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ハリウッドのセクハラ騒動:ワインスタインは本当に、拒否した女優に仕返しをしていた

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ハーベイ・ワインスタインにキャリアを潰されたミラ・ソルヴィーノ(写真:Splash/アフロ)

「俺の言うことを聞かないと後悔するぞ」「言うことを聞いたこの女優やあの女優が、今どんなに成功しているか見てみろ」。

 30年にわたり、ハーベイ・ワインスタインは、駆け出しの若い女優をそう脅し、欲望を満たしてきた。その罠にはまった、あるいははめられそうになった80人以上の女性のひとりが、ミラ・ソルヴィーノだ。

 ソルヴィーノは、ワインスタインの会社ミラマックスが製作するウディ・アレン監督作「誘惑のアフロディーテ」(1995)で、オスカー助演女優賞を獲得した。だが、その後、キャリアはぱっとしなくなる。オスカーを取った女優のキャリアがその後冴えなくなった例はほかにもあるものの、ソルヴィーノは、「ほかの要因もあるのかもしれないけれど、ハーベイが関係しているような気がする」と、今年10月、「New Yorker」のワインスタイン暴露記事で語っていた。1995年、ワインスタインから二度にわたって迫られ、二度とも逃げただけでなく、ソルヴィーノはそのことをミラマックスの女性社員に相談してもいる。つまり、言いつけたのである。

 実際、それはワインスタインの恨みを買っていた。その出来事の後、良い映画の企画があっても、ソルヴィーノが雇われないよう、ワインスタインが根回しをしていたことが、最近になってわかったのだ。それらの映画のひとつは、オスカーにも輝く大ヒット三部作「ロード・オブ・ザ・リング」。もうひとつは、アメリカでスマッシュヒットした2003年のブラックコメディ「バッドサンタ」だ。

 この事実が判明するきっかけとなったのは、ピーター・ジャクソンがニュージーランドのメディアに対して行ったインタビュー。「ロード・オブ・ザ・リング」は、当初、ミラマックスで製作される予定で進んでいたが、映画の本数などでジャクソンとワインスタインの意見が合わず、結局ニュー・ライン・シネマで製作されている。しかし、完成作にもハーベイ&ボブ・ワインスタイン兄弟の名前はエクゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされており、キャスティングについての話し合いは、ミラマックスで企画が進んでいた1年半の間に、たびたび行われたとのことだ。

 ジャクソンと、妻でプロデューサーのフラン・ウォルシュが興味を示していた数多くの女優の中に、ソルヴィーノと、やはりワインスタインに迫られて拒否したアシュレイ・ジャッド(ジャッドは『New York Times』に対してその体験を告白している)の名前があった。だが、ミラマックスはふたりに対し、このふたりの女優には過去にひどい思いをさせられたと言い、絶対関わるなと主張したのだという。

 スタジオからそのような忠告を受けるのは珍しいことではなく、嘘をつかれていると思わなかったジャクソンは、映画がニュー・ライン・シネマに移ってからも、彼女らを推すことはしなかった。15日に発表した声明で、ジャクソンは「20年以上経った今、ハーベイによるセクハラについての記事で、アシュレイとミラが、彼の誘いを拒否したためブラックリストされているように感じると言っているのを読みました。(中略)もし私たちが、知らずしてアシュレイとミラのキャリアを傷つけることに加担したのだとしたら、心から謝罪します」と誠意を見せている。

 それを受けて、翌日には、「バッドサンタ」のテリー・ツワイゴフ監督が、ツイッターで自分の体験を告白した。彼によれば、キャスティングについてワインスタイン兄弟と電話で話している時、ソルヴィーノの名前を出すと、一方的に電話を切られたのだそうだ。「そんなふうに電話を切るって、どんな奴?まあ、今となっては、どんな奴だったのかわかったけど。ミラ、ごめんなさい」と、ツワイゴフは最後に謝罪した。

戻ってはこないチャンスと、大切な時間

 22年が経ち、50歳を迎えた今になって事実を知らされたソルヴィーノの衝撃は、大きかったようだ。ジャクソンの声明が出た後、ソルヴィーノは、ツイッターに、「起きた直後にこれを読んで、大泣きしました。ハーベイ・ワインスタインが私のキャリアを傷つけていたことの確証です。そうではないかと自分でも思っていましたが、確信はありませんでした。ピーター・ジャクソン、正直に言ってくれてありがとうございます。今、とても悲しいです」と涙の投稿をした。

 ジャクソンは、声明の中で、候補に上げていた俳優や女優は多数おり、それぞれの役に対して複数いたと述べている。最終的に「ロード・オブ・ザ・リング」に出た女優は、ケイト・ブランシェット、リヴ・タイラー、ミランダ・オットーなどで、ソルヴィーノが選ばれていたという保証はない。だが、オーディションの結果、役を取れないのは、役者なら誰でも経験していることであり、納得がいく。彼女とジャッドは、心がねじ曲がった男の卑劣な行動のせいで、チャンスすら奪われたのだ。

 さらに、「仕事をしづらい人」という嘘の評判まで、業界内で吹き込まれていた。その嘘を信じて、彼女を最初からはずした監督は、ほかにもいたかもしれない。そんなふうに良い話が素通りしていく中、いつしか人々から忘れられていく。女優にとっては貴重な若さも、失われていく。ワインスタインがやったことは、ものすごく残酷だ。

 レイプやセクハラなど、これまでに挙がった事柄をすべて否定しているワインスタインは、この事実についても、もちろん否定している。やはりワインスタインの誘いを拒否したパトリシア・アークエットは、ハリウッドの業界人に対し、これまでワインスタインに雇うなと言われた女優の名前を全部挙げるようにとツイッターで呼びかけた。無念の涙を流す女優は、これからも出てくるかもしれない。

 ワインスタインと彼の会社ザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)に対しては、すでに複数の訴訟が起こっている。L.A.、ニューヨーク、ロンドンでは、レイプ事件についての捜査も進行中だ。ひとしきり泣いた後、これらの女優たちも、新たに彼に対する戦いに加わるだろうか。自分が奪った時間と可能性の重みに、ワインスタインは、果たしてどう向き合うのだろう。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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