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タリバンの政府承認をめぐる「4つの選択肢」:アフガニスタンと米欧中露【前編】

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
タリバン暫定政権発足へ。9月7日大使館近くで反パキスタンのデモ。女性も目立つ(写真:ロイター/アフロ)

タリバンが、9月7日、閣僚ら33人の高官を発表した。これはまだ暫定政権だと言われている。

今、国際的に問題になっているのは、各国はタリバンを承認するのか否か、という問題である。特にアメリカ、欧州、ロシア、中国等の動向が注目される。

たいていの場合、国は、承認政策を簡単には変更したがらない。

他国の政府を承認しているからこそ、国境を越えた経済関係やその他の状況において、安定性がもたらされるのである。

しかしこのような政変が起こると、各国はその国の政府を承認するか否かを真剣に考えなくてはならなくなる。

今後、各国にはどういう選択肢があるのだろうか。この原稿では、4つの可能性について国際法を交えて、アメリカ、ロシア、中国、欧州の立場を見つつ、考察してみたい。

長いです。前・中・後編の3回に渡ります。

シリーズ前・中・後編の目次

【前編】

◎国家承認と政府承認の違い

◎選択肢1 政府承認する(利点と欠点)

【中編】

◎選択肢2 政府承認をするのに明示的な条件をつける(利点と欠点)

◎選択肢3 政府承認はするが、外交関係を結ぶのに条件をつける(利点と欠点)

【後編】

◎選択肢4 政府承認を保留にする(しない)。その上で何が出来るか。

◎アメリカはどれを選択する可能性が高いか。

(どこかに、国連による国や政府承認の話をコラムでいれる予定)

※上記に、主要国の情勢が加わります。

国家承認と政府承認の違い

まず本題に入る前に、一つ明確にしておきたい。

タリバンで問題にされているのは「政府承認」である。タリバンを、アフガニスタンの正式な政府として認めるか否かという問題だ。

メディアでは時折「国家承認」と言われることがある(最近減った感じがするが)。しかし、誤解である。どの国も、アフガニスタンという国家があるかどうかを問題にはしていない。

多くの人が国家承認と政府承認を混同しているようだ。国家承認に関する問題を、やや詳細に、例を出して説明しよう。

わかりやすい例に、台湾がある。

中国は、台湾という国があることを認めていない。台湾は、あくまで中国の一部である。そのため、台湾を国家承認している国に「中国をとるか、台湾をとるか」と強力な圧力をかけてきた。そのせいで台湾は、国連にも加盟できないし、オブザーバー参加もできていない。

これは国連の常任理事国という大国による「横暴」の例でもある。争いは世界に数多くあれど、ここまで極端なのは珍しい。

次に、ニウエという国があるのをご存知だろうか。

オセアニアのトンガのすぐ近くにあり、ニュージーランド王国を構成する一国で、同国の自由連合である。これは国際社会の承認が「あいまい」「中途半端」と言える例である。

ニウエは人口約1600人。観光業が盛んで、タロイモやタピオカ、バナナ、ココナッツ等を産出している。
ニウエは人口約1600人。観光業が盛んで、タロイモやタピオカ、バナナ、ココナッツ等を産出している。

日本はニウエを国家承認している、世界で20カ国強しかない少数派に属する一国である(2015年)。ニウエ特命全権大使も存在して、伊藤康一氏という方が務めている。

この国を真っ先に国家承認したのは、中国であった(2007年)。ニウエの北東にあるキリバスに日本大使館を設置することといい、中国をめぐる太平洋の緊張が感じられる。

ニウエは独立国として国連には加盟していない(ニュージーランドの一部という扱い)。これらの状態のために、ニウエを国として扱うかどうかは、機関によって変わってくる。

例えば、ニウエは、独立国としては東京オリンピックに参加していなかった。自国のオリンピック委員会をもっているが、国際オリンピック委員会(IOC)に承認されていないためだ。でも、ユネスコや世界保険機関(WHO)には、国として加盟できている。

他に、ニウエと異なり、国際社会にはまったく承認されていない例として、沿ドニエストル共和国という国(?)もある。国連に加盟していない3つの「国」からしか承認されていない。Google地図にも出てこない。

ソ連崩壊後、ドニエストル川を挟んで、ウクライナ・ロシア側とモルドバ・ルーマニア側で対立した(最近はモルドバとウクライナの両方がEUに入りたい事で、情勢が変わりつつある)。

英語名は「トランスニストリア」。第2次大戦ではソ連(連合国側)とルーマニア(枢軸国側)でこの地を争ったがソ連が勝利。冷戦終了後、モルドバに親ルーマニア政権が誕生、再び争いの場となる。Wikipedia
英語名は「トランスニストリア」。第2次大戦ではソ連(連合国側)とルーマニア(枢軸国側)でこの地を争ったがソ連が勝利。冷戦終了後、モルドバに親ルーマニア政権が誕生、再び争いの場となる。Wikipedia

ちなみに、ある日本人が旅行でモルドバから沿ドニエストル共和国に入ったところ、モルドバは「そんな国は存在しない」という立場だから、検問所はあったが何も押されなかった。ところが、続いてウクライナに入ろうとしたら検問所で、「モルドバの出国スタンプがない」と言われ、ワイロを(取れたらラッキーという感じで)要求されたという。

(この前、北方領土の国後島から、北海道に泳いで「国内移動」してきたロシア人の話を思い出す)。

このように、国家承認は、国境の問題も出てくる可能性があるのだ。アフガニスタンでは、このような問題は発生しない。国連加盟国だし、どの国もアフガニスタンという国は存在すると認めているし、現在の国境線も引き続き認めるだろう。

メディアで「国家承認」と誤解していたのは、多くの国が首都カブールにある大使館を閉鎖して、外交官を全員退避させてしまったからに違いない。

大変ややこしくて、わかりにくいが、これらの説明も含めて4つの可能性を、解説していきたい。

選択肢1 タリバンを政府承認する

政府を承認するというのは、とても大事なことである。

特に国際法では重要な意味をもつ。

国民の人権と安全を保護・尊重する責任をもつのは誰か。

国連やその他の国際機関で、アフガニスタンを代表できるのは誰か。

領土内の外交使節団から外国人旅行者まで、保護する責任をもつのは誰か。

アフガニスタンにおいて、軍事支援を要請できるのは誰か。

軍事だけではなく、他国に人道的、経済的支援を要請する権限をもつのは誰か。

外国にあるアフガニスタンの財産(大使館を含む)にアクセスできるのは誰か。

アフガニスタン国の名前で、国際通貨基金(IMF)の資金(約4億4千万ドルー約495億円の新規外貨準備高を含む)にアクセスできるのは誰か。

上記のことができるのは、政府として承認された政権である。

承認されていないと、他国の国内裁判所にアクセスしたり、外国にある国有財産の所有権を主張したり、国内にある対外外交施設を管理したりなど、承認されていれば利用できるさまざまな特権を、必ずしも利用できない。

(ただし、特権を利用する権利は持てても、得られる利益と得られない利益は、相手国の国内法制度によって異なってくる)。

参考記事:タリバン、国際資金の枯渇の危機:米ドルで三重苦とは。アフガニスタン国の財源は。「数週間」で破綻国家?

現在、タリバン兵士による暴力がニュースになっている。

これも、彼らが同国人や外国人に対して振るった暴力について、国際法違反に対するアフガニスタン国の責任は、タリバンが国の政府であるかどうかにかかってくる可能性がある。

また、ソーシャルメディア上で、誰がアフガニスタン国の代弁者になれるのかも、現代では重要な問題である。加えて、タリバンのコンテンツがそのようなフォーラムで許されるのかといった問題も出てくるだろう。

この点に関しては、国際社会がというよりも、おそらくこれらの企業の多くが拠点としているアメリカや欧州諸国が、誰をアフガニスタン政府と認めるかにかかってくるだろう。

承認の利点は何か

タリバンを政府承認することの利点は何だろうか。

アメリカだけではなく、中国やロシア、近隣国等も、アフガニスタンからテロの脅威が発せられるのではと、大きな懸念をもっている。

「政府承認をすれば、将来、アフガニスタン国内で外国が力を行使することに、同意する、あるいは同意しないという権限を、タリバンに与えることになります。これは利点です」ーーという見解がある。

さらに「もちろん、国際法は、特定の条件下で、同意なしに領土をもつ国に対するそのような力の行使を認めています。 しかし、そのような同意が得られない場合、例えば、復活したアルカイダに対する重要かつ合法的なテロ対策活動が妨げられたり、少なくとも遅れたりするかもしれません」と続けている。

わかりにくいが、どういう意味だろうか。

タリバンを政府承認することで、今後、国同士の連携や、強い外交圧力によって、タリバン自身から「テロ組織の撲滅で、外国軍と共に戦う」、あるいは「武力の行使を、外国人がわが国で行っても良い」という正式な合意が得られるという意味だろうと思う。

現地政府の協力があれば、情報も収集しやすいし、効果的な攻撃をすることができる。

これは、テロとの戦いの難しさを示しているかもしれない。

外国がアフガニスタンにいるテロ組織を叩きたいとしても、アフガニスタンという国と戦争をしたいとは限らないのだ。

でも、アフガン政府の許可なく攻撃や爆撃などを始めたら、侵略して戦争を始めているのと同じようになってしまい、現地住人のその外国への反発や憎悪が激しいものになるのは必至である。だから、この点はアメリカや先進国にとっては、重要な意味をもつことになる。

もっとも許可があっても、人々は外国を憎むだろう。でも、外国に対して以上に、そんな許可や合意を与えた自国の政府を憎悪するかもしれない。

どのみち、自国の政府だけで、自国内のテロ組織を抑えられるのなら、このような問題は生じない。「援助」なのか「内政干渉」なのか。

ともあれ、関係ない人々の犠牲を出さないためにも、現地政府の協力は欠かせない。それには政府承認を行って、正式な協力が必要となるのだろう。

承認の短所は何か

それでは、政府承認することの短所は何だろう。

タリバンを早期に承認すると、武力によって権力を握った「醜悪な」政権を、正当化するような効果が出てしまうことだ。これは民主主義の観点から問題となる。

特にタリバンの新政府の民主主義度が低く、真のパワー・シェアリング(権力分立)が行われたというよりも、一方的に国家を支配しようとする場合は、いっそう問題となる。

その上、アメリカ(やG7の先進国)は、選挙によってパレスチナの政権についた「テロリスト集団」ハマースを認めなかったくせに、軍事力で政権を取った別の「テロリスト集団」タリバンを認めるという、矛盾した立場になってしまう。

(パレスチナは、国連の加盟国の地位は得ていないが、国連加盟国の過半数が国家承認している。アメリカや日本、G7の国々はしていない)。

ロシアと中国:大使館の継続が意味するもの

ロシアや中国は、米欧先進国よりも、タリバンの民主主義度に関する要求は薄いようである(中国は、ロシア以上に関心がないようだ)。

現在、国連安保理常任理事国5カ国のうち、ロシアと中国の2カ国は、タリバン政府を承認する準備をしているように見える。

タリバン政権を正式に承認するとは今のところどちらも言っていないが、両国は、在アフガニスタン大使館を続けていることを強調している。

なぜ大使館を継続して開いていることが、政権承認の重要な要素になりうるのだろうか。

それは、新政権を承認するとき、一般的には特別なことはしないのが普通だからだ。

例えば、日本では、9月下旬に自民党総裁選挙がある。総選挙によるものではないが、10月には新しい日本の首相と政府が誕生することになる。

ドイツでは9月下旬に連邦議会選挙(総選挙)があり、現在の中道右派政党から中道左派政党に政権交代が起こると言われている。今までとは異なる党による政府と首相が誕生するだろう。

どちらの場合も、世界の約200カ国の政府や、各国大使館が、新政府の承認のために何か特別なことをするかというと、しないだろう。行わないのが一般的である。

現代世界の最も一般的なアプローチは、新しい政府に対して、公式事項で日常的に関わり続けることで、暗黙のうちに政府承認することである。

これは現実的なやり方と言えるだろう。

日本では(おそらく)10月上旬に新しい首相と政府が誕生したと思ったら、わずか1ヶ月後に総選挙。11月中には、またまた新しい政府の誕生となるようだ。「何もしない1ヶ月間だけの大臣」も現れるかもしれない。

わずか2ヶ月弱の間に2回も政府承認だなんて、世界約200カ国は、いちいちそんなことに対応していられない。しかも日本だけが相手ではない。約200カ国の新政府を相手にするのだ。

だからこそ、アフガニスタンで、ロシアや中国が大使館を開き続けていることは、意味をもつのである。通常業務を続けて、公式事項で関わり続けることは、タリバンの政府承認を事実上行ったのだと捉えることは可能だからだ。

しかし、そうではない可能性もある。いつも通りの業務をしていれば、絶対に確実に政府承認をしたことになるとは限らない。法律でそう定義されているわけではないからだ。

国際法的には、政府を承認したという決定は、公式声明を通じてはっきりと伝えることができる。あるいは、政権が交代すると大使も交代することはよくあるので、大使の信任状の交換でも、政府承認を間接的に伝えられる。他にも、二国間条約の締結などがある。これらは国際法上、承認された政府でのみ可能な、特定の行動に属するものだ。

公式業務を継続することで行う「暗黙の承認」は、国際法に根拠があると言えるような明示的なやり方を、軽視している方法だともいえる。

もっとも、以前は国際社会では、明示的に政府承認をしていたのだ。でも、違憲な体制を承認したとか、ある団体を他の団体よりも支持しているとか、権力を奪うための暴力的な手段を容認したとか、まともな政府と思って承認したのに実は違って恥をかいたとか、様々な批判や問題が起きた。

そのため、20世紀末には、多くの国が新政府を明示的に承認することをやめてしまったのである。

明示的な承認方法を、ロシアや中国は行ったわけではない。大使館継続という「暗黙の了承」は、あくまで慣例である。とはいえ、現代において珍しいやり方でもない。これだけでは、あいまいな状況である。

ロシアや中国の姿勢

ロシアのラブロフ外相は、カブール陥落後の8月17日、タリバンを承認するかどうかは現地の状況で決まると示唆し、次のように述べた

「タリバンは他の政治グループも含む政権を樹立する意向を示しており、勇気付けられる兆候が出ている。ただ、ロシアが一方的に何らかの政治措置を開始すると言うには、時期尚早だ」

8月16日(月)の国連安全保障理事会の特別会合で、ロシアのネベンツィア大使は「タリバンに関する今後の我々の公式なステップについては、進展する状況や、彼らの具体的な行動とは関係なく(独立して)、彼らと交流していきます」と述べた。

しかし、「国連に対するロシアのミッション」のサイトに掲載された文章には、「タリバンに関する今後の我々の公式なステップについては、具体的な発展や、タリバンの具体的な行動に基づいて決定する」と書かれていた。

二つとも、前半は同じなのに、後半は反対の内容となっている。ロシア側の揺れがみてとれるかもしれない。

ただ、どちらのバージョンにも同じ文が含まれているという。「我々の報告によれば、タリバンはすでに公共の秩序をもたらし始めており、民間人に対する安全の保障も確認している」。

大使は以前、タリバンはすでに前(親米)政権よりも、カブールを安全にしたと述べたこともある。

中国は、より一層前のめりである。

多くの報道では、カブールが陥落すれば、中国はタリバンを承認する可能性が高いとされていた。

8月中旬、中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は、カブールの中国大使館の建物屋上で、中国国旗「五星紅旗」がはためいている写真を掲載したという。カブールの米大使館に掲げられていた米国旗が降ろされて、職員が退避したのと対比させる狙いとみられている

また、外務省の趙立堅副報道局長は、8月18日の記者会見で、タリバンの新体制に関し「開放的・包括的で、広範な代表性がある政権の成立を期待する。その後に外交承認の是非の問題が関わってくる」との立場を示した

特に中国の動向からは目が離せないが、どのみち、まだどの国もタリバンの政府承認をしていないし、すると表明した国もない。

このような状況の中、「1、タリバンを政府承認する」の他に、3つの可能性が考えられるのだ。

【中編】「選択肢2と3」に続く。こちらをクリック

※参考資料は最後にリストで表示します。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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