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ハーベイ・ワインスタインのセクハラ暴露騒動が明かした、ハリウッドの偽善者ぶり

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ワインスタインはファッションデザイナーのジョージナ・チャップマンと結婚している(写真:Shutterstock/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインが、ますます窮地に追い込まれた。アメリカ時間5日に出た「New York Times」の記事を受けて(ハーベイ・ワインスタインは、またもや自分の会社から追い出されるのか?)、ワインスタインは、弟ボブと共同創設したワインスタイン・カンパニーを当面休職すると発表。6日、ボブを含む重役はそれを承認したのだが、早くも「それでは甘い」という声が上がっているのである。

「New York Times」の記事は、過去30年にわたって、ワインスタイン(65)が、20代の女性社員や女優に対し、自分がシャワーを浴びるのを見ていてほしいとか、裸の自分にマッサージをしてほしいなどの要求をしていたことを暴露したもの。記事の中では、まだ若く、業界に入ったばかりの力をもたない被害者に対し、ワインスタインが圧倒的に優位な立場にあったことが指摘されている。彼の行為を社内で告発したら、自分のハリウッドでのキャリアは終わりになるかもしれないと、それら若い女性たちの多くは、口をつぐんでいた。逆にワインスタインは(少なくとも2017年という今の時代になるまでは)、みんな自分を恐れるから大丈夫と思っていたわけだ。

 休職ではだめ、辞めろ、とツイートしたのは、朝のニュース番組「Morning Joe」のキャスターを務めるミカ・ブレジンスキー。ブレジンスキーは、出版社アシェットとワインスタインの書籍部門ワインスタイン・ブックスの提携企画で3冊の本を出版することになっており、1冊目は来年春に出版予定だった。だが、ツイートで彼女は「ハーベイが辞職するまで、この企画は中断します」と宣言。さらに、「著者、役者、観客のみなさん、ハーベイが辞めるまでは、ワインスタイン・カンパニーに協力してはいけません。ハーベイは自分の会社を辞めて、病気を治すべきです」と、ほかにも呼びかけている。

 ブレジンスキーは、トランプから個人攻撃をされた人だ。トランプは、昨年末、「Morning Joe」のメインホストであるジョー・スカボローと彼女を、トランプが所有するフロリダのリゾート、マー・ア・ラゴ に誘っている。この時点で、トランプは、ふたりがつきあっていることを知らず、行きたがらなかったブレジンスキーも来るよう迫ったそうである。ふたりはとりあえず行ったものの、大晦日のパーティには出ずに帰った。 後にトランプは、「ミカはその時、ひどいフェイスリフトのせいで顔から血を流していた」などと、侮辱的なツイートをする。婚約を発表した後の6月、スカボローは「Washington Post」に意見記事を寄稿し、それはまったくの嘘であり、ブレジンスキーはフェイスリフトなどしていないと抗議した。

 そんなブレジンスキーが、今回の事態に知らん顔をしてワインスタインから本を出すことは、もちろんありえないだろう。そんなことをしたら彼女の信憑性が一気に失われるだけだ。しかし、ワインスタインの素行は、業界で誰もが知っていた秘密。ブレジンスキーは、この「New York Times」の記事が出るまで、全然知らなかったのだろうか?ソーシャルメディアには、すでに「ミカこそ偽善者」といった厳しいコメントも出ている。

トランプの時は、多くが声を上げた

 だが、彼女だけを責めるのは不公平というものだ。実際、この件に関して、業界メディアは大騒ぎしていても、スタジオや女優たちは、驚くほどおとなしいのである。

 この人たちの多くは、昨年の大統領選挙前、トランプが2005年にテレビ番組収録の時に裏で行っていた下品な発言が暴露された時、堂々と批判コメントをツイートした。民主党支持派が大多数のハリウッドにおいて、トランプを攻撃するのは簡単。仲間内みんなが嫌っている存在なのだから、攻撃すればするほど、ある意味、評価されたりもする 。

 ワインスタインは違う。人柄や素行の問題はさておき、 映画及び人材を見る目やマーケティングにおいて、彼がほかより優れているのは、誰もが認めるところ。彼のおかげでブレイクした俳優や監督(グウィネス・パルトロウ、クエンティン・タランティーノなど)は少なくなく、 彼と組んだプロデューサーやスタジオも、儲けさせてもらってきた。これらの人々は今、とても居心地の悪い思いをしているはずである。

 ワインスタインはまた、民主党の強力な支持者で、オバマやヒラリー・クリントンに多額の政治献金をしてきた。今回の報道を受けて、ワインスタインから献金を受けた数名の民主党上院議員は、彼からもらった金額をすべてチャリティに寄付すると、慌てて発表している。

 さらに、ビル・クリントン元大統領の例がある。クリントンは、大統領就任中に、インターンのモニカ・ルインスキーと関係をもったが、最初、性行為はなかったと嘘をついた。だが、ハリウッドは彼には優しく、彼が最近共同執筆したスリラー小説は、出版を待たずして映画化が決まっている。

ワインスタインこそダブルスタンダードの典型

 誰よりも偽善者なのは、ワインスタイン本人だろう。彼は女性の権利を主張し、今年1月のサンダンス映画祭ではトランプに抗議するウーメンズ・マーチに参加した。また、ハリウッドで女性監督にチャンスが与えられない現状を変えるべく、南カリフォルニア大学に寄付をしてもいる。そんな裏で、女性の意思を無視する行動を取っていたわけだ。

 ワインスタインが本当にハリウッドから追放されるのかどうかは、今のところわからない。ワインスタインの弁護士は、「New York Times」を訴訟すると宣言しているが、ワインスタイン本人が自分の素行を謝罪するコメントもしており、訴訟はむしろ彼にとって逆効果だとの見方が強い。この状態が続くと、資金提供者も、俳優たちも、今はこの会社と関わるのをやめようと思うだろうし、会社としては一刻も早く解決すべきところ。一番手っ取り早いのは、ワインスタイン本人を取り払うことだ。

  実を言うと、これらを仕組んだのは、弟ボブではないかという報道も出ている。派手な兄と控えめな弟は、長年、結構複雑な関係にあったのだそうだ。もしそれが本当だったら、映画なみにおもしろい話。いっそワインスタインは腹をくくってすぐこれを映画化すれば、今のひどい金銭状態から脱却できるのではないかと思うが、そこまでのおおらかさがないのがハリウッドである。この話が映画になるのは、おそらく数十年後。悪者ハーベイを怒らせても、誰も損をする危険がなくなる時だ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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