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エミー賞:ショーン・スパイサー元報道官がサプライズ出演。トランプジョークもたっぷり

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
今年のホストを務めたスティーブン・コルベア(写真:Shutterstock/アフロ)

 ニコール・キッドマン、リース・ウィザスプーン、ロバート・デ・ニーロなど大物映画スターが揃った今年のエミー賞授賞式で、最も注目を集めたのは、意外な人物だった。この7月までトランプの下で報道官を務めたメディアの嫌われ者、ショーン・スパイサーだ。

 彼が登場したのは、ホストのスティーブン・コルベアによるオープニングモノローグの最後。トランプが自分の関わるリアリティ番組の視聴率を大いに気にしていたことを引き合いに出し、「この番組も、良い視聴率を取りたいと思います。でも、残念なことに、どれだけの人が観てくれているのか、今すぐにはわかりません。わかる方法があるでしょうか?ショーン、どうですか?」とコルベアが言うと、舞台の右袖から、スパイサー が司会者台を押しながら出てきたのである。ざわめく観客を前に、スパイサーは、「エミー賞において、これは、最大規模の観客数だ。個人的に見ても、世界的にも」と言い切り、すぐさま舞台を去っていった。もちろんこれは、トランプの就任式に集まった群衆について彼自身が言った言葉のパロディだ。

 先シーズンの「Saturday Night Live」では、メリッサ・マッカーシーがさんざんスパイサーのパロディをやっては、大絶賛を受けている。なので、一瞬、出てきたのはマッカーシーかと思いきや、カメラはすぐに会場に座っているマッカーシーの、唖然とした表情を映し出した。

 あのスパイサーに自分を笑うユーモアのセンスがあったのはやや驚きだが、そんなふうに、もしかしたら良いイメージを持ってもらえるかもしれないチャンスを彼に与えてあげたことには、批判の声も上がっている。そもそも彼は、就任式の聴衆の数について嘘を通しただけでなく、トランプが定例会見に主要メディアの出席を拒否したことを擁護したりした人だ。記者たちへの態度も攻撃的で、メディアを敵対視しているかのようだった。GQの記者キース・オルバーマンは、「ショーン・スパイサーを認めてあげたエミーは最低。彼は僕らの仕事の品格を落とし、言論の自由を抑制することに必死だった人だよ」と、ツイートしている。ハッシュタグは#Unforgivable (許せない)だ。

トランプにエミーをあげるべきだった

 授賞式の数日前にL.A. Times紙に出たインタビューで、「あまり政治色を出さず、明るい番組にするようにというプレッシャーはあるのでしょうか」と聞かれたコルベアは、「僕は明るくするよ。エミーは、テレビを祝福するためのものだ」と答えていたが、実際、昨夜の授賞式は、トランプネタが満載だった。

 ケーブルチャンネルや、Netflix、アマゾン、Huluなどストリーミングサービスが次々にオリジナル番組製作に乗り出す中、今年はエミーの資格を持つ番組が450本以上にも膨れあがっている。比較のために上げると、2002年には182本だった。数だけでなくクオリティも上がっていて、「良いと聞いているけれど、見る時間がない」と、業界関係者ですら感じているのが現状だ。コルベアはそのことに触れ、「誰もそんなにたくさんは見られないよね。ただ、大統領だけは、そういう時間があるみたいだ」と言い、トランプに向けて「見てくださってありがとう。ツイートをお待ちしています」と挑発をしている。

 過去にトランプのリアリティ番組「Celebrity Apprentice」が、何度か候補入りしながら一度も受賞していないことにも言及。「彼はエミーがすごく欲しかったんだよ。なのに一度も取らなかった。君らはどうして彼にあげなかったんだ?エミーを勝ち取っていたら、彼は大統領選には出なかったよ。つまり、これは君らのせいなんだ」と、コルベアは、会場を埋め尽くしたテレビのアカデミー会員たちを明るく批判した。さらに、エミー賞受賞ドラマ「ブレイキング・バッド」でブライアン・クランストンが演じた主人公を引き合いに出し、「君たちはもともと、妥協した倫理観を持つアンチ・ヒーローを好むじゃないか。ウォルター・ホワイト(Walter White)のことも好きだっただろう?トランプはウォルター・マッチホワイター(Walter Much-Whiter)なんだよ」とも言って、笑いをとっている。

「一番ビッグなテレビスターは、ドナルド・トランプだ。彼は、すべてのテレビ番組に影響を与えているんだから」とも、コルベア。「それとアレック・ボールドウィンもね。アレック、君らはセットだ」と舞台の上から言われたボールドウィンは、「Saturday Night Live」のトランプ役で助演男優賞を受賞すると、「ミスター・プレジデント、ついにあなたもエミーを取りましたよ」とトランプに呼びかけた。その直後には、「僕と妻は3年連続で子供を作ったのに、『Saturday Night Live』に出た去年だけは、子供ができなかった。何か関係あるのかな。男性のみなさん、あのかつらをつけると、避妊効果がありますよ」とも言って、会場を笑わせている。トランプのツイートは、黙りこくったままだ。

多様性はより豊かに。一方で視聴率は低迷

 オープニングでコルベアも、「もし受賞したら、あなたを助けてくれた人たちみんなに感謝することをお忘れなく。とくに、『ゲーム・オブ・スローンズ』がノミネートの対象にならなかったことにね」とジョークを言ったとおり、昨年ドラマシリーズ部門を受賞した「ゲーム・オブ・スローンズ」は、今年、まったく姿を見せていない。新シーズンの放映開始が遅く、対象からはずれたせいだ。

 今年のドラマシリーズ部門最有力は、 俳優組合賞(SAG)のアンサンブル賞も獲得している「ストレンジャー・シングス」と見る向きが多かったが、意外にも今作は、複数部門で候補入りしながら、手ぶらで帰ることになっている。この部門を受賞したのはHuluがストリーミング配信する「The Handmaid's Tale」。ストリーミング作品がこの部門を受賞するのは、エミー史上初めてのことだ。もっとも、「ストレンジャー・シングス」はNetflixなので、もしこちらが受賞していたとしても、この新記録は作られている。

 コメディシリーズ部門は、3年連続でHBOの「Veep/ヴィープ」が受賞。ジュリア・ルイス=ドレイファスは、今作で6度目の主演女優賞(コメディシリーズ部門)を受賞した。ひとりの俳優が同じ役で6度受賞するのは、最高記録。

 脚本部門は、Netflixの「マスター・オブ・ゼロ」のアジス・アンサリとレナ・ウェイスが受賞。アフリカ系アメリカ人女性がこの部門で受賞するのは初めて。映画に比べると、近年、テレビにはますます多様な人種が登場するようになっており、そこはエミーが誇るところでもある。コルベアも、エミー候補者の顔ぶれは「3年連続で過去最高に多様になっている」と、 誇らしげに述べている。

 そのように話題はたっぷりの授賞式だったが、残念なことに、視聴率には反映されていない。全体視聴率は、過去最低だった昨年とほぼ同じ。広告主にとって最も魅力的な18歳から49歳の層は、昨年より落ちている。そもそも近年、授賞式番組はどれも視聴率が低下傾向にあるのだが、テレビ番組の数がどんどん増える中、一般視聴者にとっては見ていないドラマ同士の争いになってきていることも、原因のひとつだろう。今年の受賞作が、HuluとHBOという、いずれもお金を払わないと見られないところでやっている番組だったというのも、決して助けにはならないと思われる。テレビのルネサンスが生んだ、皮肉な副作用と言えるかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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