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なぜウクライナ「侵攻」なのだろう。「侵略」でも「戦争」でもないのはどうして?:戦争勃発から一ヶ月

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
近くで突然砲撃が起き、息子をかばって伏せる母親。マリウポリ港。3月23日(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ戦争が始まってから、1ヶ月が過ぎた。

執筆者群の片隅の一員として、あふれる情報に溺れながら、どの情報が正しいのか、どのテーマを書くべきか、悩みながら1ヶ月が過ぎたのだが・・・。

ずーっと不思議というか疑問に思っていることがある。

日本では、2月24日から始まったこの戦いの名称として「ロシアによるウクライナの侵攻」あるいは「軍事侵攻」という表現が一般的になっている。

なぜ「侵攻」なのだろう。これは「戦争」じゃないのだろうか。

フランスのメディアは、ロシアが二つの自称独立国を承認したり、この地域内で争ったりしていた間は、ロシアや軍の行為に対して「ロシアの invasion」という言葉を使っていた。「invasion」は、日本語では「侵略」とも「侵攻」とも訳すことになっている。戦争という言葉は使っていなかった。

しかし、この範囲を飛び越えた2月24日からは、仏メディアは一斉に「戦争」という言葉を使っている。これはアメリカでも英国でも、ほぼ同じである(下記資料を参照)。

もちろん、今でも「invasion」(侵略・侵攻)という表現はするが、むしろ各都市や地域への軍事攻撃を指すことが多い。この戦争全体の名称を指すものとして使われることは、無いわけではないが、ぐっと減った。

なぜ、日本では相変わらず、全メディアが一致するかのように「侵攻」という言葉を使っているのだろう。

グルジア(現ジョージア)のように、比較的短期で、部分的に終わると思っていたから? でも首都キエフ(キーウ)が攻められているのに? もう1ヶ月以上も過ぎているのに? しかも長引きそうである。

ただ、「ロシアによるウクライナ侵攻」が、それほど悪い表現なのかというと、そうとも言えない側面もないわけではない。

誰が加害者なのか、はっきりわかる表現だからである。「戦争」だけだと、この部分は伝わりにくい(といっても、おそらくもう全員が知っているが)。

でも、それならなぜ「ロシアによるウクライナ侵略」ではないのだろうか。今起こっていること、これがただの「侵攻」なのだろうか。

日本語では 侵略>侵攻>侵入 のイメージがあると思う。英語やフランス語の invasion という言葉がもつ意味や与える印象は、「侵攻」というより「侵略」だと私は思っている。

ただ、戦争中に、ある都市や地域へ軍が動いたという話なら、「侵攻」と訳してもいいのではないかと思う。

「侵攻」という言葉を使い続けている理由が、私にはよくわからない。とにかく言葉を和らげたいのだろうか、この国の「お家芸」「伝統芸」または「お作法」にのっとって。

「全滅」は「玉砕」だったし、「占領軍」は「進駐軍」だった。

それとも、他に何か理由があるのだろうか。「侵攻」から「侵略」「戦争」に変えるタイミングを逃しただけ、など・・・。

そういう和らげた言葉を使うのなら、日本がウクライナと同じ目にあっても、他国に「戦争」でも「侵略」なく、「侵攻」と言われても良いということになる。

もし「誰が加害者なのか、はっきりさせる表現のほうが良い。『戦争』という言葉だと伝わりにくい」という意向ならば、メディアは「侵略」という言葉を使ったほうが良いと思う。ぜひご一考をお願いしたい。

ちなみに筆者は、「ウクライナ戦争」という言葉を使っている。

これは戦争だからである。

【参考資料】

◎ニューヨーク・タイムズ。Russia-Ukraine War(露ウ戦争)とある。

◎ワシントン・ポスト。WAR IN UKRAINE(ウクライナでの戦争)と大きくある。写真の中、左下にMapping the invasionとある。ここをクリックすると、日本でもよく見るウクライナの戦争状況を示す地図が出てくる。各都市や地域への軍の進み方を見せる地図である。

◎米CNN。ここはRussia invades Ukraine(ロシアのウクライナ侵略)とある。

(真ん中の空きは私が使っている広告ブロックのためと思われる)。

◎英BBC公共放送。見えにくいがNEWSの下、左端のHomeの右隣にWar in Ukraine(ウクライナでの戦争)とある。

◎英ザ・タイムズ。Russia-Ukraine war(露ウ戦争)とある。

大きな見出しにも、右側の「Russia-Ukraine war: latest maps, pictures and video(露ウ戦争:最新の地図、写真とビデオ)」にも使われている。

◎英フィナンシャル・タイムズ。War in Ukraine(ウクライナでの戦争)と表現。

◎英ガーディアン。赤地の左端にUkraine crisis live(ウクライナ危機ライブ)というページ名。見出しでRussia-Ukraine war latest: Bien....(露ウ戦争最新ニュース:バイデン・・・)とある。

◎フランス公共放送 France Info。DIRECT: Guerre en Ukraine(ライブ:ウクライナでの戦争。Guerre/ゲールとは戦争の意)とある。

◎フランス『ル・モンド』。こちらもGuerre en Ukraine(ウクライナでの戦争)を使っている。

【3月27日午後の追記】

日本政府は「侵攻」ではなく、「侵略」を使っています。確かに岸田首相も林外相も、「侵略」と表現しており「侵攻」は使っていません。

それで、一部に「左派メディアが云々」という意見が出るのでしょう。でも、NHKも、政権寄りと言われるメディアも「侵攻」を使っています。

理由は一つではなく、複数あるのだと思います。それでもなぜかほぼ一致して、日本のメディアが「侵攻」を使っているのは、どうしてでしょう・・・。

確かに、メディアは他のライバル(?)メディアをチェックしており、横並びになる傾向は、どの国にも多かれ少なかれあると思います。

ということは、理由は様々にあったとしても、日本のメディア関係者、ジャーナリスト・記者の総意として「侵攻で」ということになった、あの状況を知っているのに疑問を挟まなかった、たとえ政府が「侵略」と表現していてもそうだったーーと解釈できるのでしょうか。

NHKは、首相の発言の引用の時は、ちゃんと「侵略」と言っています。それでも「ロシアによるウクライナへの(軍事)侵攻」を戦争の名称として繰り返しています。何か内部で打ち合わせなどをして、そう呼ぶことを決めたのでしょうか。もしそうなら理由が知りたいです。他のテレビやラジオ、ネット放送局等はどうなのでしょう。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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