィロビー(ウディ・ハレルソン)を名指しし、疑問を投げかける広告を出した。彼女の挑戦的な行動に、仕事はできないがウィロビーを上司として慕う警察官ディクソン(サム・ロックウェル)は激怒する。

 エスカレートしていくふたりの戦いは滑稽でもあり、笑いを誘う。テーマがテーマだけに、そう聞くと不適切なのではと思うかもしれないが、そのユーモアの奥にあるのが悲しみと無念さだということが常にちゃんと伝わってきて、共感を呼ぶのだ。

 この絶妙なバランスと、現代が誇る最高の劇作家であるマクドナーの卓越した脚本、そこに見事に息吹を与えられる舞台経験豊富なキャスト陣が、今作の強み。つまり、突き詰めると、脚本と演技である。

「スリー・ビルボード」(Fox Searchlight)
「スリー・ビルボード」(Fox Searchlight)

これまでの受賞:前述のSAGのほか、オスカー作品部門につながることの多いトロント映画祭観客賞を受賞しているのは特筆すべき。ヴェネツィア映画祭では脚本賞を受賞。またゴールデン・グローブでも作品賞(ドラマ部門)を受賞した。

「シェイプ・オブ・ウォーター」:恋愛もので、モンスター映画。社会的メッセージも

 舞台は、冷戦時代のアメリカ。口のきけないイライザ(サリー・ホーキンス)は、政府の極秘研究所で、夜間清掃員として働いている。ある夜、職場に、貴重な研究対象物が運びこまれてきた。南米で発見されたという見たことのない生き物で、どうやらかなり凶暴らしい。だが、イライザは、なぜかその生き物に心を惹かれ、あちらもそれに応えてくるのだった。

 言葉を交わせないイライザと"彼"が見事にコミュニケーションを取っているのに、偉い白人の男たちはたくさんしゃべりつつも心を通わせられないところが、とても興味深い。彼女を支えるのは、同僚の黒人女性(オクタヴィア・スペンサー)と、隣人のゲイ男性(リチャード・ジェンキンス)で、つまり社会の弱者。一見、ファンタジーホラーだが、トランプ時代の今、タイムリーな社会的メッセージがある上、古き良き時代のハリウッドミュージカルへのオマージュも散りばめられている。映画への愛の部分は(イライザの家が、映画館の上にあったりもする)は、アカデミー会員の心をくすぐるだろう。恋愛ものとしても、ボーイ・ミーツ・ガール的な初々しさもあれば、エロチックさもある。さらに、プロダクションデザインがすばらしい。

 今作の強みは、これらの違ったジャンルを美しく、独自の形でまとめてみた、デル・トロならではのイマジネーションと手腕だ。こんな映画を作ることができる人は、ほかにいない。

「シェイプ・オブ・ウォーター」(Fox Searchlight)
「シェイプ・オブ・ウォーター」(Fox Searchlight)

これまでの受賞:前述のPGAと放送映画批評家協会賞のほか、ヴェネツィア映画祭の金獅子賞に輝いている。ただしヴェネツィアの金獅子は、オスカーにほとんどつながらない。ゴールデン・グローブは最多ノミネーションだったが、受賞は監督部門にとどまった。

ほかの作品にもまだチャンスが

 この2作品のほかに有力視されてきているのは、「君の名前で僕を呼んで」「レディ・バード」「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」「ゲット・アウト」などだ。これまでほとんど何も受賞していない「ダンケルク」も、オスカーは候補入りすると見られている。その後には、「ビッグシック ぼくたちの大いなる目ざめ」「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」「The Florida Project」「I, Tonya」「ファントム・スレッド」などが控える。

 各都市の批評家賞で大健闘した「レディ・バード」と「君の名前で〜」はとくに、ここに来てやや勢いを失った感はあるが、希望はまだ十分ある。二者の争いだと票が分かれるとの指摘があるし、昨年、トランプ就任のショックで世間のムードが変わったことが投票結果に影響したように、まだ何があるかわからないのだ。

「君の名前で僕を呼んで」(Sony Pictures Classics)
「君の名前で僕を呼んで」(Sony Pictures Classics)

「スリー・ビルボード」と「シェイプ・オブ〜」は、どちらもフォックス・サーチライトの作品なので、フォックスとしては気持ちに余裕があるだろう。しかし、ほかの作品のキャンペーン担当者は、今ごろ、どうやって投票者の心をつかむか、必死に知恵を絞っているはず。いずれにしても、アメリカ時間明日のノミネーション発表が、次の段階のスタート地点だ。ここで敗退となる作品もあれば、これまで以上にお金とアイデアを注ぎ込む作品も出てくる。それは果たしてどんな戦略か。その効果はあるのか。

 そもそも、サプライズがあるからこそ、オスカーはおもしろいのだ。これからの5週間半、すべての動きが注目される。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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