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コロナ禍の中で始まったお祭り騒ぎ、欧州サッカー選手権。コロナ対策は?オリンピックとどう違う?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ローマでのイタリア対トルコの初戦。背後にそこそこ観客が入っている・・・。(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

サッカーの欧州選手権は、サッカーファンにとってはワールドカップと同じくらい盛り上がる、大変レベルの高い試合である。

もともとは2020年開催のはずだったが、コロナ禍のために1年延期された。4年に1度開催され、同じく4年に1度開催されるワールドカップの中間に行われる。

最初の試合は6月11日のイタリア対トルコで、ローマのオリンピック・スタジアムで行われた。イタリアが3−0で勝利、常にイタリア優勢だったとはいえ、なかなか面白い試合だったのだが・・・。

テレビに映る、試合の最中の観客の盛り上がりと歓声を聞くと、複雑な気持ちになってしまった。日本よりはるかにコロナウィルスの被害が深刻な欧州で、いつもの欧州選手権と同じとは言えないものの、完全にお祭りムードだ。コロナ禍はどこ吹く風に見える。

これではまるで、オリンピックに反対している日本人が愚かみたいではないか。オリンピックでもたらされるリスクを考えて、不安な気持ちを抱く日本人の気持ちを、一体どうしてくれるのか。ため息が深くなるばかりである。

コロナ対策はどうなっているか。オリンピックと、どう違うか。

もちろんコロナ対策はしているという

最大の対策となっているのは、開催が10カ国の11都市、11のスタジアムで行われることだ。通常は、1、2都市での開催である。

ローマ(イタリア)、ロンドン(イギリス)、サンクト・ペテルブルク(ロシア)、ミュンヘン(ドイツ)、ブダペスト(ハンガリー)、セビリア(スペイン)、コペンハーゲン(デンマーク)、アムステルダム(オランダ)、ブカレスト(ルーマニア)、グラスゴー(スコットランド)、そしてバクー(アゼルバイジャン)である。

選手たちは、16強の前までは、中3日から4日あけて、欧州の各都市に移動することになる。

ここがオリンピックと最も異なる点だろう。

オリンピックは東京にほぼ一極集中だし、毎日のように競技が行われる。サッカーのほうは、広く欧州11カ国11都市に分散していて、数日おきに行われるのだ。

ただこれは、もともとはコロナ対策のために取られた措置ではない。プラティニ元欧州サッカー連盟(UEFA)会長が、「欧州選手権60周年記念大会」に託した願いだったのである(「61周年」になってしまったが・・・)。

そのほかには、スタジアムの観客数の制限がある。

ブタペスト(ハンガリー)のスタジアムでは、100%(6万1000人)の観客動員を目指した。バクー(アゼルバイジャン)とサンクト・ペテルブルク(ロシア)は50%を約束していた(それぞれ3万1000人と3万500人)。さすがに民主主義度に疑問符がつく国は、やる事が違う。

それ以外はだいたい4分の1程度で、ロンドンで最低25%の収容率、ミュンヘンで22%だという。

当初開催予定だったスペインのバスク地方のビルバオは、最低で25%の観客を保証しなかったため、セビリアに変更された。同じ理由で、アイルランド・ダブリンでの開催は見送られた(無観客を視野に入れていた)。

そのため、当初の予定だった12カ国開催はあきらめ、11カ国開催となった。これらは最終的にはすべて、欧州サッカー連盟の決断である。

この部分は、もし東京でオリンピックが行われるのなら、にらんで観察したい部分になるかもしれない。

テレビを見ている限りでは、スタジアムの観客が一人ずつ距離をあけてとっているとは言い難い。数人のグループで来ている人たちは、密着して応援している(そしてテレビがまた、そういう人達ばかりを映すのだ。絵になるからだろう)。

よく観察してみたら、距離の厳格さにお国柄が現れるかもしれない。

誰が観戦に行けるのか

それでは、どのような人たちが観戦に行けるのだろうか。

各国(各都市)でそれぞれの対策をとっている。

いくつかの都市では、国内、特に外国からの観戦者には、3つのうち最低1つの証明書の提示が必要だ。ワクチンの完全接種の証明書、過去の感染証明書、あるいは72時間以内のPCR/抗原検査による陰性証明書である。

アムステルダムでは、ワクチンの完全接種の証明書だけでは不十分で、さらに陰性証明書が必要となる。ブダペストでは、入場で体温検査をし、37.8度以上の者は入場が拒否される(注! 白人の平熱は、一般の日本人よりも高い)。

ミュンヘンでは、観客はFFP2のマスクを着用しなければならない(FFP2とは、欧州EN規格で、94%以上の捕集効率という意味)。

また、そもそも移動・旅行ができるのかという問題は、開催国の政策ごとに異なる。入国後に何日かの検疫&隔離が必要な国々では、行くのは難しいだろう。

そのほかにも、欧州サッカー連盟は、数々の「勅書」を出している。

通常は1チーム23人の選手が登録されるが、今回は26人まで許された。

また、大会開催中に感染が拡大した場合のことも考えている。

ゴールキーパーを含む健康な13名以上の選手がいれば、プレーすることができる。もしそれができない場合、試合は最大で48時間延期される。

そして、延期しても試合が開催できない場合、当該チームは3対0のスコアで負けとなる。このような規則は、欧州選手権史上初のことである。

これはもし東京オリンピックが開かれるのなら、集団競技には参考になるかもしれない。でも個人競技には、参考にならない。

さらに一つ推測すると、オリンピックで観客を入れるのか無観客になるかは、かなり前より「6月に決める」と言われていた。様子を見るにしても、なぜそこまで直前に決めるのかと思っていたが、この欧州選手権を実験台と見ているのではないか。

前述のように条件が全然違うし、欧州のみのイベントと世界のイベントでは全然異なる。欧州選手権を実験とみなしているのなら、日本は大変迷惑なのだが。

すでに混乱も起きている

今までもすでに、スペイン代表のキャプテンであるセルヒオ・ブスケツが、そしてスコットランド代表のジョン・フレックが陽性反応を示して、混乱が生じた。

ロンドンのウェンブリー・スタジアムは、9万人の収容能力を誇り、今大会では最大のスタジアムである。7月11日の決勝戦は、ここで行われる。

英国政府は、6月21日までにほぼすべての規制を緩和する政策を打ち出していたため、決勝戦では全席使用となるのではないかという期待がもたれていた。しかし、インド(デルタ)変異株の広がりのため、この期待は裏切られることになったという

このように、国によって違いはあるが、今、夏のバカンスシーズンを前にして、ヨーロッパ人はひとときの息抜きを楽しもうとしているかのようだ。ワクチン接種が大きな希望を与えているのだ。

これはある意味、仕方がない面はあると思う。人間の緊張は、そうそう続くものではない。日本より格段にコロナ禍の状況が厳しかった欧州では、都市封鎖や外出制限など、日本よりずっとずっと厳しい毎日を強いられた。この閉塞感と圧迫感は、そこまでのひどさを経験しなかった日本ではわからないかもしれない。

筆者のフランス人の友人達も、ブタペストにフランスチームのサッカー観戦に行こうと盛り上がっている。100%収容のスタジアムを目指して行こうとするあたり、さすがに情報に通じている。

ため息はつくが、責める事はできない。そういう筆者も、6月に入ってフランスで予定通り段階的な解除が進むなかで、突然、原因不明の胃痛に数日間襲われた。あれは体の緊張が解けた合図だったのだと思う。

そしてみんな「また秋から、厳しい制限措置が始まるかもしれない」という恐れはもっているに違いない。たとえそうなっても、一時でもいいから解放されたいのだ。

選手のストレスと孤独

とはいっても、選手は厳しい管理とストレスの中にいるままである。

欧州サッカー連盟の指示に従い、24チームは2週間前に準備を開始してから大会終了まで、健康管理の中に閉ざされている。

「私たちは、すべてが制限されている非常に厳しいバブルの中にいます」。5月26日、フランスチームのディディエ・デシャン監督は言った。「我々には外界との関係において、自由が全然ありません」。

バブルとは元々「泡」という意味だが、本当に「バブルサッカー」なるものが存在するのだ。2011年にノルウェーのテレビ番組で始まり、YouTubeで拡散されたことで一躍広がったと言われている。

バブルサッカーを体験する、Union Berlin team groupの選手たち。2015年。
バブルサッカーを体験する、Union Berlin team groupの選手たち。2015年。写真:アフロ

もちろん、実際にはプロのサッカー選手は、このようなものはつけない。コロナ禍で、安全のために選手を隔離するイメージから来たのだろう、最近では「選手はバブルの中にいる」といった表現が、頻繁に使われるようになっている。

選手やスタッフは、定期的にコロナテストを受けなければならない。そして、外部との接触はほとんどない。

「決して快適なものではありません。でも、選択肢はありません」と、フランスチームのコーチは語る。一人でも感染者が出たら、チーム全体が大変なことになるからだ。

「これは、選手にとっても、我々スタッフにとっても、余計なプレッシャーであり、ダモクレスの剣です(注:栄華や豊かさの中に、危険が迫っているという意味)。ウィルスには極限の注意を払わなければならず、そのためにバブルを作り、入口と出口を警戒するのです」

「他にどうしようもないのです。私たちは自分の中に閉じこもり、外に連絡も取りません。素晴らしい仕事をしていても、心理的には簡単ではないこともあります」と説明している。

周りの一般人は浮かれて一時的なお祭り騒ぎをしていても、選手は前例のないストレスと孤独、そして厳しい管理のなかに置かれるのだ。これはオリンピックが行われるのなら、まったく同じになるだろう。

国の差や個人差、今置かれている環境差が出てくるだろうに、そういう超異常な状況と条件のもとでスポーツの能力を競うことに、どこまでの意味があるのだろうか。そこで出される結果は、本当にスポーツの能力なのだろうか。オリンピックの意義は何だったっけと考えこんでしまう。

オリンピックをするなとは言わない。でも、なぜたった1年の延期だったのか。最低でも2年間はとるべきだったのではないか。昨年の春、患者数が激増し、非常事態宣言が出されようと緊張が増していたあの状況で、たった1年間の延期を決めたのは誰だ。安倍前首相一人のみの責任とは思えない。伝染病の危機なのに、なぜたった1年だったのか。

どうやって誰が、どういう勢力が主導権を握って決めたのか、責任の所在を追求してほしい・・・と日本のメディアに望んでも、無理なのだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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