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なぜ仏独伊の首脳はキーウを訪問したのか。ウクライナのEU加盟、NATO加盟、欧州政治共同体の問題とは

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
6月16日キーウ。(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナはEUの正式加盟候補国になるか。

支持を与える3カ国首脳

フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相、そしてイタリアのドラギ首相の3人が、6月16日列車でウクライナ入りを果たした。

彼らのキーウ訪問の一番の目的は、明らかに見えた。ウクライナが欧州連合(EU)の正式な加盟国候補になるかどうかの協議である。

大変驚いたことに、フランス・ドイツ・イタリアの首脳、そしてルーマニアのヨハニス大統領、この4カ国の首脳4人は、「即時」候補にすることに賛成であると、記者会見で発表した

マクロン大統領は「4人全員が、即時の候補という立場を支持しています。この地位はロードマップを伴うもので、バルカン半島や近隣諸国、特にモルドバの状況も考慮する必要があります」と述べた。

このニュースは、ニュース速報として欧州に流れた。誰もが予想していなかったであろう、驚きである。ただ、キーウ訪問直前の専門家たちの予測では、ウクライナは条件付きで候補者としての地位を与えられるか、交渉開始の期日付きの可能性があるという声があった。

ドラギ伊首相は、記者会見で、明確な支持を表明した。

「今日、私たちの訪問で最も重要なメッセージは、イタリアがウクライナのEUへの加盟を望んでいるということです」

ドラギ首相
ドラギ首相写真:代表撮影/ロイター/アフロ

「私たちは今、歴史の転換点に立っているのです。ウクライナの人々は、欧州のプロジェクト、つまり私たちのプロジェクトの基礎となる民主主義と自由の価値を、日々守っているのです。私たちは足を引っ張って、この(加盟)プロセスを遅らせることはできません」

「私たちは、キーウとローマ、パリ、ベルリン、そしてこのプロジェクトを共有するすべての他の国々を.結びつける、平和、繁栄、権利(法)の共同体をつくらなければなりません」

そしてマクロン仏大統領は、ゼレンスキー大統領と並んで、こう述べた。

写真:ロイター/アフロ

「あなた方は、私たちを頼ることができます。ウクライナは私たちを頼ることができるのです」

「私たちは、自由で主権ある国民に対して、ヨーロッパの人々の友愛(博愛・兄弟愛)に満ちた挨拶をお送りします」

「制裁、経済や軍事支援など・・・私たちはを強化してゆき、私たちはあなた方の自由を守るための味方ですし、これからもずっと味方で居続けるでしょう」

「ウクライナが確実に自由であり続けるために、欧州の友愛(博愛・兄弟愛)を頼りにしてください」

(ここで使われている「友愛(博愛・兄弟愛)」はフランス国家のスローガンである「自由・平等・博愛」の博愛=FRATERNITE と同じ言葉である。現代においては「連帯」とほぼ同じ意味である)。

そしてショルツ独首相は、ウクライナとモルドバの加盟候補申請について、「前向きな決定」を望むと述べた。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

そして、軍事支援について、必要な限りの期間、約束すると強調した。

「ウクライナは欧州の家族の一員である」と述べ、申請を開始するためにEU内で「全会一致を見出す」ため「必要なことはすべて」行わなければならないと述べた。

この1週間の欧州の大外交

この1週間、EU外交、そしてEU加盟国の外交は、大変活発化していた。欧州の要人が色々と発言をしていたが、以下の文脈から読んでみることが必要だった。

6月11日、突然にキーウを訪問して驚かせたデアライエン委員長は、ゼレンスキー大統領に「来週末までに」、ウクライナが正式に加盟国の候補になるのかどうか、何らかの返答をすると約束していた

両者の会談。
両者の会談。提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

彼女は「私たちは、ウクライナの欧州への道筋を支援したい」「今日行われた話し合いで、来週末には評価を確定できるだろう」と述べた。

ウクライナ当局は、「多くのことを行った」が、特に汚職の問題について「まだやることが沢山ある」と強調していた。

週末とは6月18日(土)と言われてきたが、最新の報道によると、今日17日(金)の可能性もあるようだ。

そして、6月23日と24日には、EU27加盟国の首脳が集まる欧州理事会が開かれる。

この会議は、ウクライナにEU加盟国の正式候補の地位を与えるか否かを決めるものである。この決定には、27カ国すべての賛成、つまり全会一致が必要である。1カ国でも反対すると、成立しない。

(今まで散々ハンガリーが、事実上の「拒否権」を使ってきた)。

当初から、フランス・ドイツ・デンマーク・オランダなどは難色を示し、東欧を中心とした国々が支持していた。

デアライエン委員長のキーウ訪問の直前、欧州議会の議長であるロベルタ・メツォラ議長が、6月10日、強い支持を表明していた

彼女は「ウクライナは、私たちの欧州のプロジェクトに参加する真の可能性を得るときではないでしょうか。私が議長という名誉と責任を負っている欧州議会は、ウクライナのEU加盟候補国としての申請を強く支持しています」と語った。

彼女はマルタ出身で、史上最年少43歳の欧州議会議長である。サッソーリ議長の死去に伴い選出された
彼女はマルタ出身で、史上最年少43歳の欧州議会議長である。サッソーリ議長の死去に伴い選出された写真:ロイター/アフロ

もちろん、正式加盟国候補になっても、それからは長い道のりが待っている。トルコなど、20年以上も正式候補である。

それに、おそらく何らかの条件がつく可能性もある。この原稿を書いているのは日本時間で17日午前3時頃だが、これからも新たな情報が入ってくるかもしれない。

それでも、ウクライナにとっては、悲願のEU加盟への正式な第一歩である。

クリミア侵攻の前、2013年からウクライナの一般市民がキーウのマイダン広場に続々と集まり、訴え望んだのは、NATO加盟ではない。EU加盟だったのだから。

戦争で人は殺され、街も農地も壊された。領土を失い、土地を家を失った。それでも、この戦争で戦ったからこそ得ることができるものが、ようやく初めて一つ、ウクライナにもたらされようとしているのだ。

欧州政治共同体とNATO加盟問題

今後どうなるのか。

筆者が注目しているのは、3点ある。

1つ目は、マクロン大統領が提唱した「欧州政治共同体」の構想である。

これはウクライナやジョージア・モルドバ、西バルカン諸国、さらに英国やグリーンランドなど、民主主義や人権の価値観を共有するものが集まり、政治や安全保障、エネルギー面などで協力することを提案している

「欧州政治共同体」は、5月9日の仏ストラスブールの欧州議会でマクロン大統領が演説で発表した
「欧州政治共同体」は、5月9日の仏ストラスブールの欧州議会でマクロン大統領が演説で発表した写真:ロイター/アフロ

この構想は、もともと、ウクライナ等のEU加盟には時間がかかるし、加盟の基準を下げるわけにはいかない状況で、提案された構想と理解していた。そして、EU加盟問題とは関係のない組織であるということだった。

この構想そのものの起源は古く、ミッテラン仏大統領にさかのぼることができるとも言われる。

しかし、ウクライナは、自国のEU加盟が遠く曖昧になってしまうことを恐れて、難色を示していた。また、アメリカも慎重(反対)だった。

一方で、今回の4首脳の訪問は、「ウクライナのEU加盟国候補の問題と、欧州政治共同体の問題」を協議に行くと説明されていた。それに、ドラギ首相の発言(上記)は、明らかにこの共同体を意識したものだと思われる。

つまり「ウクライナが正式加盟候補になるのは難しい。でもウクライナを欧州の一員として迎える意志があることを示し、具体的な枠組みをもつためにつくられた、欧州の欧州による欧州のための構想」だ。でももしウクライナが正式加盟候補になるのなら・・・交渉の過程で変化が生じたのだろうか。あと少し待てば、ある程度は明白になる期待をもっている。

2つ目は、北大西洋条約機構(NATO)である。ウクライナのNATO加盟問題だ。

これは、EU加盟とNATO加盟はどのような関係にあるかという、超超超と言っていい難問である。EUを記事にするヨーロッパ人ジャーナリストにとっても、この問題は自明ではない。資料も大変乏しい。こちらは待てば少しは明白になるのかは、まったくわからない。

筆者が読んだ資料を信じるのなら、ウクライナがEUの正式加盟候補になるのであれば、ウクライナのNATO加盟が内々に決定している可能性があるのではないか。いや、これから決定しようとしているのかもしれないが。

NATOは6月11日に、国防相が集まる会議を開いている。東側の国境に沿った戦力と抑止力を強化する方法について協議したという。

これは、6月29日と30日にスペインのマドリッドで開かれるNATO首脳会議に先立つものだった。この会議では、今後数年間のNATO同盟のロードマップを確立することを目的としている。

このあたりで、何かが起きるだろうか。

もし仮にウクライナのNATO加盟が内々定したとしても、それを発表するかどうかは別問題である。

しかも今は、EUへの「加盟」ではなくて、「正式な加盟国候補」の段階でしかない。さらに、正式な加盟候補になるのかすらも、まだわからない。このことは6月下旬に開かれるEUの欧州理事会ではっきりするが。

一つ言えるとしたら、NATO=(ほとんど)アメリカの合意なくして、ウクライナのEU加盟はありえないのではないか、ということだ。実はこのことと「欧州政治共同体」構想は密接な関わり合いがあるのだが、既に長いので、別稿に譲ることにする。

これらの問題は3つ目の問い「ウクライナ戦争の行方はどうなるのか」と、綿密につながっている。

キーウ訪問で、フランスもドイツも、覚悟を決めてウクライナに武器を輸出することが明らかになってきている。

このことは、NATOとEUの、現段階では決して表には出ない動きとリンクしているのかもしれない。内部交渉が表に出るのは、いつのことだろうか。

まずは、6月下旬に開かれるEUとNATOの各首脳会議までの様々な動きに注目していきたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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