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アメリカのドル制裁にロシア(や中国)はどう対抗する?4つの戦略と中露独自の金融網とは:ウクライナ危機

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ロシア・ルーブルが2日連続で過去最安値を更新した時のキオスク。2016年1月(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ情勢がいっそう緊迫の度合いを増している。

バイデン大統領は1月19日、もしロシアがウクライナに侵攻した場合、ロシアの金融機関のドル建て取引を阻止し、ロシアを国際金融セクターから切り離す可能性があると述べた。

世界の基軸通貨は米ドルである。その世界から切り離されると、一体ロシアにどのくらいの衝撃を与えるのだろうか。

ロシアはいま、着々と米ドル依存から脱却する戦略を実行している。主に4つの戦略がある。そのうちの一つは、中国との協力が不可欠なものだ。

ロシアの現在の実力は、どのようなものだろうか。ロシアは中国との連携を深めているので、中国の実力も合わせて考えてみながら解説しよう。

国の資産ファンドで米ドルをやめる

まず、ロシアは、数十億ドルの主権国家資産ファンドをもっていた。しかし、どんどん脱ドル化を進めている。

ロシア中央銀行が保有する、ロシア全体の準備金(主権国家資産ファンドや、その他の準備金)のうち、ドル建てはわずか16.4%で、3分の1はユーロ建てである(2021年第2四半期末時点)。The Moscow Timesが報じている。この残りのドルも、解消していくという。

CNBCの報道によると、最終的にユーロ資産の割合が40%、人民元が30%、金が20%、日本円と英ポンドはそれぞれ5%ずつになりそうだという。

このように、ロシアは、米ドル、米国債、米国を拠点とする金融機関から外貨準備を分散させているが、貿易のための決済を多様化するには、時間がかかりそうだ。

米ドル依存を減らす国家戦略とは

貿易の決済ーーこれは世界の金融システムの話である。ロシアにとって、世界の金融システムから外されるという脅しは、初めてではない。

2014年3月、ロシアはクリミアに侵攻した。同年8月、イギリスがロシアをSWIFT(スウィフト)から切り離すという選択肢を検討するよう、欧州の指導者たちに訴えた。

スウィフトとは、国際送金のためのデータ通信システムのことだ。ベルギーの首都ブリュッセルの郊外にある、銀行の国際的な協同組合(協会)の名前でもある。日本語では「世界銀行間金融通信協会」という。

約200カ国、約1万1000の銀行、証券会社、証券取引所、その他の金融機関の間の取引のオペレーションを担っている。1日に動くお金は5兆ドルと言われる。現在の世界では、実質上スウィフトだけが安全な国際送金の手段となっている。企業であろうと、国や公共機関であろうと、である。

参考記事:バイデン「ロシアへ前代未聞の経済制裁」は、核爆弾というスウィフトか。何が問題か:欧州議会とウクライナ

結局、圧力キャンペーンは中止された。ロシアのメドベージェフ首相(当時)が言うように、「宣戦布告」に等しいと考えられたためだ。

この時以来、ロシアは米ドルへの依存を減らす国家戦略を描いて努力してきた。

カーネギー・モスクワセンターのレポートをベースに、4つの戦略を説明する。

1)ビザとマスターカードに対抗するカードをつくる

まず、ロシアの銀行が、アメリカのVisa(ビザ)とMasterCard(マスターカード)の決済システムから切り離された場合のことを考えて、備えをした。

実は、すでに両社から切り離されたことがある。クリミア侵攻の翌月、多くのロシアの銀行がアメリカによってブラックリストに登録された。両社は、対象となった銀行のサービスを停止し、決済システムの利用をブロックしたのだ。

ロシア政府は、国家の支払いカードシステムを導入する新法を可決した。ロシアの中央銀行が完全所有するカードシステムである。名前はMir(ミール)となった。「平和・世界」の意である。

2014年以来、ミールは、国内カード取引全体の24%に拡大し、ミール・システムを利用するカードは7300万枚以上発行されている。

この急成長は、ロシアでは銀行カードは一般的に雇用主から、福利厚生の場合は国から発行されるからだ。年金受給者や公務員など、公的資金を受け取っている人にはミール・カードが標準発行されていることが、拡大の大きな要因となっている。

しかし、ミール・カードはまだ国際的とは言えず、ロシア国外での支払いは難しい。フルサービスが利用できるのは、アルメニアと、ロシアが支援するグルジアの離脱地域である南オセチアとアブハジアでのみだ。

トルコ、キルギス、ウズベキスタン、カザフスタンでは、一部の業務が可能である。

国際的なシステムでは、中国銀聯、日本のJCB(!)と提携したカードを使うことで、海外での取引も一部可能である。しかし、名前のようなグローバルなカードとは言い難い。

2018年「アルマゼルギエン銀行がMir-JCBカードの発行を開始 」と報じたロシアのYSIAのホームページ。右上にJCB、右下にМир(ミール)のロゴがある。
2018年「アルマゼルギエン銀行がMir-JCBカードの発行を開始 」と報じたロシアのYSIAのホームページ。右上にJCB、右下にМир(ミール)のロゴがある。

2)スウィフトのロシア版「SPFS」をつくる

ロシアは、2014年にスウィフトのロシア版をつくった。一般に「SPFS」と呼ばれている。

(英語では「System for Transfer of Financial Messages・金融メッセージ転送システム」という)。

しかしこのシステムは、現段階ではとてもスウィフトの替わりになれそうにない。

確かに、2020年にはSPFSのトラフィックは倍増して、約1300万メッセージになった。しかし、加盟している金融機関は400以上で、スウィフトの1万1000以上には遠く及ばない。しかも、加盟のほとんどがロシアの銀行である。

国内の銀行すら、ティンコフ銀行(大手のオンライン銀行)、ボストーチヌイ銀行(シベリアや極東の大手銀行)などはまだ加盟していない。

ロシアで活躍する主要な外資系銀行ーーウニクレディト(イタリア)、ドイツ銀行、ライファイゼン銀行(スイス)なども参加していない。

外国では、SPFSに接続している銀行は、23行に過ぎない(2020年末時点)。アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、そしてドイツとスイスからである。

中央銀行は新規加盟を呼び込むために、飴とムチの両方を考えている。

システムのタリフをスウィフトの約半分に引き下げる、2019年にロシアで活動するすべての銀行ーー外国の銀行の子会社を含むーーに、SPFS接続を義務付けることを会計検査院が提案するという内容だ。

現在、国内送金の20%が、SPFSを通じて行われている。中央銀行は2023年までに、この割合を30%に引き上げることを目標としている。

しかしこのシステムには、根源的な問題があるように見える。なんと平日の勤務時間内しか稼働していないのだ。世界には時差もあるというのに。メッセージの容量も20キロバイトに制限されている。スウィフトは、当たり前だが、365日24時間稼働している。

3)中国のシステム「CIPS」で代替する

もしロシアの銀行が国際システムから切り離されてしまったら、自国のSPFSよりも、中国の同様のシステムである「CIPS」が代替になると提案されてきた。

これは、ロシアより1年遅い2015年に、中国政府が立ち上げたものだ。「CIPS」とは、「Cross-Border Inter-Bank Payments System(越境銀行間支払いシステム)」とも、「China Interbank Payment System(中国銀行間支払いシステム)」とも言われる。

ロシアよりも中国の経済力のほうが勝っており、人民元はルーブルよりも国際的にドルの対抗通貨となる可能性は濃いからである。

しかし、中国のCIPSがスウィフトの代替となるには、まだまだ道は遠い。

国際金融市場における人民元のシェアはわずかで、世界の決済に占める割合は、米ドルの40%に対し2%未満である。ユーロや英ポンド、日本円にも遠く及ばない。

その結果、CIPSの決済システムは、スウィフトの約0.3%という非常に小さな規模にとどまっている。人民元の国際化は、金融の不安定さを懸念した北京政府の厳しい資本規制が障害になっているのだ。

しかしCIPSは、ユーラシア大陸などでは、地域的にスウィフトに代わる存在になる可能性はある。問題は、ロシアと中国の関係である

中国のCIPSとロシアのSPFSが協力するのか、それとも中国のシステムがロシアのシステムを窓際に追いやってしまうのか。ロシアの23の銀行が中国のCIPSに加入しているが、中国の銀行でロシアのSPFSに加入しているのは、中国銀行1行だけである。

最新のニュースによると、ロシアと中国は今年に入って共有の金融システムを開発することに合意したRussia Briefingが伝えた。

現在は、中露間の二国間取引であっても、ほとんどは米ドル建てで、スウィフトを通じて行われている。アメリカの封じ込めに対抗するために、両国は合意したのだった。

今後は、イランが重要なパートナーになるかもしれない。アメリカから疎外されていて、かつ中露と貿易協定を結んだばかりで、長期的な戦略開発計画をもつので、イランに普及する可能性があるという。

さらにBRICsのグループ(中露+ブラジル・インド・南アフリカ)や、ロシアが主導するユーラシア経済連合(ロシア・ベラルーシ・キルギス・アルメニア・カザフスタン)とも、システムやデジタル通貨に関して協議しているという。

ただし、問題は二つある。

一つはシステム構築の技術的な問題、もう一つは、人民元とルーブルのどちらが基準通貨で、どちらがクォート通貨になるのかという、超難問である。

(例えば「今日は1ドル112円です」という時、基準通貨は米ドルで、クォート通貨は円である)。

4)ルーブルのデジタル化

ロシアにとってもう一つの選択肢として、ルーブルのデジタル化がある。ロシア人実業家オレグ・デリパスカが提唱しているものだ。

デジタル・ルーブルの導入は、2020年10月に中央銀行によって承認された。

中央銀行のデジタル通貨は、分権的な暗号通貨とは異なり、ロシア当局が望むこと、つまり国家にコントロールを取り戻すものだ。デジタル・ルーブルの最初のプロトタイプは、国際的な制裁で孤立しているクリミアでテストされる予定だという。

しかし、ルーブルそのものが持つ欠点を、デジタル・ルーブルもそのまま持つだろう。それに、デジタル通貨なら制裁から逃れられるわけではない。

さらに、ロシアだけがこのような試みをしているわけではなく、世界の他の中央銀行も、政府主導のデジタル通貨について同様の計画を持っている。

番外)欧州連合のINSTEXの行方

実は、欧州連合(EU)にも、INSTEXというスウィフトのようなシステムがある。

これは、トランプ大統領(当時)が、せっかくオバマ政権下で実現したイランとの核合意をひっくり返して、再びイランに制裁を加え始め、スウィフトからまたイランを外そうとしたことが原因である(詳しくは筆者の過去記事を参照)。

このことに欧州が反発して、フランス・ドイツ・英国が中心となって、INSTEXは2019年にパリで設立された。

INSTEXの目的は、あらゆるEU加盟国にイランとの「合法的貿易」を促進すること。さらに、EU以外の国にも開放するよう構想されているとした。

ただし、人道的貿易に焦点を当てているものだ。食料、農機具、医薬品、医療用品、および人道的物資などである

EU全加盟国が接続できるようになっているが、2021年7月時点で加盟していたのはフランス、ドイツ、英国、ベルギー、デンマーク、オランダ、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンだという(スペインも加盟)。

結局、INSTEXは未使用の状態が続いたが、2020年3月31日、最初のINSTEX取引が締結された。イランで発生した新型コロナウイルスに対処するための、医療機器の輸入が対象だった。

このように、実際にはスウィフトの代替になるようなものではないが、ロシアや中国が協力を申し出るなど、注目度は高い。EUの中にも、ドル建て決済機関や、ビザやマスターカードなどアメリカの決済カードへの依存度を下げることを、視野に入れる動きがあるという。

ただ、たとえ今後アメリカとEUのライバル関係が際立っていったとしても、人権侵害や民主主義の価値観を無視してまで、EUがロシアや中国とタッグを組むとは全く思えない。

欧州議会は、ウクライナ問題で、ロシアをスウィフトから外す内容を含めた決議案を採択したほどである。

それでも、アメリカと米ドルの支配に陰りが出てくることは、ロシアや中国にとっては歓迎すべきことなのだろう。他の国々にとってはどうなのだろうか。日本はどうなのだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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