米アカデミーが新会員を発表。日本からは真田広之、菊地凛子、三池崇史ら

本日発表された米アカデミーの新会員リストの中には、菊地凛子の名前も(写真:Shutterstock/アフロ)

 米アカデミーが、多様化に向けて突き進んでいる。

 西海岸時間本日(28日)発表になった新会員は、記録的に多かった昨年の683人をさらに上回る774人(ただし、複数部門で招待された30人も、のべで数えられている)。日本からは真田広之と菊地凛子が俳優部門で、三池崇史が監督部門で招待された。菊地は、昨年の新会員発表前にL.A.TIMES紙が記事にした「アカデミーが新会員に考慮すべき100人」の中に(L.A.TIMES紙の「アカデミーが考慮すべき100人」に北野武、菊地凛子、種田陽平)、北野武、種田陽平らと並んで挙げられていたが、唯一、招待を逃している。1年遅れはしたものの、訪れるべくして訪れたオファーというところだろう。

 2016年初めの段階で、アカデミー会員は、91%が男性、76%が白人だった。その構図を変えるべく、昨年、アカデミーは、意図的に、女性、マイノリティ、外国人を新会員に招いている。今年の新会員も39%が女性、30%がマイノリティだ。 平均年齢が60歳以上であることも是正の対象で、昨年に続き、今年も若手が目立つ。今年の最年少は、19歳のエル・ファニング。ほかには、アダム・ドライバー(33)、クリステン・スチュワート(27)、ルーカス・ヘッジス(20)、ルパート・グリント(28)、マーゴット・ロビー(26 )、シェイリーン・ウッドリー(25)などが含まれる。

 クリス・エヴァンス、クリス・ヘムズワース、クリス・プラット、エリザベス・オルセンらアベンジャーズ組も、揃って仲間入りを果たした。プラットの妻アンナ・ファリスも招待されたので、今夜は夫婦で祝杯だろうか。ライバルのDCからは、「ワンダーウーマン」で大ブレイクを果たしたばかりのガル・ガドットが、招待を受けている。

 アカデミーは、会員資格として、「長年、劇場用映画の世界で活動し、優れたことを達成してきた人物」を挙げている。そんな中、 昨年、アメリカ・フェレーラやティナ・フェイなど、主にテレビで活躍する人々が含まれたことは、一部から疑問視された。今年もまた、フェリスのほか、エイミー・ポーラーや、「サタデー・ナイト・ライブ」のケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズらの名前が見受けられる。彼女らはもちろん映画にも出ているのだが、イメージとしては圧倒的にテレビの人だ。

  昨年は、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」までほぼ無名だったジョン・ボイエガ(25)などが、“長年”“優れたことを達成してきた”という部分に引っかかるのではという声も出た。今年は、監督部門でジョーダン・ピールが招待されている。ピールは、今年2月に北米公開され、批評家からも観客からも絶賛されたホラー映画「Get Out」で一気に注目を集めた人。だが、これが長編映画デビュー作で、その前に俳優をやってきてはいるものの、監督としては新人である。

 逆に、この人はもっと早く入れてあげてもよかったのではと思えるベテランの名前も並ぶ。たとえば、シャルロット・ゲンズブール、モニカ・ベルッチ、ダニエル・ブリュール、イルファン・カーンなどだ。もっとも、彼らは外国人。過去にはそこまで考えが及ばなかったということだろう。

今年のオスカーが「白すぎ」なかったのは、新会員のおかげではない

  アカデミーがこういった大改革を始めたのは昨年の今ごろ。今年のオスカーでは、「ムーンライト」が作品賞に輝き、演技部門の候補者にマイノリティが多く入った。そのことから、「白すぎるオスカー批判への反動」と思う人もいたようだが、そうではない。それについて、筆者は前にも書いたのだが、この機会にもう一度述べておきたいと思う。

 まず、映画を作るには、長い時間がかかる。マイノリティが主人公のシリアスな人間ドラマだと、商業性がないと思われて、なおさらである。「ムーンライト」は、2003年にタレル・アルヴィン・マクレイニーが戯曲として書いたもので(劇として製作はされなかった)、バリー・ジェンキンス監督が映画化しようとしたのは2013年だ。ヴィオラ・デイビスに助演女優賞をもたらした「Fences」も、デイビスとデンゼル・ワシントンはブロードウェイで同じ役を演じており、映画化の準備も、ずっと目前から進められていたのである。「ドリーム」も、昨年の新会員発表の頃には、とっくに撮影が終わっていた。

 つまり、「白すぎるオスカー」と批判されて、まずいと思ったスタジオが、急にこれらの作品にゴーサインを出したわけではないのだ。また、これらの作品は、その価値があるから、 ハンディキャップを持ちながらも、製作にこぎつけることができたのである。そういう作品が、昨年はたまたまいくつか重なり、いかにもアカデミーの策がすぐに功を奏したように見えただけ。アカデミーは、ラッキーだったのだ。これを「白すぎるオスカーへの反動」と呼ぶのは、「また真っ白だと批判されるから、ちょっと黒人関係の映画にも取らせるか」という思惑があったように受け止められかねず、これらの作品への侮辱である。

 とは言え、アカデミーが行なっている会員構成改革には、明らかに意義がある。どの映画が良かったかを考える時、外国人、マイノリティ、女性は、それぞれに違った視点や好みを持って選ぶもので、長い視野で見れば、きっと何かが変わっていくはずだ。しかし、まだ始まったばかりで、 高齢の白人男性が大多数という事情は、今のところ同じ。昨年と今年、新会員の招待数を大幅に増やしたのも(2015年は300人程度だった)、変化をスピードアップするためである。そのせいで、従来6,000人程度だったアカデミー会員数は、8,000人を超えることになった。

 今後の問題は、 会員のクオリティを下げることなく、多様化を進めていけるかどうかだ。女性を増やすのはマイノリティより難しく、アカデミーが自ら掲げたとおり、2020年までに女性会員の数を2016年の倍にするためには、 あと1,700人を招待しなければいけない。昨年と今年もそれを意識したのに、女性の新会員は、合わせて300人ほどだ。

 撮影監督、ビジュアルエフェクトなど、そもそも女性があまりいない分野もある。一方で、衣装デザイナーは女性が多いし、アカデミーには、パブリシストやエクゼクティブなどの部門もある。もちろん、外国にも、もっと目を向けるべきだろう。自ら課したこのゴールを、アカデミーはどう達成していくのか。そして2021年のオスカーは、今と比べて、どう違っているのだろうか。