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無名俳優向け有料ワークショップは搾取か、新たな現実か。変わりゆくハリウッドのキャスティング事情

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

スターになる夢を追いかけて、世界中から人がやってくるロサンゼルス。それだけに、そんな人たちを搾取することを禁じる法律が、カリフォルニアにはしっかりと用意されている。しかし、合法か違法か微妙な行為が、最近、業界内で新しい常識となりつつあることが、明るみに出た。

カリフォルニアでは、2010年にタレント志望者を狙った悪徳商法を防止する法律が施行され、仕事につながる可能性を匂わせてお金を取ることが明確に禁じられている。マネージャーやエージェントは、仕事が発生する前にマネジメント料金などを請求することはできず、オーディションを主催する人は、受ける人から料金を取ってはいけない。マネージャーやエージェントは、クライアント(俳優)が役を取ったら、その10%なり15%なりを、コミッションとして取る。マネージャーやエージェントは、どんなオーディションがあるかを教えてくれたり、アドバイスをくれたりはするが、必ず何かの仕事を取り付けてくれることを保証はしない。役を取れるかどうかは本人次第で、演技力向上のためのレッスンを受けたいのであれば、その料金は、俳優が自分で払う。演技レッスンはあくまで演技レッスンであり、オーディションで受かるチャンスを増やすために受けるものだ。

と信じられていたのだが、最近、特定のテレビ番組のキャスティング・ディレクターが主催する有料の演技ワークショップが頻繁に行われ、実際にそこから端役が選ばれるケースが増えているようなのである。主催者側は、「これはオーディションではなく、プロのキャスティング・ディレクターの前で演技をしてみせ、批評をしてもらう勉強の機会」だとしているが、事実上のオーディションであることは暗黙の了解ということだ。エージェントやマネージャーが、後に、「私のクライアントが、あなたのワークショップに参加しましたから」とフォローアップをすることも多いらしい。最近の「The Hollywood Reporter」の記事の中では、現在放映されているテレビドラマに出ている、せりふがひとつかふたつしかない脇役のうち半分が、これらのワークショップで選ばれているという業界関係者のコメントも紹介されている。

ワークショップの参加費は平均1回50ドル。1ヶ月に2、3回参加したとすると、年間の出費は1,200ドルから1,800ドルとなる。これらのワークショップを組む会社のひとつは、今年1月だけで160以上のワークショップを開催したというから、月2、3回のペースでの参加は、無名俳優の間では、決して多すぎないだろう。だが、これらのワークショップで探されているのはごく小さな役で、ギャラはもらえても1,000ドル程度。あまり割が合わない話だ。

こういったワークショップが台頭してきた背景には、業界の変化がある。チャンネルが少なかった時代、テレビ局の社内には、専門のキャスティング部があった。やがてそれは社外のキャスティング・ディレクターに委託されるようになるが、HBOのようなプレミアムチャンネルが生まれ、Netflixやアマゾンが積極的にオリジナル番組を作り始め、かつては他局の番組の再放送や古い映画ばかりを流していたケーブルチャンネルまでもが負けじとばかり参戦するようになった今、製作されるドラマの数は、膨大な数になっている。キャスティング・ディレクターは、常に複数の番組を抱え、メジャーネットワークだけだった時代の、「番組は9月半ばから10月にかけて始まり、5月に終わる」というスケジュールは、当てはまらなくなった。休みの時期を利用して小劇場に足を向け、誰かを“発掘”するというような贅沢は、もはや考えられないのだ。一方、デジタル化で応募にお金も時間もかからなくなったこともあり、小さな役の募集に、以前よりもずっと多くの無名俳優が写真や映像を提出してくるようになった。それらの俳優たち全員に会うのがかなわない中、2時間という時間をもうけ、ワークショップに参加してくれた、20人なり30人なりの人たちにじっくりと会うのは、効率的かつ有益だと、多くのキャスティング・ディレクターは見ているようなのである。

これらのワークショップが、2010年から施行されている法律に反するものなのか、あるいは合法の範囲内なのかは、判断が難しいところだ。2010年の法律を立ち上げた州下院議員ポール・クレコリアンも(彼の名を冠して、その2010年の法律はクレコリアン・タレント詐欺防止法と呼ばれている、)「The Hollywood Reporter」の取材に対してノーコメントを通したという。映画俳優組合(SAG-AFTRA)も、「ルールに従わないワークショップがたくさんある」と述べるにとどまっている。

無名俳優の生活が苦しいのは、昔からよく知られた事実だ。ブラッド・ピットがストリッパーを乗せるリムジンのドライバーで生活費を稼いでいたとか、エマ・ストーンが犬用ベーカリーの店員をしていたといったサクセスストーリーは、たくさんある。ミーガン・フォックスはスムージー屋の前でバナナのぬいぐるみを着て客寄せをしたし、「MADMEN マッドメン」のジョン・ハムは、ポルノ映画の撮影現場でセットの装飾を行っていた。そんな合間にもオーディションを受け続けて、彼らは成功への道を手にしたのだ。だが、最初の小さな役を得るために50ドルを払ってワークショップに出るのが当然になってしまったら、なんでもかんでも受けるわけにはいかなくなり、受けていたら得られたかもしれない役を逃すかもしれない。それはやがて、俳優業は、お金のある人だけが追求できる夢という常識を築くことにもつながりかねなりかねないのだ。人々に夢を与えるべき存在のハリウッドの未来図がそれなのだとしたら、あまりにも悲しすぎる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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