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「アナベル」「IT イット」:ホラー映画で光る子役たち

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「アナベル 死霊人形の誕生」のタリタ・ベイトマン

 2017年は、ホラー映画の年だ。

 低予算で製作でき、有名スターを出す必要のないホラーは、もともと手堅く利益を得られるジャンル。だからこそどんどん作られるのだが、今年はとりわけ大ヒットが続いている。この夏、超大作の多くが期待はずれに終わり、落ち込んでいるハリウッドにおいて、ホラーは救いの神だったのだ。

 今週末、日本でも公開された「アナベル 死霊人形の誕生」も、救世主のひとり。1,500万ドルの予算で作られた、この「死霊館」シリーズのスピンオフ映画は、北米だけで1億ドル、全世界で3億ドルを売り上げている。9月に北米公開された「IT イット“それ”が見えたら終わり。」(11月3日日本公開)は、さらにすごい。製作費3,500万ドルの今作は、北米だけで3億ドルを売り上げ、ホラーというジャンルで史上最高記録を達成。公開から5週間たつ今も4位に君臨し、まだまだ数字を伸ばしている。世界興収は6億1,000万ドルで、「トランスフォーマー/最後の騎士王」より上だ。

 この2作品の主人公は、いずれも子供たち。「アナベル〜」は、孤児院が閉鎖されたために新しい家に連れられてきた女の子たちが恐ろしい体験をするという話。スティーブン・キングの小説にもとづく「IT〜」では、ある街で少年が姿を消して以来、その少年の兄と同級生たちが恐ろしいものに遭遇するようになる。

 この子たちは、映画の中で、泣き叫び、走り回る。 取り憑かれた演技をするシーンもある。まだ小・中学生の子たちを、そんな怖い目に遭わせて大丈夫なのかと心配にもなるが、監督たちによると、それを楽しめるような子を、最初から選んだようだ。

「アナベル〜」の女の子たちはホラーの大ファン

「アナベル〜」で主人公のジャニスを演じるタリタ・ベイトマンは、撮影当時14歳、リンダを演じるルル・ウィルソンは11歳だった。ふたりともホラーの大ファンで、ベイトマンのお気に入りは「シャイニング」と「シックス・センス」、ウィルソンは「クリムゾン・ピーク」「ゲット・アウト」「スプリット」。この歳でR指定の映画を見ていることにはちょっと驚きだが、ウィルソンはNetflixの「ストレンジャー・シングス」も大好きで、第2シーズンの脚本を自分で書いて、番組のプロデューサーに送ったともいうから、感心だ。

 ウィルソンはこれまでに「NY心霊捜査官」「Ouija(日本未公開)」にも出ていて、ホラーの現場には慣れている。映画で女の子たちの面倒を見る修道女を演じるステファニー・シグマンは、「この子たちは、何も怖がらないの。怖がっているのは、大人の私だけ。ルルなんて、ある時、あの気味悪い人形を見て、結構かわいいじゃない、なんて言ったのよ」と笑う。

ウィルソン(中央、前)とシグマン(左)
ウィルソン(中央、前)とシグマン(左)

 ベイトマンは取り憑かれるシーンを演じるが、デビッド・サンドバーグ監督によると、「タリタはあのシーンをすごく楽しんでいた。彼女にとっては、一番おもしろいシーンだったんじゃないかな」ということだ。泣き叫ぶ演技は、さすがにふたりとも「ちょっと疲れた」と認めるが、このふたりに泣く演技ができることは、オーディションで確認されていた。オーディションでやらされたことのひとつは、部屋のカーテンを開けたらそこにモンスターがいたという状況を想像し、それに反応するというもの。もうひとつは、今、自分がとても怖い思いをしていて、誰かに「怖いから、一緒に寝て」とお願いするという状況だ。「怖いから一緒に寝て」のほうの演技では、ベイトマンが本当に大泣きをしたので、サンドバーグ監督は、終わった後、心配して彼女を抱きしめたほどだったそうである。

リアルな緊張感を出すための工夫も

 子供たちからより良い演技を引き出すため、「アナベル〜」でやや不気味な家の主を演じるアンソニー・ラパリアとミランダ・オットーは、現場でできるだけ子供たちと距離を置くようにした。「IT〜」の現場でも、恐ろしいピエロのペニーワイズを演じるビル・スカルスガルドは、彼の撮影初日まで、子供たちと交流しないようにし、ピエロのメイクをした姿を見られないようにしている。子供たちと仲良くなってしまっていたら、ピエロ姿で出てきても、「ああ、ビルだ」と思われてしまうと思ったからだ。

「IT イット”それ”が見えたら終わり。」の子役たち
「IT イット”それ”が見えたら終わり。」の子役たち

 だが、ここでも、子役には、ホラー好きで度胸のある子が選ばれていた。ペニーワイズになったスカルスガルドが初めて現場に登場したのは、彼が冷蔵庫から出てきて、 泣き叫ぶ少年の首を絞めるシーンを撮影する日。 「カット」の声がかかると、スカルスガルドは、子役のジャック・ディラン・グレイザーを怖がらせすぎたのではと心配し、「大丈夫?」と聞いた。するとグレイザーは、「今の、すごくいけてましたよ。やりますねえ」と楽しそうに言ったのだという。「アンディ(・ムスキエティ監督)は、たっぷり時間をかけて、最高の子供たちをキャスティングした。本当に、みんなすごい子たちなんだ。ジャックも、頭の回転が早いし、アドリブも得意」と、スカルスガルドは、小さな共演者たちを絶賛している。

現場の雰囲気は、優しく、楽しく

 サンドバーグも、ムスキエティも、とても優しい人だったと、子供たちは口を揃える。いずれも子供たちに即興を許し、自由に、のびのびとやらせた。子供たち同士の相性も良く、スクリーンの裏でも、本当の友達になっている。

 どちらの作品も、撮影は学校が夏休みの時期で、撮影中にお勉強の時間をもうける必要はなかった。ベイトマンとウィルソンは、撮影の合間に、よくウノをやって遊んだそうである。「アナベル〜」の撮影はL.A.だったが、「IT〜」はトロントで、自宅を離れて集まってきた「IT〜」の子役たちは、まるで夏のキャンプに来たように、新しい友達との絆を強めていったようだ。

「映画の中で、12歳か13歳の少年たちは、ある夏、同じ体験をして、友情を強めていく。それと同じことが、カメラの裏でも起こっていたんだ」とスカルスガルド。プロデューサーのセス・グレアム=スミスも、「あの子たちは大親友になった。それは映画からも伝わってくるはず」と述べる。

 撮影から1年後、彼らはまたプレミアで顔を合わせ、完成した映画を一緒に見た。そして、自分の出たその映画は、世界中の人々に喜ばれることになったのである。死霊人形も、ピエロも、彼らにとっては、目を背けたい存在ではない。それどころか、いつまでも抱きしめておきたい、最高の思い出の象徴なのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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