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ジョンソン英首相の父(元EU議員)がフランス国籍を申請中「私はヨーロッパ人だ」。米欧の対立か?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ジョンソン首相の父、スタンレー氏。(写真:ロイター/アフロ)

みなさま、新年になりました。今年もよろしくお願い申し上げます。

読者のみなさんがお元気で過ごされるとともに、2021年・令和3年が素敵な年になりますように。

新年1本目は、「あちゃー」なニュースになってしまった。

フランスのラジオ局RTLが、年末に英国の首相ボリス・ジョンソン氏の父親、スタンレー・ジョンソン氏(80歳)が、フランス国籍を申請中であるというニュースを流した。

「市民権」という報道もあるが、このケースでは市民権と国籍は同じである。

ボリス・ジョンソン首相の愛称は「ボジョ」なので、以下「ボジョ父」と書く。

彼はRTLラジオに対して、英語なまりのあるフランス語でこう言った。

正しく理解しているのなら、私はフランス人だ。

私の母親はフランスで産まれた。母の母は完全にフランス人だ。母の祖父もそうだった。

だから私は、自分がすでにもっているものの権利の要求をしているのだ。私はそうすることが嬉しい。

私は常にヨーロッパ人であり続ける。確実だ。イギリス人に対して、あなたはヨーロッパ人ではないなどと言うことはできない。

欧州連合(EU)とつながり(絆)を持ち続けることは、大事なことだ。

英語のニュースでは、この一報は31日から1日にかけて、すごい勢いで拡散した。

ブリュッセルで父と逆の仕事

ボジョ父は1979年から84年まで、保守党の欧州議会議員だった。その後は、欧州委員会のために働いた。

英タブロイド紙『デイリー・メール』のサイトやその他の情報によると、ボジョ父の祖母(ボジョの曽祖母)Marie-Louise de Pfeffelはフランス人で、スタンレー・ウイリアムスと結婚した。

娘のイレーヌはフランスで産まれ、ジョンソン氏と結婚、ボジョ父が産まれた。

ボジョ父の仕事のために、ジョンソン首相は小さい頃ブリュッセルに住んでいたことがあり、フランス語を学んでいたという。

後年、彼はジャーナリストになり、縁故で入った『The Times』を解雇されたあと、『The Daily Telegraph』の記者として、ブリュッセル支局で働くことになった。

そして当時のジャック・ドロール委員長を散々に叩く記事を書くことになる(時に嘘が混ざっていたと、ジャーナリスト仲間達は語ったという)。一躍「EU懐疑派」の、当時は珍しいジャーナリストとして、名を馳せることになった。

分裂するボジョ家族

ブレグジットは、ジョンソン家を二分している。

2019年、ボリス・ジョンソンは、父親はEU残留派であり、母親は離脱に投票したと語った。

国民投票の前、ボジョ父は息子の姿勢を繰り返し批判、そのようなブロック化は気候変動に対して致命的になると述べていた。

しかし続く数年間、ボジョ父は、ユンケル前欧州委員会委員長の欧州連邦主義的なビジョンに恐れを抱いて、ブレグジット支持に転向すると発表。

当時のユンケル氏の演説を聞いて、EUが「私たちが行きたくない方向に向かってどんどん加速している」と確信していると語った。

2019年の総選挙では、息子が首相になって初めての選挙であり、息子を応援した。

「私はボリスを支持する」と書かれたボードをもつ父親。さすがに息子が首相を目指して本当になった状況ともなれば、自分の親EUの主義は引っ込めたのかもしれない。それにしても似ている。
「私はボリスを支持する」と書かれたボードをもつ父親。さすがに息子が首相を目指して本当になった状況ともなれば、自分の親EUの主義は引っ込めたのかもしれない。それにしても似ている。写真:ロイター/アフロ

首相には、両親が同じ妹と弟がいる。

弟のジョゼフ(ジョーと呼ばれる)はEU残留派で、国民投票をもう一度行うべきという意見を支持して政府の役職を辞任、2019年の選挙では、保守党議員も辞任した。

妹のレイチェルもEU残留派で、2017年に先立って保守党を離脱、自由民主党に加わった。2019年には「Change UK」の欧州議会議員になることに失敗したとのこと

父親がフランス市民になる意向は、2019年3月に発表した彼女の著書「私の政治的ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」で、既に明らかにされていたという。 彼女は、私の父の「母親はヴェルサイユで生まれ、祖母はパリにいました。そのために父はフランス市民権を申請中です」と書いていた。

つまり、長男のジョンソン首相は母親と同じで離脱派、弟妹は父親と同じで残留派というわけだ。

実は、ジョンソン首相には、異母弟妹がいる。

母親は、オックスフォード生まれのイギリス人芸術家。首相は両親の長男として産まれたが、15歳くらいの時に両親は離婚している。

母親はその後、アメリカ人と再婚した(子供はいない)。父親もその後再婚、異母弟妹が産まれた。

何かこの家族には確執がありそうだ。大変うがったおせっかいな見方をするのなら、ジョンソン首相が反EUなのは、離脱派の母親からの影響があるのかもしれない。親EU派の父親に反抗しているような感じが、しないでもない。

フランス国籍は取れるのか、取るとどうなる?

フランスとイギリスは二重国籍を認めているので、ボジョ父がフランス国籍をとったら、英仏両方の国籍を持ち続けることができる。

フランスの国籍法に従えば、ボジョ父の母親はフランス国籍をもっているフランス人だったようなので、問題なくフランス国籍は得られるだろう。そして、今までと同じように、自由に欧州を動き回ることができるようになるだろう。

ボジョ父がフランス国籍を取得できれば、息子のジョンソン首相は、フランス国籍の申請は「権利」となり、簡単に取得できる。

もし父親がフランス国籍をとれなくても(そんなことはありえないと思うが)、ジョンソン首相の祖母はフランス人だから、フランス国籍を申請する「権利」はないものの、申請することは条件を満たせば可能だろう。

ジョンソン首相の妹は、父親と同じEU残留派。父親がフランス国籍を申請中であることについて「これは良いニュースです。私もフランス人になることができるかもしれません」と書いていた。

ちなみにジョンソン首相は、親の仕事の都合でアメリカで生まれ、5歳のときに両親と共にイギリスに戻っている。アメリカは出生地主義なので、ジョンソン首相はアメリカ国籍をもっていた。2016年に放棄したそうだ

首相の母親はEU離脱派で、アメリカ人と再婚するなど、どうやらアメリカびいき。父親は元EU議員で、フランスの血を色濃くもつヨーロッパ派。首相は自分がアメリカ生まれだし、母親にスタンスが近い。

実は背後に、どんどんライバル化の度合いが増している米欧の対立があるのかもしれない。

特権階級だから?

人々の反応で「どうせギリシャの別荘に行きたいだけでしょ」というのがあったので、何のことかと思ったら。

さすがタブロイド紙『デイリー・メール』はこのことを報告していた。

ボジョ父は、2020年6月、外務省がコロナ禍対策で出したガイダンス「不可欠ではない限り、誰も旅行をしてはならない」を無視して、ギリシャの別荘に飛んだとのこと。人々の怒りに直面したのだという。

彼はアホなことに、ロンドン郊外のルートン空港からブルガリア経由でアテネに飛んだ旅行を、インスタグラムにビデオと画像を投稿していたのだ。英国からギリシャに直接行くのは禁止されていたので、こうしてかわしたのだ。

ギリシャのペリオンにある、山の景色を望む4つベッドがある別荘を、観光客に貸し出しているとボジョ父は語った。そしてギリシャ当局は、自分の入国を喜んで受け入れ、禁止は英国の観光客の「大量到着」にのみ適用されるようだと述べた。

議員たちは、この事件は「彼らのために1つのルールがあり、残りの私たちのためには別のルールがあるという、悪臭を放っている」(つまり、特権階級には一つのルールがあり、その他平民には別のルールがある、というような意味)と述べて批判した。

当時、ジョンソン首相の重要な参謀だったドミニク・カミングスが、人々がロックダウン中だったので外出を我慢している中、バーナード城へ旅行したために、激しく叩かれたことがあった。ボジョ父の旅行も、このこと、つまり「特権階級意識」を反映されていると言われた。

ジョンソン首相の家系は、父方も母方もいわゆる「上流階級」である。

首相はぼさぼさの髪の毛をトレードマークにしているが、庶民の受けをよくするだけではなくて、大変きさくだが「紳士」の香りがする父親に対する反抗もあるのかもしれない。

 スーツ姿の父親は、またイメージが変わる
スーツ姿の父親は、またイメージが変わる写真:代表撮影/ロイター/アフロ

人は移動する、人は混ざる

このような話は、巷にゴロゴロ転がっている。

島国で、血統主義が異様に強く、二重国籍が認められておらず、外国人の数も少ない日本では、驚くべきことかもしれない。でも、パスポートを複数持っている人など、世界では珍しくもない。

ブレグジットで、EU加盟国の国籍を申請したイギリス人など、特にブリュッセルでは石を投げれば当たるくらいいるだろう。フランスでは、一定の条件を満たせば、先祖や家族にフランス人がいなくても、フランス国籍を申請することは可能である。

筆者は「祖母がイタリア人だから、イタリア国籍(市民権)を申請して欧州で働きたい」というアメリカ人に会ったことがある。

それを聞いていた隣の若いアメリカ人が、「EUって聞いたことあるけど、何? なぜそんなことが可能なの?」というので、筆者はEUのシステムを説明した。「え、それじゃ僕もEU市民権(EU加盟国国籍)が取れるかな? 先祖にヨーロッパ人がいるんだ」と言うのだ。

その場の結論は、両親なら可能、祖父母だと要チェック、その先になると難しいだろうが調べてみると良い、に落ち着いた。

EU離脱となって、イギリス人の欧州での移動がしにくくなっても、移動できないわけではない。

人々の動きはとめられない。世界はどんどん小さくなって、人々がどんどん混ざっていっているのだ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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