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晩年のグレッグ・オールマンを失望させた伝記映画。ひとりの命を奪った事件の騒ぎは続いている

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
サザンロックのパイオニア、グレッグ・オールマンは69歳で亡くなった(写真:Shutterstock/アフロ)

グレッグ・オールマンが亡くなった。69歳だった。死因は、肝臓ガンの合併症。2007年にC型肝炎を発症し、2010年には肝臓移植を受けていたが、その後も健康はすぐれない状態にあったという。

サザンロックのパイオニアと称えられるオールマンは、ひとつ違いの兄デュアンと結成したオールマン・ブラザースやソロ活動を通じ、多くのミュージシャンに影響を与えた。 年間150本のライブをこなし、死の直前には、9月発売予定の新アルバム「Southern Blood」の完成版を聴いて出来に満足していたと、長年マネージャーを務めてきたマイケル・ラーマンは語っている。

2歳の時に父をヒッチハイカーに殺され、それも理由で強い絆を築くことになった兄は、1971年、バイクの事故で亡くなった。その翌年には、バンドのベーシスト、ベリー・オークリーが、やはりバイクの事故で死亡。ドラッグ、酒、女遊び、すべてにおいて派手な彼とバンド仲間は、「あの頃、ペニー・レインと」のモデルになったと言われている。結婚歴は6回。3度目の妻はシェールだ。5人の女性との間に生まれた5人の子供のうち、4人はミュージシャンになった。

「Rush Week(日本未公開)」では映画出演も果たしているが、波乱万丈な彼の人生自体も、映画にするに十分だ。実際、本来ならば、その映画は今ごろ存在しているはずだった。しかし、その映画「Midnight Rider」は、2014年2月、撮影初日にして中断され、そのままとなっている。その日、監督のランドール・ミラーらは、鉄道会社からロケ場所としての使用を拒否された線路で撮影を強行し、27歳の女性クルー、サラ・ジョーンズが、電車にはねられて死亡するという悲劇が起こったのだ。

その事件については、2周年に当たる昨年2月にここで詳しく書いたが(悲劇から2年。ハリウッドを震撼させたクルー死亡事故“サラ・ジョーンズ事件”が変えたこと)、撮影現場でひとりが死亡、7人が負傷したこの事件は、当時、ハリウッドに大きな衝撃を与えている。ミラー監督が、キャストやクルーに、許可が取れていると嘘をついていた事実が明らかになると、ショックは怒りと恐怖に変わった。

遺族を思いやり、撮影再開を阻止するべく働きかける

事件の3ヶ月後、ジョーンズの両親が民事裁判を起こした時、エクゼクティブ・プロデューサーの肩書きをもらっていたオールマンとラーマンも、被告の中に含まれていた。しかし、オールマンとラーマンが現場にはいっさい関わっていなかったこと、また、ふたりがジョーンズの遺族やクルーに誠意と思いやりにあふれる態度を見せたことから、両親はふたりを訴訟の対象からはずしている。

実際、オールマンは、この事件に非常に心を痛め、事件から2ヶ月ほどでミラーが撮影を再開しようとした時にも、「フィルムメーカーとしての熱意より、人間としての責任を重視してほしい。サラとご家族のお気持ちを考え、正しいことをしてほしい。撮影を再開しようとするのはやめてください」という内容の公開状を発表している。その数日後、オールマンは、ミラーと、彼の妻でプロデューサーのジョディ・サヴィンを相手に訴訟を起こし、撮影の再開を阻止しようとしている。

刑事裁判で、ミラーは、過失致死と不法侵入で懲役2年、保護観察期間10年の有罪判決を受けた。保護観察期間中は、どんな映画の製作にもいっさい関わることはできない。しかし、その後もミラーのあがきは終わらず、オールマンは、亡くなる直前まで、この男から失望させられ続けたのである。

服役中も、出所後も、ミラーは新たに裁判を起こす

刑務所入りしたばかりの2015年3月、ミラーは、刑務所の中で書いた公開状を発表した。その中で、彼は「自分が罪を認めたのは、妻を守るため(司法取引で、ミラーが有罪を認めるのと引き換えに、妻サヴィンは刑務所入りを免れている)、遺族が裁判の苦しみを続けずにすむようにするため、また、すべての面において安全管理が行き渡っていなかった責任を取るためです。ロケーション・マネージャー、美術監督、撮影監督、助監督、みんなが間違いを犯したせいで、この事件が起きてしまいました。でも、僕は自分で責任をかぶることにしたのです。僕が、もっと細かく質問をするべきだったのですから」と述べた。

これらはすべて、言い訳と偽善である。たとえば、ロケーション・マネージャーのクリス・バクスターは、裁判で、「ランディ(・ミラー)は、鉄道会社から許可をもらえなくてもやると言っていました。そして、もし許可をもらえないならば、僕は絶対やらないとも、知っていました」と証言しているのだ。また、「遺族が苦しみ続けなくていいように」と言いながらも、彼は、裁判所に早期釈放を求めたり(最初は却下されたが、結果的に認められ、1年で出所している)、製作に何かがあった場合に損害を保障する保険会社を訴訟したり(違法行為があったことを理由に、保険会社は支払いを拒否。裁判所は保険会社の言い分を認めた)、OHSA(労働安全衛生庁)から課せられた罰金を払いたくがないために3度も上訴しては、負けたりしている。

さらに、今月には、ミラーの弁護士ふたりが、事件の捜査において公民権侵害があった可能性があり、ミラーの収監は冤罪だったかもしれないとする供述書を、裁判所に提出した。その中で、弁護士は、この件に関してFBIも捜査をしていると述べているが、今のところ、裁判に関わった参考人は誰もFBIから連絡を受けていないということである。OHSAに7万ドル罰金を払うことも、保険会社から金を取れなかったことも、どちらも受け入れられないミラーの、苦肉の策と言ったところだろう。

何においてもドラマチックだったオールマンの人生は、こんな部分でも想像を絶する事態に直面した。だが、その時、彼はまさに「人間としての責任」を重視し、彼がどんな人なのかを証明したのである。

彼についての映画は、いつかきっと作られるだろう。「Midnight Rider」で彼を演じるはずだったウィリアム・ハートがやることになるのかどうかはわからないが(ハートも、遺族に敬意を示し、事件後早々と『Midnight Rider』を降板した)、こんなにも興味深い人物は、俳優ならば誰だって演じたいはずである。そして、そこはオールマンのこと。ようやく出来た映画が大傑作で、オスカーに絡むなどという、新たなサプライズが起こることだって、ありえるかもしれない。その時、彼は天国で何を思うのだろうか。

ご冥福を、心よりお祈りします。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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