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英EU離脱は映画/TV業界にどんな影響をもたらすのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
英EU離脱は「大きな間違い」と語ったハーヴェイ・ワインスタイン(写真:REX FEATURES/アフロ)

イギリスの国民投票でEU離脱派が勝利を収めたことは、欧米の映画業界にも大きなショックを与えている。投票結果が発表された直後、ハリウッドの超大物ハーヴェイ・ワインスタインは、deadline.comに対し、「衝撃を受けた。これは大きな間違いだ」と語った。「60日以内に、イギリスの人たちが目を覚まして、『やり直そうか』と言ってくれることを願っている。株価が暴落するのを見て、デビッド・キャメロンが『ほら、見たでしょう?ひどくなるんだよ。もう一度やり直そう』と言ってくれることを」とも付け加えている。

ワインスタインは、最近、BBCと共同で、リリー・ジェームズ主演のTVのミニシリーズ「War & Peace」を製作している。このドラマは、ヨーロッパ作品の基準に見合ったため、資金面で大きく助かった。EUに加入していると、メディア・プログラムから資金をもらえるという恩恵がある。2007年から2015年の間に、イギリスのフィルムメーカーたちがこのプログラムから提供してもらった資金の総額は、1億4,500万ドル(148億円)以上。このプログラムを利用した映画には、「フル・モンティ」「クィーン」「英国王のスピーチ」「スラムドッグ$ミリオネア」「17歳の肖像」「SHAME-シェイム」「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」などがある。EU離脱でこのプログラムの資格がなくなるとなれば、イギリスのインディーズ映画のプロデューサーは、大きな打撃を受けるのだ。

ヨーロッパには英語を完璧に話せる俳優も多いことから、イギリスで撮影されたイギリスの話に、他のヨーロッパの国出身の俳優が出演していることは、よくある。たとえば「リリーのすべて」で今年のオスカー助演女優賞に輝いたアリシア・ヴィキャンデルも、母国スウェーデンでデビューし、ロンドンに移住して、イギリスの映画で頭角を現した人だ。「リリーのすべて」には、イギリス、デンマーク、ベルギー、アメリカなどの会社が関わっている。EU離脱で人や資金の移動が複雑になると、こういったことは、これまでのように楽々とはいかなくなると予想される。

イギリスは、国内で撮影される映画やテレビに対し、25%の税金優遇措置を取っていることから、近年、ハリウッドの大作の多くも、ロンドンで撮影されるようになってきている。「ハリー・ポッター」「007」「ブリジット・ジョーンズの日記」など、もともとがイギリス生まれであるものは言うまでもないが、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」「スノーホワイト/氷の王国」「ダークナイト・ライジング」「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」など、いかにもアメリカな作品がイギリスで撮影されることも、頻繁にある。来月日本公開の「ターザン:REBOURN」も、物語の舞台のほとんどはアフリカだが、撮影はイギリスで行われた。来年公開予定のDCコミックのスーパーヒーロー映画「ジャスティス・リーグ」も、イギリスで撮影される予定だ。

これらハリウッドのメジャースタジオにとって、この国民投票の結果が具体的にどんな影響を及ぼすかは、今のところわかっていない。アメリカ映画協会(MPAA)は、「この国民投票が最終的にどのような結果を招くことになるかがわかるのには時間がかかりますが、今後も映画とテレビの分野で引き続き雇用を拡大していけるような環境を確保することを、イギリス政府に奨励いたします」という声明を発表した。メジャースタジオは、この件についてノーコメントを通している。短期的には、英ポンドの価値が下がることから、撮影コストが安くなるというメリットがありそうだ。だが、逆に、ポンド安は、イギリスの興行成績の価値を減らすことにもなる。いずれにせよ、このニュースを受けて、パラマウントの親会社ヴァイアコムの株は6%、フォックスの株は8%、ディズニーとワーナーの株は3%下落している。

投票結果を受けて、複数のイギリスのセレブリティが、絶望のメッセージをツィッターに投稿した。「ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島」「レヴェナント 蘇えりし者」のウィル・ポールターは、「国民投票の結果に、すごくがっかりした。イギリスがEUを離脱するなんて信じられない。間違っている」とコメント。J.K.ローリングは、「魔法が使えたらどんなにいいかとこれほど思ったことはない」と書いた。コメディアンのリッキー・ジャーヴェイスは、「イギリスにとってはひどい日。ツィッターにとってはすばらしい日」と冗談を書いた後、「ジョークはさておいて、これは何も変えないよ。金持ちはこれからも金持ちで、貧乏人はこれからも貧乏人なんだ。そしてまた外国人を責めるんだ」と、彼らしい辛辣なコメントを投稿している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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