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イナゴの大群、新たに大発生の予兆。国連「資金がない。駆除できなくなる」とSOS

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ソマリア・モガディシュで、イナゴに餌を取られたせいか、激ヤセのラクダ。昨年11月(写真:ロイター/アフロ)

「イナゴを駆除するための資金が枯渇しています。このままでは退治活動が停止してしまうかもしれません」。

1月20日、このように国連食糧農業機関(FAO、以下「国連食農機関」)は警告した。

現在、28機の飛行機が、上空をパトロールしている。イナゴ(バッタ)の大群を発見して、殺虫剤を散布するためだ。

もし追加の資金がなければ、早ければ3月に、この活動を停止せざるをえないというのだ。バーチャル会議で、国連食農機関がパートナーに伝えた。

国連機関は、エチオピア、ケニア、ソマリア、スーダンでの活動を継続するために3800万ドル(約39億5000万円)を求めている。

「惨状の別の波が飛び交うなか、東アフリカのイナゴの<空軍>は、地上に降り立つ可能性があります」とある。「惨状の別の波」とはコロナ禍のことだろうか。

史上最大級のサイクロンによる大打撃

それでは現在、イナゴの大群はどのような様子になっているのだろうか。

昨年の11月、巨大サイクロン「Gati」が大雨をもたらした。これはソマリアに上陸した記録上では、史上最強のものだった。推定で1万頭の動物が犠牲になり、9人が亡くなったという。

さらに最悪なことに、この雨のせいで、エチオピア東部とソマリア中部で、新たなイナゴの群れが形成される条件がつくられてしまった。

インド洋の北に発生し「アフリカの角(つの)」と呼ばれるソマリアに上陸しようとするサイクロン、Gati。2020年11月22日の写真(Wikipediaより)。
インド洋の北に発生し「アフリカの角(つの)」と呼ばれるソマリアに上陸しようとするサイクロン、Gati。2020年11月22日の写真(Wikipediaより)。

イナゴは専門家の予測通り、水が干上がると、ケニア北部とエチオピア南部に南下し始めた。

国連食農機関のイナゴ上級予報官であるキース・クレスマン氏は語る。

「私たちは10月に、このことを予測していました。両国に12月中旬以降に注意が必要だと早期警報を出していましたが、それが実際に起こってしまったのです」

「それ以来、ほぼ毎日のようにイナゴが到着しています」

今はまだ若いが、今後数ヶ月のうちに成熟し、繁殖するだろう。 国連食農機関は、ケニアとエチオピア南部に降る季節的な雨と、植物が生え始める時期にそって、4月初旬に新しい世代が出現すると予想している。

砂漠のイナゴは、さらに北のアデン湾のソマリアの海岸線でも繁殖しており、2月下旬には新たな群れが形成され始める可能性が高い。

「これは大変心配なことです。だから、防除作業を中断させないことが、極めて重要なのです」とクレスマン氏は述べている。

2021年1月18−21日の様子。黄丸は成虫の群、赤丸は未成虫の群、白は未発見の地域(FAOサイトより)。
2021年1月18−21日の様子。黄丸は成虫の群、赤丸は未成虫の群、白は未発見の地域(FAOサイトより)。

惨事は予測されていたのに

この危機の発端は、2018年だ。サイクロンがイエメン沿岸を襲った時である。

半砂漠地帯で大雨が降り、好条件が満たされると、爆発的な増殖を引き起こす。

ある世代から次の世代には、イナゴの数は3ヶ月で20倍、半年で400倍になる。孤立したイナゴは無害だが、一旦群集行動を起こすと行動を変えてしまう

(なぜ、孤立から群集行動を起こすようになるのか。最新研究の「集合フェロモン」と、遺伝子操作問題についてはこちらをクリック

その後、大群はイラン、パキスタン、インドに広がり、同時にアラビア半島の他の地域や東アフリカにも広がっていった。

最初の2018年の時点で、専門家は既に、将来のイナゴの大発生を警告していた。

この時点で予防ができればよかった。しかし、実際に大被害が起こらないと、資金が集まらないのだ。

最初に幼虫が増え始めて、まだ地面にいるうちに予防措置をしていれば、殺虫剤の散布も小規模で済む。人が背負って散布したり、全地形対応車で散布したりできるのだ。

殺虫剤の使用も少なくて済み、人や作物、環境に与える影響も限定的で済む。それに、お金もより少なくて済む。

今、飛行機での散布が必要な事態になると、大変なコストがかかる。2003年から2005年の危機では、4億ドル(約408億円)以上の資金が必要だった。

西アフリカが協力して対策が進んできているのに比べて、東アフリカは、内戦中や、政情不安定な国が多いのも、対策が遅れる要因の一つだ。

今回は2019年後半に、最初に爆発的に増えた砂漠イナゴの巨大群は、幅60キロにも及ぶものもあった。

「ここ数十年では見られなかったことだ」、「ただでさえ多くの人々が飢えに苦しんでいる地域なのに、さらに食糧を脅かしている」と、国連食農機関のドミニク・バージョン緊急事態・回復担当ディレクターは言う。

ケニア・マルサビットの様子。大群の飛行を前に、鳥も人間も逃げ出している。今年1月18日アップのビデオ(1分51秒)。

ケニア、再度の危機と落胆

昨年、ケニアでは一時は蝗害が収まった時期があった。

しかし現在、まだ成虫になっていない群れが、北から到着し続けている。

群れは、1週間前には4つの郡、週初めには7つの郡、そして週末には11の郡で確認された。いくつかの群れでは、成熟し始めている。そうすれば繁殖が始まってしまう。

ロイター通信の報道によると、農民や村人は、せっかく育てた作物や牧草地が、イナゴの大群によって荒らされ、食い尽くされる大惨事となるのを毎年目の当たりにして、大変落胆しているという。

ケニアのマルサビットに拠点を置くカトリック救援事業会(Catholic Relief Services)の上級プロジェクト責任者、イリアス・イマン・アブドゥルカディール氏はロイターに語った。

マルサビット以外の地域でも状況は似ており「最初のイナゴの波は、町の周りを通過しただけだった。しかし、今回の波は実際に町の中に入ってきた。ほとんどの人が見に来ていたが、人々はとても怖がっていた」。

思い余って、棒を片手に畑に突進してイナゴを追い払おうとした農民が、イナゴの渦に巻き込まれ、救出したこともあるのだという。

農家の人々の努力と、道をも覆い尽くす大群。「家畜・動物もイナゴのせいで死ぬ」と語っている。2020年12月8日アップ(3分52秒)。

2100万人に1年分の食料を救った

それでも懸命の努力は、効果をあげてきた。

監視して対応したことにより、160万ヘクタールの土地が処理された(日本の耕地の3分の1強)。

その結果、300万トン以上の穀物が保護された。これは約9億4000万ドル(約976億円)に相当する。2100万人の人々に1年間の食料を供給するのに十分な量が確保された。

(ちなみに、ソマリアの人口は約1500万人、エチオピアの人口は約1億1000万人、ケニアの人口は約5140万人である。大群は国土全土に及んでいるわけではない)

「私たちは大きく進展することができました。各国の能力は、飛躍的に向上していると言えます。でも、状況はまだ終わっていません」

「私たちは多大な努力をしてきましたし、準備も以前よりずっと整いました。でも、満足してはいけません。我々はリラックスすべきではないのです」と、前述の国連食農機関のバージョン緊急事態・回復担当ディレクターは語る。

さらにローラン・トマ事務局次長は、次のように述べている。

「東アフリカに結集されてきたイナゴ対策機は、現在、十分な装備を備えています。記録的な猛威を封じ込め、抑制し、最終的には終止符を打つことができると信じています」

「各国は記録的な速さで能力を増強しています。群れの数もサイズも大幅に減少しています。東アフリカの国々がトンネルの先に光が見え始めているのに、このような成果を放棄するとしたら、悲劇です」

「今年中に、この急増を収束させることは本当にできるかもしれません。でもそれには、今やっていることを断固として続けていくことが出来なければなりません」

それには資金が必要なのだ。あと3800万ドル(約39億5000万円)。でも国連食農機関には、そのお金が今はないのだ。

ローラン・トマ氏の年始の挨拶。「2021年は、食料システムの対話、戦略的思考、そして変革の年になるべきです。今年我々は、より良い生産・栄養・環境と生活を推進するために、結果と効率性に焦点を当てます」

コロナ禍にも苦しむ

今、援助が期待できる先進国は、コロナ禍に苦しんでいる。どれだけの支援が可能だろうか。

発展途上国の人々に、いかにワクチンを渡すかも緊急の課題なのに・・・。

エチオピア、ソマリア、ケニアでも、感染者や死者が報告され、感染は広がりを見せている。イナゴの危機に加えて、コロナ禍。さらに内戦が続く国もある。

昨年11月に起こった巨大サイクロンGatiは、気候変動のせいであるという意見もある。地球は2021年も試練の年であるに違いない。

それでも「トンネルの向こうに光が見えている」という国連職員の言葉を信じて、なんとか前に進めないものだろうか。

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<参考記事>

(筆者の執筆)イナゴの大群は今どうしている? 5000億匹との戦いと、『ネイチャー』最新研究「集合フェロモン」で、遺伝子操作問題

(共同通信/Sankei Biz)アフリカ大陸、富豪3人が富を独占 貧困層6.5億人の資産より多い

(読売新聞)日本の医療用焼却炉、ケニアのコロナ対策に一役…感染ゴミの処理支援

国連食農機関(FAO) 駐日連絡事務所 (日本語資料・お問い合わせ)

http://www.fao.org/japan/portal-sites/desert-locust/en/

<執筆参照記事>

https://news.un.org/en/story/2021/01/1082512

http://www.fao.org/emergencies/fao-in-action/stories/stories-detail/en/c/1370172/

(https://lematin.ma/journal/2021/fao-manque-ressources-financieres/351770.html)

http://www.fao.org/ag/locusts/en/info/info/index.html

(https://reliefweb.int/report/ethiopia/desert-locust-situation-update-22-january-2021)

https://www.reuters.com/article/kenya-locusts/kenya-braces-for-return-of-devastating-locust-swarms-idUSL8N2JU1L8

<最新の詳細データ>

http://www.fao.org/ag/locusts/common/ecg/562/en/DL507e.pdf

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【イナゴの表記について】

この被害を報じる記事では、よく「サバクトビバッタ」と表記されています(サバクワタリバッタ、サバクバッタ、エジプトツチイナゴとも呼ぶそうです)。

この記事ではあえて、日本人が昔からもっている言葉を優先しました。

イナゴはもともと「稲子」と言われ、「稲を食べる害虫」を指しました。一般にはマイナスのイメージを含む言葉です。バッタには、一般的にこのイメージはありません。ただ学術的に分類しようとすると、異なってきます。

たとえ規模は違っても、日本語には伝統的に「イナゴの群れが襲ってくる」という表現はありますが、「バッタの群れが襲ってくる」という表現はありません。この記事は、いかに人々が害と戦っているかを伝えるのが目的です。ご了承ください。

詳細な説明をしますとーー。

ここでは複数の言語が関わってくるので、よけいにややこしいです。群れをつくり長距離を飛び、広域で破壊的なまでに作物を荒らすようになったものは、フランス語ではcriquet、英語ではlocustと言います。

しかし、日本には歴史的にここまですさまじい蝗害が存在しなかったらしいためか、これにぴったり相当する言葉がありません。

聖書や中国の歴史書など、広域で破滅的な被害が描写されている外国の文献には、「イナゴ」の言葉が使われてきました。

筆者の理解では、問題が生じるのは、最初にできたのは言葉で、学術的分類は後からできたためだと思います。

英仏日どの言語圏でも、一般には、色や飛び方などで呼び名を決めているのは興味深いです。

例えば、一般的に緑色だと、フランス語でsauterelle、英語でgrasshopper、日本語でバッタと呼ばれます(そして3言語で、学者に「色で区別しないで」と注意されている)。

そして、英語のgrasshopperは「hop=飛び跳ねる」、フランス語のsauterelleは「sauter=ジャンプする」という言葉から来ているのも、共通しています。日本語のバッタに近いです(でも学術的には「ぴょんぴょん飛ばないバッタもいるから、飛ぶものをバッタと呼ぶのはおかしい」と言われるかもしれません)。

しかし、フランス語のsauterelleとcriquet、英語のgrasshopperとlocustでも、完全に同じではないようです。「日本では学術的にバッタとイナゴを区別するが、世界には区別しないやり方もある」という記述を見ました。要確認ですが、フランス語と英語の説明を読んでいると、この2言語だけでも(大変似ているが)全く同じではない感じを受けるので、おそらく正しいのでしょう。

バッタやイナゴと呼ばれるような虫は、世界で1万5000種以上あると言われます。地域風土によって、虫には(そっくりであっても)違いが生じてきます。末端のほうの種の分け方に、各文化で違いが生じるのは、当然のように思えます。アラビア語圏では違う、アフリカの各部族(言語)では違うという可能性もあるのではないでしょうか。

言語による違い、学術上の種の末端の違いを言っていると際限がないので、この記事では訳出にあたって、古来より日本人がもっている言葉の意味合いを重視することにしました。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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