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アンジェリーナ・ジョリーのインタビュー記事、批判を呼ぶ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
アンジェリーナ・ジョリーとルオン・ウン(写真:ロイター/アフロ)

 昨年、顔面神経痛を患ったこと、子供たちの希望で料理を学んでいること、父ジョン・ヴォイトとの仲直り、卵巣を摘出した経緯。

 今週アップされた「Vanity Fair」によるアンジェリーナ・ジョリーのインタビュー記事は(http://www.vanityfair.com/hollywood/2017/07/angelina-jolie-cover-story)、ブラッド・ピットと離婚し、シングルマザーとなった私生活の部分が、大きな関心を集めた。しかし、ジョリーがこの取材を受けたのは、主に、彼女の監督作品「First They Killed My Father: A Daughter of Cambodia Remembers」について語るためだ。実際、記事の大部分は、原作となったメモワールとの出会いや著者ルオン・ウンと築いた特別の関係、製作までの道のりなど、映画のことに費やされている。そこはさらりと読み飛ばして、おいしいところだけじっくり読んだ一般読者は少なくないだろうが、製作の裏話の部分に反応した人々が、今、ソーシャルメディアを騒がせているのだ。

 最も批判を集めているのは、子役の選び方。クメール・ルージュ政権が国民のおよそ3分の1を虐殺した惨事を語るにあたり、ジョリーとキャスティングディレクターは、カンボジアの孤児院やサーカスを訪れ、恵まれない子供たちに変わったオーディションを受けさせた。 キャスティングディレクターは、お金をテーブルの上に置き、子供に「どうしてそのお金が欲しいのか」と理由を聞く。そしてその子にお金を取らせた上で、取っていないと嘘をつかせる。主役を獲得した少女は、「誰よりも長いことお金を見つめていたこと」、「取り上げられた時に泣いたこと」、そのお金で何をしたかったのかと聞かれると「死んだおじいちゃんにお葬式をしてあげられるお金がなかった」と答えたことから、選ばれた。これが、「貧しい子供たち相手にこんな残酷な心理ゲームをするなんて」とバッシングを受けているのである。

 悲劇を再び生きることを強いられるこの撮影では、トラウマに陥ったり、悪夢を見たりする人もいた。そのため、現場にはセラピストも配置したとジョリーは記事の中で語っている。「今作に関わった人は、みんな(この出来事に)個人的なコネクションを感じていた。彼らは仕事に来ているのではなく、亡くなった家族に敬意を表するために、あの事件を再現したかったの。(この映画を作ることで)彼らは満たされたのよ」とも彼女は語っているのだが、そこにも反感を持った人がいたようで、「子供たちは望んでもう一度その体験をしているのではない。自分で決めてやったわけでなく、利用されたんだ」「白人の娯楽のために茶色い肌の人たちを苦しめるのはやめて」といったコメントが飛び交うことになった。

カンボジア軍隊は「立ち入り禁止地区」

  撮影にカンボジア軍隊が関わったという事実は、別の方面から批判を受けている。記事によると、カンボジア政府は全面協力し、ロケ場所を何日にもわたって閉鎖した上、500人にも及ぶ軍人の役は本物の軍人たちが演じたということだ。このことについて人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのブラッド・アダムズは、 「映画の撮影許可を取ることや、そうすることで地元の経済に貢献するのは、かまわない。そのためには政府関係者とミーティングを持つ必要もあるだろう。だが、距離は保たないと。その人たちを正しいと認めるようなことはしてはいけないし、間違った人たちにお金を払ってもいけない。カンボジア軍隊は、絶対に関わってはいけない領域だ。立ち入り禁止の区域」と、thecut.comで発言した。「この軍隊は独裁主義で、環境保護のアクティビストたちを抑圧したりしている。日頃ジョリーが主張することと反対のことをやっているのが彼ら」とも言う彼は、軍人の役にはエキストラを使えばよかったのだと指摘。さらに、「カンボジアの政府と関わることにはモラル上の問題がある。彼女はそれをわかっているのだろうか?」と疑問を投げかけている。

ジョリーの人生のターニングポイントに立ち戻るような作品

 ただし、こうやって批判する人たちのほとんどは、まだ映画を見ていない。映画は2月にカンボジアで世界プレミアされ、9月のトロント映画祭で初めて多くの批評家たちの目に触れる。筆者自身も、ここで見る予定だ(Netflixが製作配給した今作は、ストリーミング配信の形で公開される)。

 ジョリーよりひと足先に「GQ」で離婚後の心境を語ったピットは、この映画を称賛している。 長男マードックス君はエクゼクティブ・プロデューサーの肩書きをもらっているし 、ジョリーにとって今作がいかに特別かをピットは誰よりも知っているので、ひいき目が入っている可能性は、もちろん、なくはない。しかし、彼女が使った手段が正しかったかどうかは別として、彼女が最大の誠意をもって挑み、それが作品からも感じ取られたのではないかとは、推測できる 。

 ジョリーが原作本に出会ったのは、「トゥームレイダー」(2001)のロケでカンボジアにいた時のこと。ウン本人には、国連の仕事をするようになった2002年に会い、一緒にカンボジアで慈善活動を行った。カンボジアで養子を取ろうかと迷った時に背中を押したのもウン。ジョリーは今作を初監督作品「最愛の大地」の次に作るつもりで、脚本も書き終えていたが、「不屈の男 アンブロークン」のために、とりあえず引き出しにしまった。「不屈の男〜」が完成した後、いよいよこれの番だよと言ったのは、マードックス君だったという。ジョリーにとっては、ひと周りして人生のターニングポイントに立ち戻ったような作品なのだ。

 彼女にしてみたら、今作を完成にもっていけて、カンボジアでプレミアできた時点で、もう満足なのかもしれない。それがほかの人の目から見ても優れた作品なのかどうかは、もちろん別の話だ。しかし、そこはジョリーのこと、その頃にはどこかの第三諸国で、批評を気にするよりもずっと意義のある活動に専念したりしているのではないだろうか。 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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