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オスカーキャンペーン:かかるお金は1本あたり11億円。厳しいルール、専門コンサルタントの活躍

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
2012年のオスカーでは「アーティスト」の犬アギーがキャンペーンに大貢献した(写真:Splash/アフロ)

アカデミー賞の投票締切まで、あと1日。長く続いてきたキャンペーンも、いよいよ最後の段階だ。

オスカーキャンペーンに使われるお金は、1本あたり300万ドル(約3億3,700万円)から1,000万ドル(約11億2,520万円。)それらのお金は、新聞、テレビ、オンライン、ビルボードなどの広告のほか、試写会、レセプション、スクリーナー(投票者向けのDVD)送付などに使われる。たとえば、スクリーナーを、アカデミーや主要な組合会員に送るだけでも、相当なコストがかかる。

お金をたっぷりかけられる大手スタジオの映画は、低予算のインディペンデント映画より、当然、有利だ。だが、「お金があればオスカーを買える」という印象にならないよう、アカデミーは、近年、キャンペーンについてのルールを厳しくしてきている。

派手なキャンペーンで知られてきたハーベイ・ワインスタインは、90年代、有力なアカデミー会員の絶賛コメントを載せた広告や、うるさいくらいまめな電話攻勢で見事結果を勝ち取ったが、これらの方法は、今日、厳しく禁止されている。また、ノミネーション発表前は、投票者向けの試写の後に食事やお酒を出したり、監督、キャストのQ&Aを行ったりしても良いが、ノミネーション発表後は、食事やドリンクを出すのは許されず、Q&Aつきの試写も、4回までしか許されない。また、ノミネーション発表後は、試写が関係しないイベント、たとえば、ランチ、ディナー、パーティなどを開いてはならない。映画会社がアカデミー会員に対して送っていいメールは1日1通。手紙も1日1通までで、サイズは、普通の封筒かハガキの大きさと決められている。アカデミー会員に電話で連絡するのは、いっさいダメ。スクリーナーが無事に手元に着いたかどうか確認するのでも、ダメだ。ライバル候補者の名前を出す、ネガティブキャンペーンは、とりわけ厳しく禁じられている。

そんな中、力を発揮するのが、オスカー専門のコンサルタントたちだ。ハリウッドには、この特殊な分野で活躍するひとにぎりのコンサルタントたちがおり、彼らは、スタジオから高額なギャラをもらうほか、候補入りしたり、受賞したりするたびに、ボーナスをもらう。

彼らの役割は、何よりもまず、その候補作を投票者に見てもらい、どうしてその映画が他より優れているのかを理解してもらうことだ。「アーティスト」「プレシャス」「ウィンターズ・ボーン」などを手がけたリサ・タバックは、「アーティスト」のキャンペーンで、あの映画の撮影が実際にL.A.で行われたことを、投票者に強調している。「アーティスト」は20年代のハリウッドを舞台にした物語だが、監督も主演俳優もフランス人で、フランス映画だ。近年、製作予算を抑えるため、税金優遇制度のあるロケ地を求めて、L.A.が舞台の映画であっても、アメリカ国内の他の州や、カナダ、イギリス、東欧などで撮影される傾向が強まり、L.A.の映画関係者の間に懸念が強まっているだけに、フランスからわざわざ来てくれてまでハリウッドの映画をハリウッドで撮ってくれた、というのは、明らかにポジティブな印象をもたらした。タバックはまた、映画に出てくる犬アギーを、積極的にキャンペーンに駆り出すこともしている。

今年の「ルーム」のキャンペーンで、タバックは、子役のジェイコブ・トレンブレイをあちこちに登場させている。主演のブリー・ラーソンが「Kong: Skull Island」を撮影中で、キャンペーンのための時間があまり取れないのも理由だが、9歳のかわいい少年を全面に出してくることで、アギーの時と同じ効果を狙っているとも思われる。その影響かどうかはわからないが、最近になって、アワードスペシャリストのピート・ハモンドや、「ニューヨーク・タイムズ」が、作品部門で「ルーム」が大逆転する可能性もなくはないと言い始めた。今年の作品部門は、「レヴェナント/蘇えりし者」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」「スポットライト/世紀のスクープ」の大接戦だが、「ニューヨーク・タイムズ」は、同じように票が分かれた2005年、「ミリオンダラー・ベイビー」が受賞して驚かせたことを例に挙げている。一方、ハモンドは、アカデミーが作品部門で使う投票システムでは、投票者が2位、3位、4位に挙げた作品が受賞する場合が多いため(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160209-00054252/)、「ルーム」が入ってくる余地があることを根拠に挙げる。

今年の作品部門の候補に挙がっている8作品の中で、「ルーム」は、最も予算の低い、小規模な作品で、新聞広告なども、ほかに比べて、極端に小さい。そんな中、大逆転説が出るまでに持っていったのは、キャンペーンの背後にいる人々の力量の表れといえる。もしも本当にその逆転があったりしたら、サプライズがなくなってきているオスカーにおいては、今後永遠に語り継がれる、伝説的な出来事となる。本当に最後までわからないのだということが証明されれば、オスカーは、再び、もっと興味深いものになるだろう。そして、本人たちにとってもっと大切なことに、コンサルタントの重要度とギャラも、間違いなく、さらに高まるはずだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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