ズミイヌイ島(蛇島)がなぜ重要なのか:ウクライナ戦争
黒海に浮かぶズミイヌイ島、別名、蛇島(スネーク島)。
ウクライナ領のこの島を、ロシア軍は2月に占拠した。そして今、奪還を目指すウクライナ軍との戦いが、激しさを増している。
「蛇島」という名前は、14世紀に黒海を支配したジェノバ人が、池に多くの爬虫類をみつけたためだ。ソ連時代に蛇を駆除したらネズミが増えてしまい、殺鼠剤を使ったら島が汚染されたという。
上記写真のように、1平方キロメートルにも満たない島そのものは、特に価値があるわけではない。重要なのは、存在する場所である。ドナウ川の河口に位置する、黒海の要衝なのだ。
この島の重要性は、以下のものであるという。
1,南部の港湾都市オデーサ(オデッサ)とその周辺一帯を攻略する拠点となりうる。島で巡航ミサイルの配備や、防空面を強化することができる。
2,ウクライナの南西に位置するルーマニアに近く、北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であるルーマニアからウクライナへの武器の供与を阻止する。
特にロシアは4月14日に、黒海艦隊の旗艦「モスクワ」を失ったので、これらのことを重視しているという。島へのロシアの補給船は、「モスクワ」が主に保護をしていた。それがウクライナ軍に破壊されてしまった今、補給戦は最低限の保護しか受けられなくなっている、とBBC/英国は言う。
実は、この島のことは、筆者の3月7日の記事「ロシア軍が初めてウクライナ西側を攻撃。戦争は新局面か:黒海、オデッサ、モルドバ、ルーマニア」で説明したことがある。
読者の中には2月の「英雄談」を覚えている方もいるのではないか。ロシア海軍が、黒海の小さな島にいるウクライナ国境警備隊に向かって「武器を捨てて降伏するよう提案する。さもなければ爆撃する」と呼びかけたところ、「地獄に落ちろ!」と返答。全員死亡したという話である。このロシア海軍というのは「モスクワ」号だったという。
2月25日、この13人の守備隊にウクライナ政府は英雄の称号を与えたが、幸いなことに彼らは生きていた。
この時に島はロシアに占拠されてしまった。この島こそ、今問題になっているズミイヌイ島/蛇島なのである。それ以来、蛇島はウクライナの抵抗のシンボルのように有名になった。
蛇島に2月に起きた事件は、大変不謹慎な例えで表現すると、日韓で争う竹島にロシア軍がやってきて、ぶんどってしまったーーという感じの出来事である。その日本のショックがルーマニアのショックであると考えると、少し近いかもしれない。
歴史的に領有権を争い続ける島
ズミイヌイ島/蛇島は、存在する場所が地政学的に黒海の要衝を占めるために、ロシア帝国とオスマントルコ帝国が領有を争い、さらにルーマニアが加わって、常に領土争いの対象になった。
19世紀半ばのクリミア戦争中には、フランス、イギリス、オスマン帝国の連合艦隊がクリミア半島に上陸する前の集合地点となったと言われる。また、第二次世界大戦中、ルーマニアの支配下にあったこの島は、枢軸国軍が使用する無線局が置かれた。
冷戦時代はソ連領となり、対空防衛のためのレーダー基地と、ソ連海軍の沿岸監視システムの無線セクションとして使用された。
1980年代に石油とガスが見つかって以来、ルーマニアとソ連との間に国境紛争が起きる。ソ連が崩壊すると、この島はウクライナ・ソビエト社会主義共和国の領域にあったので、ウクライナ領になった。そして今度はルーマニアとウクライナとの間の国境紛争に移行した。
1997年、北大西洋条約機構(NATO)はルーマニアに対し、NATOに加盟するならばウクライナとの国境紛争を解決するよう強く求めた(2004年に加盟が実現)。
その結果、この島を含む6つの島はウクライナに属することが確認された。しかし、蛇島に対応する領海と排他的経済水域は、依然として紛争が続いていた。
2004年9月、ルーマニアはハーグの国際司法裁判所に提訴した。同国の主張は「これは岩」、ウクライナの主張は「これは島」。どこかで聞いたような大変身近に感じる争いだが、裁判では全会一致で、両方で分ける結果となった。
これで公式には島そのものの紛争は終わったのだが、今度は湾と島の間の領海帯で、まだ紛争が残っている。
ところがここに、ロシア軍が侵略してきて、占領してしまったのだ。それがあの2月の「退去しろ→地獄に落ちろ」事件である。
この事件から、ルーマニアの防衛の主張は特に激しさを増した。NATO軍はルーマニアの防備も、かなり前から始めている。オデーサへの攻撃は、ルーマニアをさらなる不安に陥れている。ロシア艦隊が、再び喉元まで戻ってこようとしているのだ。
ルーマニアのコンスタンツァ近郊のミハイル・コガルニチアヌ基地には、2月に援軍として派遣された1000人近いアメリカ軍がすでに配備されていた。
このように、ルーマニアというNATOとEUの加盟国から防御の要望が高くなったことも、島奪還を目指す原因の一つだろう。
ロシアが欧州のガスを止めようと脅しをかけている今、ここのガスと石油をめぐっても問題は大きくなるだろう。この資源が将来的に欧州側のものになれば、アフリカやコーカサスなどの遠くからのパイプラインに頼ったり、中東やアフリカから液化天然ガス(LNG)を輸入したりしなくても、近くで東欧のエネルギーに恩恵がもたらされるのだ。
ウクライナ軍が相次いで爆撃
2月には「モスクワ」号によって、ズミイヌイ島/蛇島はロシア軍に奪われた。反撃に出たウクライナ軍が4月に「モスクワ」を撃沈させた(ロシア側は事故と主張)。そして今また、紛争が激しくなっている。
ウクライナ軍参謀長ヴァレリー・ザルズニーは、ソーシャルメディアのテレグラムで5月2日未明、ロシアのラプター級巡視船2隻が、蛇島付近で破壊された、と書いた。
「バイラクタルは機能している」と述べ、トルコが開発したこの戦闘用ドローンを、両方の攻撃に使用したことを明らかにした。
さらにウクライナ海軍は5月7日、トルコで開発された戦闘用無人機「バイラクタルTB2」ドローンが、「プロジェクト11770・セルナ級の揚陸艇と、2つのトーア(Tor)地対空ミサイルシステムを襲った」と、Facebookで、日付を特定せずに発表した。
ウクライナ国防省は、船の破壊とされる映像の公開に伴い、「今年5月9日(第二次大戦の戦勝記念日)のロシア艦隊の伝統的なパレードは、蛇島付近の海底で行われる」と皮肉った。
どちらの件でも、ロシアはこの情報を確認(反応)していない。
オデーサ、沿ドニエストル、ズミイヌイ島/蛇島ーーこの地域は、再び重要な地域となっている。ミコライウもそうなるだろう。
初めてのことではなく、ロシア軍が首都キーウを包囲しようとしている際、既にこれらの地域への侵攻が問題になっていた。ただ、露軍はその後首都地域やその他の地域で撤退、戦略を練り直した。今再び焦点が当たっているのである。
筆者は軍事の専門家ではないのだが、まるで第二次大戦の日本軍に起こったようなことが、今ロシア軍に起こっているのではないかと感じることがある。
戦艦大和も武蔵も、威容を誇る日本の軍艦は、新しい「空軍」という存在の前に撃沈を余儀なくされた。今のロシア軍も、戦力は大きいのかもしれないが、その軍艦も戦車も、新しい時代の小回りの効く高威力の武器の前に、次々と破壊されている。
いろいろな意味でこの戦争は、時代の変化の象徴になるのではないかと思う。