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ハリウッドのセクハラ騒動:ケビン・スペイシーのキャリアはどうなるのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
31年前、当時14歳の子役に性的関係を持ちかけたとされるケビン・スペイシー(写真:Shutterstock/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインは自分の会社をクビになり、映画アカデミーから追放された。アマゾン・スタジオズのロイ・プライスは辞職に追い込まれ、政治アナリスト、マーク・ハルペリンは、NBCなど複数のテレビ局から出演契約を打ち切られて、本の出版もキャンセルされている。ニケロディオンチャンネルのプロデューサー、クリス・サヴィノも、局を解雇された。

 今月5日の「New York Times」のワインスタインについての暴露記事をきっかけに、女性たちが長年秘めてきたセクハラ話を打ち明け始める中、陰で悪いことを平気でやってきたハリウッドの大物たちの運命が、次々に急転している。自分に回ってきませんようにと密かに祈っている人は少なくないはずだが、ケビン・スペイシーからの願いに、神さまはそっぽを向いた。西海岸時間29日、俳優アンソニー・ラップが31年前にスペイシーから受けた性的被害について告白する記事がBuzzfeedに掲載されたのだ(Actor Anthony Rapp: Kevin Spacey Made A Sexual Advance Toward Me When I Was 14)。彼がセクハラを行なっていたという事実だけでも十分衝撃だったが、ラップが当時14歳の少年だったこと、またスペイシーが直後の謝罪声明の中で、まるで話題をすり替えるかのようにゲイだとカミングアウトしたことから、スペイシーは、業界からも、LGBTコミュニティからも、大きな怒りを買うことになっている。

 その記事が出てから24時間もたたないうちに、Netflixは「非常に遺憾に思っています」という声明を出した。さらに、スペイシーが主演とプロデューサーを兼任する「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、すでに撮影に入っている第6シーズンで終わりにするとも発表。番組を共同制作するメディア・ライツ・キャピタルとNetflixのエクゼクティブは、この日はスペイシーが現場にいないと承知の上で、ただちにバルチモアの撮影現場に飛び、キャストやクルーと話をしたとのことである。

「ハウス・オブ・カード〜」はNetflixがオリジナル製作に乗り出した最初の作品で、高い評価を得てきたドラマだ。スペイシーは今作で5年連続エミーにノミネートされていながら、一度も受賞に至らないままである。本来ならば、最後のシーズンには 「最後だし勝たせてやろう」いう心理が投票者に働いたりするものだが、今回、それは期待できそうもない。それどころか、新シーズン開始の折の宣伝にも、注意が要されそうだ。Netflixは、このほかにも、スペイシー主演の映画「Gore」を製作中だが、こちらはつぶされるかもしれないとささやかれている。

 年末には、彼が出演するリドリー・スコット監督の映画「All the Money in the World」の公開も控える。70年代に、当時16歳だったJ・ポール・ゲティ3世が身代金目的で誘拐された事件を扱うもので、スペイシーの役は、身代金の支払いを拒むビリオネアの祖父。最近、特殊メイクを施し、ゲティ1世になりきった彼の写真がリリースされると、その見事な変身ぶりに、「またもやオスカー候補入りか」との声が上がった。だが、こうなると、オスカーキャンペーンも、宣伝活動も、スコットやほかのキャストを前面に押し出してやるしかないだろう。 「ハウス・オブ・カード〜」と違い、こちらはアンサンブルものであるところが、多少なりとも救いだ。スペイシーはまた、アンセル・エルゴートやタロン・エガートンなど若手俳優が主演するインディーズ映画「Billionaire Boys Club」も撮り終えている。

国際テレビアカデミーは、スペイシーへの功労賞の授与を早くも取りやめに

 スペイシーはこれまでにオスカーを2回、オリヴィエを1回、トニーと英国アカデミー賞をそれぞれ1回受賞した、尊敬を集める名優だ。最近は、この夏のヒット作「ベイビー・ドライバー」に出演している。

 彼の輝かしいキャリアがどこまでの打撃を受けるかは、今後何人の被害者が名乗り出てくるかによっても変わってくるだろう。ただし、すでに、被害者はおそらくラップひとりではなさそうなことがわかっている。

 スペイシーは、2004年から2015年まで、ロンドンのオールド・ヴィック・シアターの芸術監督を務めたが、やはりロンドンにあるロイヤル・コート・シアターの芸術監督ヴィクトリア・フィザーストーンは、イギリスのラジオで、「舞台関係者やクリエイティブな業界の間では、長年、いろいろな人について、いろいろな話が聞かれてきました。ケビン・スペイシーは、懸念がもたれる人物のひとりでした」と語った。また、ツイッターには、「KS(ケビン・スペイシー)は、オールド・ヴィックで仕事をしている時に、私の男友達の体を触ったの。彼は、近寄らないほうがいい人物として知られてきたのよ。悲しいけれど驚かない」「似たような話を、ひとり以上の人から聞きました。もっと多くの人が名乗り出てくれることを望みます。でも、そうできないのであれば、そのお気持ちも理解します」などのコメントが投稿されている。

 ことの展開を見守るのを待たずして、国際テレビアカデミーは、アメリカ時間30日、 彼への国際エミー賞功労賞の授与を取りやめると発表した。この悪いニュースは、始まりにすぎないのか。それとも、ここでなんとかとどまることができるのか。この下は、いったいどこまで深いのか。今、スペイシーは、自分が駆け上ってきた野望の階段のてっぺんから、はるか下にある地面を見下ろしているのかもしれない。

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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