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コロナ変異種で世界から遮断。それでもEUと合意できないイギリス。なぜ漁業問題はこじれるか。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
イギリス人のソウルフード、フィッシュ&チップス(写真:ロイター/アフロ)

クリスマス前の合意は?

新型コロナウイルスの変異種の登場で、イギリスと交通を遮断しようとする国は、どんどん増えている。世界中で40以上の国が措置を講じている。

ますます追い詰められるイギリス。それでもまだ、欧州連合(EU)と英国は合意できない。

「クリスマス直前が、合意の最終期限」と言われ始めて数日。

一体、何度「これが最終期限」と言えば気が済むのか(この言葉を書くのも嫌になってきた)。

なぜ新たに「クリスマス直前までに」という新たな期限が出てきたのか。

欧州議会は「20日の24時(欧州中央時間・以下同)までに合意がなければ、年内批准は無理」と明言し、その20日に合意できなかった。

前から言われているように、年内に合意にこぎつければ、1月1日から暫定発効させて、議会の議決(批准)はあとまわし・・・も不可能ではない。議会の「市民に選ばれた議員たちを無視するのか!」という批判も「非常時だ」ということで我慢してもらうのだ。

ところが、その手段を取るにしても、27加盟国の首脳や政府が、内容に最終的な了承を与えなければならない。その精査が最低でも1週間かかるということだ(クリスマスに休んでいる暇もない)。となると、クリスマス前には合意がないと無理ーーという計算なのだという

しかし、もう22日も終わろうとしている。時間的に厳しい。本当に合意できるのか。

漁業は今どんな交渉をしているか

交渉の焦点は、EUが毎年英国水域で漁獲する約6億5000万ユーロ相当の分配と、新たな取り決めの導入(調整)期間の長さである。

(ちなみに英国のほうは、EU海域の水産物では約1億1千万ユーロを占めている)。

ブルームバーグの22日午前の報道によると、英国側に新たな提案があった。

21日英国は、EUが他の分野で折れるのを条件に、英水域での年間漁獲高(金額ベース)をEUは約3分の1減らすという新しい提案をしたのだという。先週まで英国は60%を主張していたのだ。ロイターも同様の報道をしている。

そして、新たな取り決めの段階的導入期間については、英国はEUに、7年ではなく5年を受け入れるよう求めているという。当初、EUは10年を、英国は3年を求めていたのに比べれば、お互いだいぶ歩み寄っている。

AFP通信の22日18時過ぎの情報では、会議の参加者によると、最終的な数字として、EU側が英国の申し出を改めて拒否したのだと報じている。

英国側は、公開で漁獲する非遠洋性種の35%、遠洋性種を含む60%の放棄、そして期間は3年をEUに要求していた。

一方EU側は18日、25%削減がEUとしての最終提案であり、フランスやデンマークなどにとっては、この水準がすでに受け入れ困難だと説明していた(これでも、当初の18%の削減案よりは妥協している)。

そしてこの25%という数字は今でも変えられないと拒否したのだという。ただ、導入期間のほうは今、6年を提案している。

二つの報道の間に「?」の部分もあるが、大変細かい交渉が行われていることが窺い知れる。

来年も交渉を続ける?

EUは必要に応じて、英国との間で「年末まで、そしてそれ以降も」交渉する準備ができている、とバルニエEU首席交渉官は22日述べた

「我々のドアは、年末以降も開かれたままだ」と、ブリュッセルでの会談の様子について加盟国代表に語ったという。

一方、ジョンソン首相は21日に「移行期間を延長するつもりはない」と再び明言している。

移行期間の延長を求める声は、イギリスで日増しに強まっている。カーン・ロンドン市長、スタージョン・スコットランド自治政府首相、与党・保守党でもエルウッド議員らが口をそろえて移行期間の延長を主張している

新型コロナウイルスの変異株のために、フランスへの入国(EUへの入域)が制限されて、ドーバー海峡の近くでは、フランスに渡るはずだったトラックが650台高速道路上でブロックされてしまい、近くのマンストン旧空港内には800台が駐車されているという。これらは英国からフランスに物資を運ぶというよりは、英国に物資を運んだトラックの戻りだろう。

※空港に並んだトラックの列と、運転手のために用意された800もの食事。

クリスマスの食卓のための品は、対コロナのための制限に大いに動揺してはいるものの、もうすでにほとんどが英国に送付済みかもしれない。でも、この状況が続くなら、どうなってしまうのか。

小売業者を代表する組織である「British retail consortium」のリーダーの一人、アンドリュー・オピー氏はBBCに語った。

「明日(水曜日)から、国境が多かれ少なかれ自由に機能し、店舗への供給に混乱が生じないようにすることが本当に必要です」。新鮮な野菜や果物が「クリスマスの直後に」供給不足になる可能性があるのだという。

なぜ漁業問題で妥協できないか

前回筆者が書いた記事「追い詰められる島国、イギリス」について「大げさだ」という意見を寄せた読者がいた。

英大衆紙『Daily Express』の報道では「スーパーのカオス(大混乱)」と題して、「生鮮食料品売り場はカラになりはじめ、人々は買い占めるために列をつくって開店を待ち・・・」といった報道があった。

コメント欄で「うちの所はいつもどおりだ」「列なんてない」「このようにマスコミが煽るからいけないのだ」という意見が並んだ。

本当にこのまま「いつもどおり」が続くのなら、どんなに良いか。心の底から心配だ。スーパーで食品の産地がどこなのかをつぶさに見るのが好きな筆者は、ロンドンで輸入生鮮食料品の多さに驚いたものだった。常に英国産が保証されているのは、じゃがいもと玉ねぎとりんごくらいではなかったか。

日本と風景は似ているが、イギリスの方がはるかに輸入が多かった。イギリスは、豊富な作物を期待するには、寒すぎるのだ。

パッキングされた輸入野菜が並ぶイギリス。スペインやモロッコ等はいうに及ばず、フランスでは問題にもならないオランダやアメリカからの輸入野菜が並んでいる。

ある日住んでいたロンドンから、一時的にフランスに戻ったことがある。スーパーでは、フランス産の野菜が、無造作にむき出しで山積みにされて売られていた。見慣れた光景のはずなのに、涙が滲み出た。なんて幸せに恵まれた国なのだろう、と。

漁業問題は、「領土を取り戻せ」問題と化している。でも、それだけではないのではないか。心の中に「土地が細くて農業が乏しい我々の国だが、魚だけは豊富なのだ。漁場は豊かなのだ。これだけは我々のものだ。譲りたくない」という気持ちがあるのかもしれない。

天が与えた太陽と豊かな土地と食料という幸運に恵まれ、テキトーでアバウトでも生きていけるフランス人やラテンの人たちに対し、漁場は、生真面目に働いて祖国の繁栄を築いたイギリス人の砦なのかもしれない。ここまで追い詰められてもなお、イギリス人の心の砦となるのは海と魚であり、決して世界に誇る金融センター・シティという「金(カネ)」ではなかったのだろう。

結局は、ジョンソン首相の考え一つなのに違いない。

EUの欧州委員会は「イギリスとEU間の不可欠な移動を認め、サプライチェーンの障害を回避する必要性を踏まえ、航空便および鉄道の乗り入れ禁止を解除すべき」だとの見方を示した。これは勧告であり強制力はないので、各加盟国がどういう対応をするのかはわからない。

ただフランス政府は22日、英国政府と封鎖の一部解除に向けた方策で合意した。直近のウイルス検査で陰性が確認されたEU市民とEU在住の英国民らの入国を認め、来年1月6日まで措置を続ける方針だという

(余談:筆者が日本の首相なら、救援物資を送りたいところだ。もちろん関係者の安全を考えた上で。同じ島国の国民として、友情と連帯を見せたいところである)。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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