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悲劇から2年。ハリウッドを震撼させたクルー死亡事故“サラ・ジョーンズ事件”が変えたこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
故ジョーンズの両親が立ち上げたサイト。「どんなシーンや映画より人の命が大事」

アメリカ時間本日2月20日、“サラ・ジョーンズ事件”は、2周年を迎える。2年前のこの日、ウィリアム・ハートが主演する映画「Midnight Rider」の撮影現場で、製作側のずさんな安全管理のため、27歳のカメラアシスタント、サラ・ジョーンズが、電車に跳ねられて亡くなった。今週、ジョーンズの両親は、L.A.を訪れ、プロデューサーや組合とミーティングをしたり、いくつかの製作現場で娘のために黙祷を捧げてもらうなどの活動を行っている。

「Midnight Rider」は、ミュージシャンのグレッグ・オールマンが書いた自伝本「My Cross to Bear」を映画化するもので、「Bottle Shock」のランドール・ミラーが、監督、プロデュース、脚色を兼任した。事件が起こったのは、撮影初日の2014年2月20日(木、)ジョージア州アルタマハ川の上の鉄道橋。撮影は週明け24日(月)スタートの予定で、この日は、“カメラテスト”ということになっていたが、実際のところ、製作側は、この日、本番の撮影をするつもりでいた。

そのシーンは夢のシーンで、鉄道橋の上に病院のベッドがくくりつけられ、主人公が寝ているという状況。この鉄道は現在も使われているが、製作側は、キャストとクルーに、安全面の問題はないと主張していた。しかし、後になって、製作側はここでの撮影許可を鉄道会社CSXトランスポーテーションに2度求めたものの、2度とも断られていたことがわかっている。

電車が時速93キロで近づいてきた時、クルーは、鉄道橋にくくりつけた金属製のベッドを取り外そうとした。しかしその時間はなく、電車はベッドにぶつかってベッドは激しく破壊され、ジョーンズは死亡。ほかに7人が負傷した。

ハートは無事だったが、後日、カナダのメディアに対して、当時の状況を「あそこに着いた時から、僕はすごく不安を感じていた。そして僕は、みんなの前で、(助監督)ヒラリー・シュワルツに、『安全面は大丈夫なのか?』と聞いた。それは彼女の仕事だから。彼女は『イエス』と言った」と振り返っている。電車が近づいてきた時、ハートは裸足でベッドにくくりつけられていた。「僕はベッドを動かそうとした。でもベッドは動かず、僕は大声で叫び始めた。なんとか紐の上に足を動かし、逃げようとして僕の上に重なってくる人たちの邪魔をしないようにしながら逃げた。硬い石の上に降りて振り向くと、電車は60センチくらいまで迫っていた。僕は目を閉じて、『ノー!』と叫びつつけた。」

この事件について、ハートは、「これは僕のキャリアで起きた悲劇。人生においても、最大の悲劇だ。こんなことが起きるなんて、想像もしなかった」と語っている。ミラーら製作側は、事故の直後にも撮影を再開しようと試みたが、ハートは降板を表明した。

同年7月、ミラーと妻でプロデューサーのジョディ・サヴィン、エクゼクティブ・プロデューサーのジェイ・セドリッシュが、9月には助監督のシュワルツが、過失致死容疑と不法侵入容疑で起訴される。ミラーへの求刑は10年だったが、司法取引で妻サヴィンへの起訴は取り下げられ、ミラーの懲役は2年、その後8年は保護観察期間との判決が下りた。撮影現場での死亡事故で映画監督が服役するのは、史上初めてのことだ。ミラーは現在も服役中で、昨年秋には裁判所に早期釈放を要求していたが、先月、否認されている。

この悲劇は、映画やテレビの撮影に携わる全米のクルーのコミュニティに、大きな衝撃を与えた。地元の経済のために、税金優遇対策を用意して撮影を誘致する州が増えている現在、L.A.やニューヨークだけでなく、ジョージア州、ルイジアナ州、ニューメキシコ州など、全米の多くの場所に、プロのクルーのコミュニティが存在するようになってきている。クルーたちは事件直後からフェイスブックで「Midnight Rider」撮影再開の反対運動を展開したほか、アカデミー賞授賞式の追悼のコーナーにジョーンズを含めるよう訴えた。アカデミーはこの要望を受け入れ、事故から2週間後の授賞式では、ジョーンズにも追悼が捧げられている。

事故を受けて、撮影現場の安全への見直しも、強化されてきた。2014年夏には、撮影現場の安全問題を匿名で報告できるアプリ制作のためのクラウドファンディングがネットで始まり、たった3日で目標の金額を集めてみせた。国際撮影監督協会(ICG)も、独自に同じようなアプリを立ち上げ、演劇業界の従業員の国際団体IATSEも、同じ目的をもつホットラインをスタートさせている。また、ジョーンズの両親は、最近、「Safety for Sarah End Credit」というプログラムを開始した。映画やテレビのプロデューサーに、クリエイティビティを最大に表現しつつも、そこに関わる人々全員の安全に敬意を払うという手紙にサインをしてもらうというものだ。すでにいくつかの番組が参加を表明しているが、このプログラムができるよりずっと前に、「ワイルド・スピード SKY MISSION」も、この意図に合意しており、クレジットの最後には「Safety for Sarah」のロゴが出ている。ジョーンズは、ポール・ウォーカーが亡くなる前、同作品の現場で仕事をしていたとのことだ。

ジョーンズについてのドキュメンタリー映画の製作も進められている。ひとつは、ジョーンズの両親も支援するもので、タイトルは「We Are Sarah Jones。」もうひとつは、ソーシャルメディアでミラーへの支援を表明し、早期釈放の嘆願書にも署名したオーストラリア人作家デビッド・ロリンズが企画するものだ。これらがいつ完成するかは不明だが、ドキュメンタリー映画に思い出させてもらうまでもなく、撮影現場を管理するすべての人々の心に、サラ・ジョーンズがこれからもずっと生き続けていくことを願いたい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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