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キエフ陥落を前に、フランス人の72%が欧州軍の創設を支持、モルドバもEU加盟を申請:欧州の歴史の転換

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:イメージマート)

マクロン大統領は、3月3日にプーチン大統領と電話会談した。

そして「これから(ウクライナに)最悪がやってくる」と発言。その後、大統領府のエリゼ宮は、プーチン氏は「非常に大きな決意」をしていて、その目標はウクライナ全土の「コントロールを握ること」だと発表した。

この日の夜、フランス公共放送は、フランス大統領選の各候補者に話を聞くシリーズで、極右と呼ばれEU懐疑派のマリーヌ・ルペンと討論する番組を放送した。その中で、フランス人に「欧州軍の創設に賛成ですか」という設問の世論調査を発表した。

「まったく賛成」が36%

「どちらかというと賛成」が36%

「どちらかというと反対」が15%

「まったく反対」が13%

賛成が全体で72%、反対が全体で28%という結果となった。

公共放送フランス2の番組より。左はマリーヌ・ルペン大統領立候補者。筆者によるスクリーンショット
公共放送フランス2の番組より。左はマリーヌ・ルペン大統領立候補者。筆者によるスクリーンショット

この調査は、マクロン大統領の発言の前に行われたと思う。

フランスでは公共放送、民放を問わず、常に戦闘が行われている最前線、町、そして人々を映し出してきた。

キエフのレポートは、どのチャンネルでも毎日放映されているので、ウクライナの粘りに声援を送りつつも、首都の陥落はもう時間の問題だというのは、この数日、視聴者の誰もが感じていたと思う。

だから「最悪の状況」と聞いたときは、おそらく人々は「キエフの陥落のことだろうか」と思ったのではないだろうか。私は「首都が落ちると、全国総崩れになることは歴史上珍しくない・・・」などと思っていた。

ところがプーチン大統領の目的は「全土の掌握」だという。そうはっきり聞かされると、大変なショックである。

もしこのマクロン大統領の話の後に調査したら、もしキエフが陥落した後に調査したら、おそらく「欧州軍の創設」を支持する割合は、もっと増えるのではないだろうか。フランスだけではなく、ヨーロッパ全体で。

この支持は、アメリカ批判とか、NATO批判とか、そういうのがないわけではないだろうが、もっとシンプルな感情だと思う。危機に直面して、単純に「欧州のことは欧州で決めなければならない」「ヨーロッパは、ヨーロッパ人が守らなければならない」ーーそういう感情だと思う。自分の国は自分で守る、自分の町は自分で守る、自分の家は自分で守る、自分の家族は自分で守る、そういう感情の延長線上だと思う。

でもそれが「フランス軍」とか「ドイツ軍」ではなく、自然に「欧州軍」となっていることに、EUが築いてきた「欧州」というものが、ここまで深化していたのだと、改めて気づかされる。

2021年6月ブリュッセルで、右寄りEUの外務・安全保障政策上級代表、ジョージアのザルカリニ外相、モルドバのチョコイ外相、ウクライナのクレバ外相
2021年6月ブリュッセルで、右寄りEUの外務・安全保障政策上級代表、ジョージアのザルカリニ外相、モルドバのチョコイ外相、ウクライナのクレバ外相写真:代表撮影/ロイター/アフロ

同じ日、前の日のウクライナとジョージアに続いて、モルドバもEU加盟の申請をした。

EU軍があるわけでもないのに、どの国もEUに入りたい、自分たちをEUの仲間に加えてほしいと切望している。

3国ともすでに、2014年に「連合協定」というものをEUと結んでいる。これは、EUに加盟候補国になるための、初めの一歩である。

正式名称は「深化した包括的自由貿易協定を含む連合協定」という。単一市場へのアクセスをある程度認めることで、民主主義と市場経済の進展を助けて、EUのルールを浸透させていくのが目的である。

この協定を結んだからといって、加盟国になれるとは限らない。前述したように、これは加盟国の「正式候補」になるためのものだ。加盟にはまだまだ長い年月がかかる。でも、初めの一歩がなければ、何も始まらない。

実際には、クリミア危機以来、国内が不安定で腐敗がなかなか正されないウクライナだけではなく、ジョージアもモルドバも、情勢は厳しかった

ジョージアは、政権党である「グルジアの夢」とその反対派が相互破壊を企んでいるように見えるほど対立していて、ロシアを利するだけという状況になっている。

モルドバは、親EU・親民主主義の政権が誕生したものの、ロシアとの天然ガス契約をめぐって、対応が統一されなかった。そのために、一時の熱狂的な親欧路線は、冷めてきていたという。

今年の冬には十分な供給量を確保することができたが、この契約にはモルドバの将来を左右するほどのロシアへの譲歩が含まれていると、EU側での評価がある。

こういった政治の不安定さや長年の土壌は、EUに入ったからといって、簡単に解決するものではない。日本人にわかりやすい例えを探すなら(ちょっと極端ではあるが)、朝鮮半島が統一されさえすれば、北の状況が簡単に改善されるのか、という問いに近いだろう。

しかし、ウクライナ情勢が緊迫するにつれ、この3国は、EUへの接近を深めていた。昨年11月にはブリュッセルに首脳級が集まり、すぐに加盟するわけではないことを認識しつつ、自分たちの関係をさらに近づけられるよう、EUを説得しようとしていたのである。EU内の支持者たちは、3国にある種の中間目標を提起することが必要だと考えていた。

そんなことを行いながら少しずつ歩を進めていたら、ウクライナで戦争が起きてしまった。黒海沿岸でのロシア軍の攻勢が深まるにつれ、次はモルドバが標的になるのではないかという懸念は増していった。

モルドバはウクライナと約1200キロの国境を接している。国境沿いには、ソ連崩壊直後の90年代から、自称「沿ドニエストル共和国(英語名Transnistria)」という細長い地域がある。ロシア語話者が多いとして、ロシアが支援してつくられた共和国である。

真ん中の黄色い部分、Transnistriaと書かれているのが、ロシアによる自称「沿ドニエストル共和国」である。実際はもっと色々入り組んでいる。Wikipedia英語版(Asybaris01作)より
真ん中の黄色い部分、Transnistriaと書かれているのが、ロシアによる自称「沿ドニエストル共和国」である。実際はもっと色々入り組んでいる。Wikipedia英語版(Asybaris01作)より

ウクライナの東にあるドネツク・ルガンスクの二つの自称共和国と、同じやり方である。

ジョージアはロシアと約900キロ国境を接しているが、ここにも二つの自称共和国がある。2008年の5日間の戦争以来、同国から分離「独立」してロシアの支援を受けている「アブハジア」と「南オセチア」という地域だ。ここは少数民族が住むのだが、大半がロシア国籍を得ているという。

黒海に面した紫色の部分がアブハジア、真ん中の紫色の部分が南オセチアである。他にもいろいろ入り組んでいる。Wikipedia英語版(Andrei nacu作)より
黒海に面した紫色の部分がアブハジア、真ん中の紫色の部分が南オセチアである。他にもいろいろ入り組んでいる。Wikipedia英語版(Andrei nacu作)より

今回EUに加盟申請した3カ国とも、ロシアの支援する自称独立国によって揺さぶられる、同じパターンとなっている。

ジョージアは2024年にEU加盟申請するのを大幅に前倒しにして、3月2日に申請した。ズラビシュヴィリ大統領は、「EU加盟申請は、ジョージアの欧州統合への道における新たな一里塚です。それは新しい段階であり、私たちの歴史に新しいページを開き、ジョージアを欧州共通の家族に加盟することを目指してきた先祖の努力を継続するものです」と述べた

ジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領。2021年1月
ジョージアのサロメ・ズラビシュヴィリ大統領。2021年1月写真:代表撮影/ロイター/アフロ

モルドバのサンドゥ大統領も翌日、「EUへの加盟要請に署名します」と記者団に述べた。

「モルドバ共和国は、ヨーロッパへの明確な道筋を持たなければなりません。我々は、この基本的な国家目標を達成するために、可能な限りのことをする用意があります」、「そして今、ウクライナでの戦争の日々において、モルドバの国境での大砲の音を聞きながら、私たちは成熟した国民であるままで、災害から逃れている隣人たちに援助の手を差し伸べているのです。私たちは中立でありながら、支援を行い、冷静さ、寛大さ、責任感を持ち続けています」と声明の中で述べた

参考記事(AFP時事):EU加盟手続き、「ウクライナと同様の扱いを」 トルコ大統領

ーーそれにしても、英国在住者は当事者だから別としても、イギリスの極右が扇動するメディアの尻馬に乗って、「EU崩壊」「英国に続いて次々と離脱ドミノ」などと、欧州から遠い日本で、英国メディアの上澄みを拾ってメディアであおっていた人々は、今何をしていることだろうか。彼らのせいで、いかに日本でEUや欧州を研究する若い世代の獲得が損なわれたことか。

モルドバのマイア・サンドゥ大統領。2021年12月、ブリュッセルの東方パートナーシップ会議にて
モルドバのマイア・サンドゥ大統領。2021年12月、ブリュッセルの東方パートナーシップ会議にて写真:代表撮影/ロイター/アフロ

EUにはEU軍などない。フランス軍、ドイツ軍など各国軍隊はあるが、欧州の防衛はNATOの枠組みである。

しかし、それでもEUのリスボン条約には「相互支援条項(欧州連合条約第42条7項)」というものがある。

この条項は、あるEU加盟国が、自国の領土で武力侵略の被害にあった場合、他のEU諸国は、国連憲章第51条に従い、あらゆる手段でその国を援助し、支援する義務を負うというものだ。

これには、NATO加盟国としての義務と齟齬(そご)を生じない、との留保がつけられており、両者は良いパートナーシップを築こうと努力を重ねてきた。

しかし、EU加盟国内でNATO(つまりアメリカ)との関係について、大変深い政治の不一致があるので、大変微妙な関係でもある。事実上、欧州の防衛はNATOの枠組みとなっている。東欧が圧倒的にアメリカを頼り信頼しているのに対し、フランスなどは欧州の独立を訴える傾向がある。

つまり、平時の協力であれば、欧州だけで進んでゆける。27カ国で合意もできる。でも安全保障という深刻な内容になると、相互不信が頭をもたげてくるのである。それはもう、歴史のなせるわざとしか言いようがない。だから東欧の国々は、欧州の百年単位の泥沼と因縁に満ちた歴史とは無縁な存在で、冷戦の覇者であるアメリカにすがるのである。そして、そんなアメリカを、欧州は団結のために必要としていたのだ。

しかしウクライナ戦争で、欧州は変わった。東欧の意見は今後変化してゆくかもしれない。一方で、今まで中立だったスウェーデンやフィンランドが、NATO加盟に意欲的になっている。

もう、何がなんだか、わからない。

2019年12月3日、EUの委員長をデアライエン氏に引き継ぐ日、手を振るユンケル前委員長
2019年12月3日、EUの委員長をデアライエン氏に引き継ぐ日、手を振るユンケル前委員長写真:代表撮影/ロイター/アフロ

前の欧州委員会委員長、ユンケル氏の時代と、今のデアライエン委員長の時代の、なんという違いだろうか。

ユンケル氏は、欧州議会の権限が大幅に拡大され、民主的な手続きで選出された、初めての欧州委員会委員長だ。

所属する党は中道右派だが、左派の人たちから「左派の人間以上に左派らしい」と愛された、ユーモアある委員長だった。私は、ユンケル委員長時代のEUが好きだった。

欧州議会や欧州委員会は、(英国が抜ける前は)28カ国もの国からの代表が集まっているので、「国益」を超えた、人権と連帯を大義にした政策を掲げることが多い。国境や肌の色を超えて、労働者の権利や女性の権利、環境問題を追求しようとするEUの姿が好きだった。平等思想と人権宣言をうんだ、欧州大陸の真骨頂という感じがした。

ブレグジットと中国の影、移民危機はあったものの、ユンケル委員長の時代はおおむね平和で、世界に経済協定を広げる時代だった。それはもちろん、欧州の利益を考えてのことだが、経済協定は平和と共存の意志なくしては、成り立たないものだ。日本とEUの連携協定も、ユンケル委員長の時代に実現した。

欧州軍の構想は、彼の時代から存在はしていた。でも、ユンケル氏は軍事に興味のない人だ。もちろん、それが許される時代だったのだが。

軍の創設には、敵が必要だ。欧州軍の創設は、そのような今までのEUの時代を、完全に過去のものにしてしまうのだろうか。

プーチン大統領が、ウクライナ侵攻に向けてロシア国民に行った1時間の演説がある。

この中で最も印象的だったのは、ロシアが欧州の仲間に入れてもらえないという叫びだった。

都合が良すぎる、自分勝手すぎると思った半面、今まで「プーチン大統領はヨーロッパ人でいたいのだ」と、折に触れて感じさせられてきたし書いてもきたので、この言い分はおそらくロシア側の本心(の一部)ではないかと感じた。

そしてプーチン大統領はとうとう、牙を隠すことも、引っ込めることもやめてしまった。東ドイツ出身でロシア語が堪能なメルケル首相の引退で、欧州との1本の糸のつながりが断たれてしまったのだろうか。ウクライナの全土を掌握? もしかしたらモルドバも? 欧州大陸でこんなことが起こるなんて。ヨーロッパ人と同じように、私もショックである。

フランスの公共放送で、極右と呼ばれる大統領立候補者に、フランス語が流暢なイタリア人識者が述べていた。人々がEUにかける期待を見ましたか、欧州軍の創設に72%もの人が賛成しています、このウクライナ戦争は、欧州の歴史の転換点なのですーーと。

欧州はどこに行こうとしているのか。

頭も文章も混乱している。読者には申し訳ないが、ショックで文章がまとまらないまま、この原稿は終わりです。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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