Yahoo!ニュース

オスカー投票、締切まであと4日。大接戦の3作品、どたんばのキャンペーン戦略は

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
19日(金)の「L.A.タイムズ」紙に出た「スポットライト」の見開き広告。

アカデミー賞の投票締切は、米国時間23日(火。)「レヴェナント/蘇えりし者」「スポットライト/世紀のスクープ」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」の3本レースとなった今年、この3作品は、オスカーキャンペーンのラストスパートをかけている。新聞には毎日のように投票者に訴えかける広告が入り、街のあちこちには大きな看板広告が出ている。しかし、それらには、以前とはやや違ったキャンペーン戦略が見受けられる。

最も顕著なのは、「マネー・ショート」だろう。「アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!」など爆笑コメディで知られてきたアダム・マッケイが監督するこの映画は、2008年のリーマンショックの裏側を描く実話を、ユーモアのニュアンスも含めて語る作品。ゴールデン・グローブには、“コメディまたはミュージカル”部門でノミネートされたが(理由は、そのほうがゴールデン・グローブは賞を取りやすいから。それについてはまたいつか別の記事で書くことにする、)オスカーキャンペーンでは、コメディの部分はいっさい打ち出さず、今作が、今日にも通じる重要な問題提起をするものであることを強調している。

最近、オスカーキャンペーン用に新しく作り直したテレビスポットにも、それは明らかだ。緊迫感とシリアスさに満ちたこの30秒スポットはリーマンショックのせいで、150万人が家を失い、1分あたり5人が仕事を失い、アメリカの経済は10兆ドルを失ったと伝える。さらに、今年2月10日の「USA トゥディ」紙の記事から、「銀行は、2008年以来の崩壊に向かっている」という文章が引用され、続いて、「歴史から学ばないのであれば、私たちは同じことを繰り返すことになるだろう、」最後は「変化を起こそう」で締めくくられる。また、次回大統領選で、ヒラリー・クリントンと民主党代表を争うバーニー・サンダースが、「マネー・ショート」を見たかと聞かれ、「もちろんだ。すばらしい映画だ」と答えたことも、ここのところ頻繁に語られてきている。

「変化を起こそう」というメッセージは、「スポットライト」のキャンペーンにも重なるものだ。「スポットライト」は、長年にわたり、カトリック教会が子どもたちを虐待していた事実を暴いた「ボストン・グローブ」紙のジャーナリストたちを描くもので、やはり実話だ。11月下旬の北米公開時や、それに先立つトロント映画祭などでは、実際の「ボストン・グローブ」の記者たちが、マーク・ラファロら俳優たちと並んで写真撮影に応じるなど、記者たちを全面に押し出していた。しかし、最近では、虐待の被害者たちに焦点を当てるようになっている。今月半ば、ローマ法王のもとで聖職者による性的虐待の問題に取り組む委員会のためにプライベート試写が開かれたという報道が出たことは、この映画が「変化を与えている」ということを証明する、大きな後押しとなった。本日の「L.A.タイムズ」紙に出た見開きのカラー広告でも、「力を持たない人たち、罪のない人たち、そして真実のために。この映画は変化を起こす」と大きくうたわれている。タイトルの下には、「変化は勇気とともに訪れる」というキャッチコピーもついている。

一方で、「レヴェナント」は、過酷な撮影に耐え抜いた、フィルムメーカー魂、アーティスト魂を強調してきた。映画は、19世紀の大自然の中、クマに襲われて瀕死の重傷を負った主人公(レオナルド・ディカプリオ)が、信じられない苦難を乗り越えて生き抜くサバイバルドラマ。厳しい気候の中、自然光のみで撮影されたこの作品は、雪が必要な時に雪が降らず、ロケ地を変更して、撮影期間が予定を大幅にオーバーするなど、ディカプリオも、「これまでのキャリアで一番大変な撮影だった」と語っている。最近の受賞スピーチでアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督が語った「辛いのは一時的だが、映画は永遠だ」というコメントこそ、まさにこのキャンペーンの真髄に通じるものだろう。とは言え、「こんなにしんどかったんだから、賞もらってもいいでしょう」というキャンペーンになるのを避けるためか、最近では、新聞広告などに、著名な雑誌や批評家の絶賛コメントをこれまで以上に掲載している。

ほかの5作品も、あきらめたわけではない。たとえば、アメリカでは劇場公開が終わっており、すでにDVDが発売になっている「ブリッジ・オブ・スパイ」も、アカデミー会員に向け、「試写情報はこちらのサイトをごらんください」というカラー広告を、半面以上使って、本日の「L.A.タイムズ」紙に出している。最後まであなたの作品をサポートしましたという姿勢を見せるのは、スタジオにとって、フィルムメーカーたちと良い関係を保っていくための礼儀というもの。それに、本当の結果は、最後の最後までわからないのだ。そうは言っても、今年はこの3作以外、ありえないだろうが。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事