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2017年オスカーノミネーション:笑ったのはメル・ギブソン、泣いたのは「ドリー」「沈黙」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
最多部門でノミネートされた「ラ・ラ・ランド」

今年も、この朝がやってきた。

オスカーノミネーションの発表は、毎年、3時間時差のあるニューヨークで朝8時半ごろにABCの番組内で流れるよう、L.A.時間の午前5時半ごろに行われる。今年はこれまでと違い、会場に人を呼ばずに、ライブストリームで全世界に中継する方法が取られたが、それでもABCの朝の番組内での報道は続けるからか、時間は過去とほぼ同じ午前5時18分だった。

ABCの番組(ニューヨークでは『Good Morning America』だが、L.A.では『Eyewitness News』)の司会者は、スタジオでライブストリームが始まるのを待ちながら、「僕たちも、この形は初めてなんで、どうなるのかわからないんですよね」と話している。ノミネーション発表映像が回り始め、二部構成のうちの前半が終わると、スタジオにいたキャスターたちは、「『ラ・ラ・ランド』が9回くらい出てきましたよね?」と驚きの声を上げた。

「ラ・ラ・ランド」の勢いは後半の発表でも明らかで、最終的に、なんと14部門でのノミネーションを果たしている。これは、「イヴの総て」「タイタニック」と並び、史上最高記録だ。

だが、昨日の「L.A.TIMES」も、「ラ・ラ・ランド」が14部門で候補入りする可能性は大きいと予測しており、この快挙は、ものすごい驚きというほどではない。やはりこのアワードシーズンで大健闘してきた「ムーンライト」は8部門、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は6部門で、ここへきて、「ラ・ラ・ランド」に大きく差をつけられた形だ。「イヴの総て」「タイタニック」がどちらも作品賞に輝いていることを考えても、「ラ・ラ・ランド」が作品部門のフロントランナーであると言っていいだろう。同作品からはデイミアン・チャゼルも監督部門にノミネートされたが、現在32歳の彼が受賞した場合、彼は史上最年少の受賞者となる。

「ラ・ラ・ランド」のオープニングシーン
「ラ・ラ・ランド」のオープニングシーン

今回のノミネーションの一番の話題は、なんといっても、演技部門にマイノリティが7人も食い込んだこと。それだけでなく、「ムーンライト」のジョイ・マクミロンは、黒人女性が編集部門に初めてノミネートされるという歴史を作ったし、長編ドキュメンタリー部門の候補5作のうち3作は、黒人についてのものである。演技部門の候補者20人全員が白人ということが2年連続で起きた結果、昨年は「白すぎるオスカー」の批判が起き、ボイコット運動にまで発展しただけに、今ごろアカデミーの関係者は、胸をなで下ろしているに違いない。

いつものことながら、「やっぱり」と「びっくり」が入り混じった今年のオスカーノミネーション。そんな中には、思いがけぬ喜びを受けた人がいる一方、希望を裏切られた人もいる。いくつかのサプライズを挙げてみよう。

笑った人

マイケル・シャノン

トム・フォード監督の「Nocturnal Animals」は、ゴールデン・グローブに監督、脚本、助演男優部門でノミネートされ、助演男優部門で受賞した。だが、受賞したのはシャノンではなく、共演のアーロン・テイラー=ジョンソンである。テイラー=ジョンソンはまた、今作で、英国アカデミー賞にもノミネートされている。昨年のヴェネツィア映画祭、トロント映画祭で上映された時、批評家の多くはシャノンの演技のすばらしさに触れていたのだが、このアワードシーズン、シャノンは、ほとんど何も受賞していないのである。

オスカー予測上非常に重要な映画俳優組合(SAG)賞の助演男優部門候補5人は、オスカーにもノミネートされた4人(マハーシャラ・アリ、ジェフ・ブリッジス、ルーカス・ヘッジス、デヴ・パテル)に加え、「マダム・フローレンス!夢見るふたり」のヒュー・グラントだ。グラントがオスカーで他の人にその枠を奪われる可能性は十分あると思われていたが、それがまさにシャノンだったわけである。シャノンは過去に「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」(2008)でもノミネートされており、キャリア2度目の候補入りとなる。

アンドリュー・ガーフィールドは「沈黙」ではなく「ハクソー・リッジ」で候補入り
アンドリュー・ガーフィールドは「沈黙」ではなく「ハクソー・リッジ」で候補入り

メル・ギブソン

ユダヤ人差別発言やDV疑惑で長い間ハリウッドから干されていたギブソンが、ついに業界のお許しを得た。彼の久々の監督作「ハクソー・リッジ」には高い評価が寄せられていたが、オスカーにも、作品、監督、主演男優部門を含む6部門でノミネートされたのである。6部門といえば「マンチェスター・バイ・ザ・シー」と同じだ。

監督部門に入ったのは、とくに大きい。オスカー監督部門を予測する上で重要な監督組合(DGA)賞に候補入りしているのは、オスカーにもノミネートされた4人(デイミアン・チャゼル、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、ケネス・ロナーガン、バリー・ジェンキンス)と、「LION/ライオン〜25年目のただいま〜」のガース・デイヴィスだった。オスカーではデイヴィスに代わってギブソンがノミネートされたわけだが、彼が実際に受賞する可能性は、極めて低いと思われる。とは言え、ギブソンにしてみれば、ここまで戻って来られただけで、祝杯を上げるには十分だろう。

メリル・ストリープ

やはりメリル・ストリープは、アカデミーに愛されているのだ。19回という、史上最高のノミネート記録をもっていたストリープは、今回、またもや自らの記録を更新した。ストリープが伝説的女優なのはもはや言うまでもなく、SAGにも候補入りしているので、これは予想外とは言えない。しかし、より優勢と考えられていた「メッセージ」のエイミー・アダムスがはずれたのに彼女が残ったのは、少しばかり驚きだった。

泣いた人/作品

「ファインディング・ドリー」

昨年、全世界で10億ドルを売り上げ、アニー賞、英国アカデミー賞、プロデューサー組合(PGA)賞にもノミネートされている今作が、アカデミーからはそっぽを向かれた。オリジナルの「ファインディング・ニモ」が、長編アニメ部門で受賞を果たしただけでなく、脚本などほかに3部門でもノミネートされたことを考えれば、なおさらがっかりである。

その結果、今年のオスカーは、長編アニメ部門にピクサー作品が入らないという、近年、稀に見る事態となった。今作と同時に上映された「ひな鳥の冒険」は短編部門にノミネートされており、またピクサーを買収したディズニーからは、「ズートピア」と「モアナと伝説の海」の2本が候補入りしている。

「沈黙ーサイレンスー」

ここ15年、マーティン・スコセッシが監督する映画(ドキュメンタリーを除く)で作品部門に候補入りしなかったのは、「シャッター アイランド」(2010)のみ。同作品はスリラーで、もともと賞狙いの位置付けではなかったが、スコセッシが長年情熱を注いできた「沈黙〜」には、製作中から期待が寄せられていた。だが、実際には、撮影部門だけの候補入りにとどまっている。批評の中には絶賛するものもあったにも関わらず、主要部門をごっそりと逃してしまった理由として、TheWrap.comの批評家は、「上映時間が長く、テンポがスローで、スクリーナー(DVD)で見た年配のアカデミー会員の中には、最後まで見なかった人が多かったのではないか」とコメントしている。

意外にも候補入りを逃した「メッセージ」のエイミー・アダムス
意外にも候補入りを逃した「メッセージ」のエイミー・アダムス

エイミー・アダムス

エマ・ストーン(『ラ・ラ・ランド』)、ナタリー・ポートマン(『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』)と並び、「メッセージ」のアダムスは、主演女優部門に候補入り確実と思われていた。昨年秋のトロント映画祭では、やはりアダムスが出演する「Nocturnal Animals」も上映され、記者会見では「オスカーキャンペーンは、『メッセージ』と『Nocturnal〜』、どちらに力を入れるつもりですか」という質問が出たほどである。アダムスの演技は両方の作品で絶賛されたが、「Nocturnal〜」よりも「メッセージ」のほうが、圧倒的に彼女が引っ張る映画であるため、アダムスはこのアワードシーズン、「メッセージ」のほうで各賞にノミネートされてきた。

アダムスは過去に5回もノミネートされており、「そろそろ取らせてあげていいのでは」という雰囲気も、業界にはある。だが、もしノミネーションされていたとしても、ストーンとポートマンにはかなわず、おそらく今年も受賞は無理だっただろうと思われる。

「デッドプール」

スーパーヒーロー映画は、そもそも、オスカーの好むところではない。クリストファー・ノーランの「ダークナイト」ですら、作品部門にはノミネートされなかったのだから、口が悪い、ふざけたスーパーヒーローの映画がアカデミーに無視されても、不思議はない。

しかし、ここへきて、PGAや脚本家組合(WGA)賞など、オスカーと投票者がかぶる重要な賞に今作がノミネートされ、話題となっていた(オスカー戦線:まさかの「デッドプール」が急浮上。現状、「沈黙」「ラビング~」をリード)。本人たちも「もしかしたら」と思ったのか、ここ最近は、業界サイトにオスカーキャンペーン広告を出している。デッドプールに矢印を向けて「この男に一票を」というユーモアあふれるもので、普通のキャンペーン広告とは違っているのも、いかにも「デッドプール」らしかった。その広告も今日には消えている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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