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針のムシロなドイツの苦悩。ウクライナに武器提供の問題が、歴史問題で複雑化。他人事ではない日本の周囲

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ドイツのベーアボック外相。歴史問題のためにウクライナに武器は送れないと述べた。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

ウクライナ情勢が、緊迫感を増している。

バイデン大統領は1月21日「ロシアのウクライナ侵攻はあると思う」と発言。アメリカと英国が声高に危機を叫び、各国の大使館員や、同国民の退避が始まっている。

そんななか、針のムシロとなっているのが、ドイツである。

ウクライナから何度も軍事支援を頼まれているにも関わらず、ドイツのショルツ政権は、改めて拒否を示した。ここでいう「軍事支援」とは、何も軍隊を送るようなことではない。武器の提供である。

アメリカ、英国、バルト三国、ポーランド、チェコ等は、ウクライナへ武器を提供する。

こう書いている間に、ドイツがウクライナにヘルメットを5000個を供与すると発表し、これまた火に油を注ぐ事態になっている。

ショルツ政権は、武器提供は現在の緊張状態を悪化させるだけであるとし、外交での解決を望んいる。

これらの報道を見るたびに、ドイツの立場が日本に近く感じられて、複雑な思いを抱いてしまう。

実はこの問題には、第二次大戦の歴史問題が大きな影響を及ぼしている。その話に入る前に、ドイツがどんな非難を受けているか、どのような状況かを説明したい。

アメリカやウクライナから非難轟々

ドイツには紛争地域へ無許可で武器を輸出するのに規制がある。

この規制は、第三国を経由して提供される場合にも適用されるため、ドイツはエストニアに対し、ウクライナへドイツ軍の武器を送ることを拒否した。

この態度に対して、ウクライナから猛反発がうまれたのだ。同国のクレバ外相のインタビューを、ドイツの『Die Welt』紙は掲載した。ここで外相は「失望した」と語っている。

また、ドイツの大衆紙『Bild』は、首都キエフの市長で、元ボクサーのクリチコ氏がドイツを非難する記事を掲載。「危機にある人へ支援しない」「劇的な状況での友人への裏切り」と立腹している。

クリチコ・キエフ市長が2021年5月、自宅アパートで記者と話した際の写真。元キックボクサー、元プロボクサーで世界ヘビー級王者。身長200センチ。体育学の博士号ももつ。あだなは「鉄拳博士」。
クリチコ・キエフ市長が2021年5月、自宅アパートで記者と話した際の写真。元キックボクサー、元プロボクサーで世界ヘビー級王者。身長200センチ。体育学の博士号ももつ。あだなは「鉄拳博士」。写真:ロイター/アフロ

このクリチコ市長は、5000個のヘルメット供与に対しても、同じく『Bild』紙に対して、「言葉を失った」「ヘルメット5000個なんて冗談もいいところだ」「次は何を送るつもりだ? 枕か?」と、皮肉を言って不満を表明しているという。

このように、ウクライナの猛反発をドイツの新聞が伝えているのだが、前述のどちらの新聞も、保守的なメディアグループであるアクセル・シュプリンガーに属するものであると、フランスの『ル・モンド』は伝えている。

また、アメリカでの批判も強烈だ。

1月23日に、アメリカの、こちらも保守の大手新聞『Wall Street Journal』は、「ドイツは米国の信頼できる同盟国か、Nein(=ノー)」という刺激的なタイトルでドイツを批判する意見記事を掲載。ほとんど罵詈雑言に近い内容だという。

「第二次世界大戦後のアメリカと民主主義秩序に対する、二つの最も深刻な脅威ーー中国とロシアに直面して、ドイツは、もはや信頼できる同盟国ではない」

「ドイツにとっては、民主的な同盟国間の連帯よりも、安いガスを持ち、中国に自動車を輸出し、プーチン氏を放っておくことのほうが重要なようだ」と、散々な言われようだ。

(ただし、ひどく非難しているのはウクライナ、そして主にウクライナの近隣である東の国々、アメリカと英国の一部である)。

問題の武器はそれほどすごいのか

それほどに問題になっている武器である。一体どんなすごい武器なのか。

なんと、ソ連製なのだという。旧東ドイツに配備されていた武器だというから、かなり古いものだろう。

それは大砲の一種で、122ミリ砲弾を20キロメートル程度発射する榴弾砲(りゅうだんほう)「D-30」なるものだ。ドイツ統一後、ベルリンが1990年代にフィンランドに輸出し、2009年にエストニアに渡ったものと、エストニア、フィンランド、ドイツの当局者は述べているという。『Wall Street Journal』の別の記事が伝えた。

自国の軍需産業を持たないエストニアや他のバルト諸国は、北大西洋条約機構(NATO)の同盟国から入手した武器をウクライナに譲渡することで、支援しようとしてきた。アメリカは、バルト三国が米国製の武器をウクライナに送ることを許可している。

この大砲に限らず、現在ウクライナが所有している戦闘機は、1970年前後のソ連製のものが多いのではという見立てがある

ウクライナ当局は、どんな武器も切実に必要とされているのであり、エストニアが武器を我が国に送る許可がドイツから降りるなら、他の国(フィンランド等)からドイツ製・ドイツ起源のシステムをもっと送ってもらう前例となることができるだろう、と述べている。

これが問題の122mm D-30榴弾砲である。ウクライナの軍人たちが、2017年10月キエフ地域のディヴィチキー村付近で軍事演習中に砲弾を準備しているところ。
これが問題の122mm D-30榴弾砲である。ウクライナの軍人たちが、2017年10月キエフ地域のディヴィチキー村付近で軍事演習中に砲弾を準備しているところ。写真:ロイター/アフロ

このエストニアからの武器がウクライナに届いたとしても、戦場での力関係を大きく変えることはないと言われる。しかしドイツ批判の象徴となってしまった。

ソ連製の武器が、まわりまわって、再び旧ソ連の領域に戻って殺人に使われる・・・なんという恐ろしい皮肉だろうか。

歴史問題でさらに複雑に

このような批判を聞いていると、ズキズキと胸に刺さってくる。ドイツと日本が重なるからだ。とても他人事とは思えない。

いま、日本の近隣地域も、きなくささが増している。特に、台湾有事の問題が語られている。

もし同じ問題が起きたら、日本はどうするのか。日本の経済は、中国に大きく依存している。ドイツがロシアに経済やエネルギーで大きく依存しているのと同じだ。

日本は経済を犠牲にして、中国を敵にまわす覚悟があるのか、台湾に軍事協力をする覚悟があるのだろうか。

悩ましいのは経済問題だけではない。前述したように、この問題にはたいへん複雑な歴史問題がからんでいる。

第二次世界大戦の際、ナチス第三帝国は、ソ連に侵攻した。独ソ戦と呼ばれている。今はウクライナは独立国で、ロシアとウクライナは別の国だが、当時はソ連という一つの国で、軍隊はソ連「赤軍」と呼ばれていた。

あまり日本では知られていないが、ウクライナのキエフ近郊では、1941年に大戦闘が行われた。第三帝国軍に包囲されて、ソ連赤軍は、南西方面の軍隊が消滅するほどの犠牲を払った。ソ連軍の死傷者は約80万人と言われている。

そんな歴史に言及して、ドイツ外相のベーアボック氏は、ウクライナに武器を輸出するのを拒否したのだった。

旧ソ連人(ウクライナ人・ロシア人の両方)の殺害に使われるような兵器を渡すことは、ドイツ人には受け入れがたい。第二次大戦の「過ち」を繰り返すことになるし、76年かけて築いてきた信頼関係や、悪評の撤回の努力を壊し、歴史問題を再燃させることになりかねないからだ。

駐英ウクライナ大使のプリスタイコ氏は、Sky Newsで、あの時代にドイツが「私たちの土地で行ったこと」を、ウクライナ人は「まだ覚えている」と述べたという。

2020年5月キエフで、第2次大戦でナチスに戦勝した75周年を祝う。新型コロナ感染拡大の中、マスクをつけて各地で戦勝記念日が祝われた。
2020年5月キエフで、第2次大戦でナチスに戦勝した75周年を祝う。新型コロナ感染拡大の中、マスクをつけて各地で戦勝記念日が祝われた。写真:ロイター/アフロ

二つの内容は矛盾をはらんでいる。

「あなた方は、かつて我々の土地を侵略した。我々の土地で戦争を起こし、兵士だけではなく、一般市民にも多くの犠牲者を出した。だから二度と来るな、人殺しの武器など送るな」ならわかりやすい。しかし、現実はそのように単純ではない。

一方では、歴史の記憶のために、ドイツからの武器援助を歓迎したくない気持ちがある。しかしもう一方では、今はもう友人なのだから送るべきだ、なぜ我々を助けないのだ、と主張する。ウクライナ人の苦しみと懊悩が伝わってきて、胸が痛む。

大変重要な地位にあるウクライナの駐ドイツ大使、メルニク氏は「この責任は、ウクライナの人々に向けられるべきものだ。ナチスの占領下で、少なくとも800万人のウクライナ人の命が失われたのだ」と言っている。つまり、ドイツは過去に犠牲者を出した責任を考えて、今度は助けるべきだと主張しているのだろう。

(ちなみに、日本人の第二次大戦の死者数は、兵士と一般市民を合わせて310万人以上と、63年に厚生省は発表している)。

駐独ウクライナ大使Andrij Melnyk氏。ドイツの新議員(極右AfD除く)全員の709人に個人的な挨拶状を送り、直接会いたいと申し出た。この先スケジュールがいっぱいと語る。UKRINFORMより
駐独ウクライナ大使Andrij Melnyk氏。ドイツの新議員(極右AfD除く)全員の709人に個人的な挨拶状を送り、直接会いたいと申し出た。この先スケジュールがいっぱいと語る。UKRINFORMより

もし日本の近隣で有事が起きたらーーと考えずにはいられない。同じことが起きるのではないだろうか。

もし台湾有事になれば、台湾でもウクライナと同じような声があがるかもしれないと考えるのは、不自然ではないだろう。ただ、日本と台湾の関係は全体的に良好であり、友好国だと言える。より複雑になるのは、おそらく朝鮮半島のほうだろう。

朝鮮半島有事がもし起きたら、韓国(や北朝鮮)の人々は、日本に対してどのような反応や要求をするのだろうか。日本はアメリカの下僕に徹して黙って従って、全部アメリカのせいにすれば安全だろうか。でも、そんなことは無理だろう。アメリカは超重要でも、しょせん遠い国であり、紛争の現場や近辺ではないのだ。

日本国内の声は、相手国の声を反映して、さらに一層、意見が割れに割れるだろう。

ジレンマに直面したドイツは、ウクライナへの政治的支援を強調して、重傷者用の人工呼吸器ののちに、野戦病院を来月に納入すると発表した。

医療の協力を好む・・・これもまたドイツと日本は似ている。しかし、このような緊張下になったとき、それで相手国の人々は納得するのだろうか。それとも重くて忘れられていない過去があるからこそ、今度はきっぱり戦争介入を拒否するべきだろうか。

ドイツの苦悩が、遠くない将来、日本のものとなる日は来るのか。突きつけられる問いは、確かに相手国や同盟国の声はとても大事だが、究極には「私の国をどうしたいのか、私の国はどうあってほしいのか」となるだろう。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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