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おそらくEUとイギリスの妥結は間近? 新聞の論調の変化:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
EU側と英国側のファッションと洗練度比較が、英のSNSで話題に。写真:欧州委員会

15日から16日にかけて、流れが変わった。

これが筆者がフランスの新聞を見ていて感じたことだ。

「今度こそ真の時間切れが迫り、とうとう率直に語るようになったか」ーーという思いである。

12月16日(水)朝5時発表、フランスの『ル・モンド』紙公式サイトのクロニクル(政治解説記事)のコーナーに、その言葉は現れた。

しかし、繁栄するブレグジット後の時代を、英国に対するEUの利益で考えるならば、EUは、既存の国家援助や紛争解決制度と同等の制度を維持する上で、より和解的な姿勢を採用しながら、現在の行き詰まりを打破するための第一歩を踏み出すべきである。

また、英国がある程度の主権を証拠として見せようとしている時に、経済的な重要度は落ちるが、英国内では政治的に強力である漁業権に関して、EUは頑なに変えようとしない姿勢を終わらせなければならない。

「とうとう言ったか」という思いである。漁業に関しては、今までどうしても言えなかったのだと思う。いくら従事している人が相対的に少ないとはいえ、政治が妥協をしたら彼らは失業してしまう。

しかも、失業した会社員が他の会社を探すというのとは、訳が違うのだ。仕事場である漁場そのものを失ってしまうリスクなのだ。

さらに今は、コロナ禍で誰もが仕事に苦しみ、経済が悪化している時期である。

でも、とうとうこの言葉が出たのは、本当に今度こそ交渉は最後の数日、大詰めを迎えているのだと、ブレグジットを見つめてきた誰もが感じているからだろう。

この署名記事は、マルセル・フラッツシャー(Marcel Fratzscher)という元欧州中央銀行ディレクターのドイツ人が書いたもので、現在はシンクタンク「DIWベルリン」の長であり、ベルリンのフンボルト大学のマクロ経済学・金融学の教授でもある。

フランス人の権威が内心思っても言いにくいことを、他国の権威ある人の言葉で語ってもらう。ただし「他国」と言っても、同じ「EU」という組織内の仲間であり、運命共同体であり、同じ船に乗っている。こういう感覚は、EUに独特のものという感じがする。

このような記事を、世界的に影響力のある『ル・モンド』が掲載したということに意味があるのだ(ただし、社説ではなくてクロニクルではあるが)。

さらに、同16日、フランスの日経新聞『レ・ゼコー』の紙面には、フランス人哲学者でエッセイストでもある人物が書いた、EUの硬直化を批判する記事が掲載されているのだ(これもクロニクルである。経済や政治、ビジネスの権威でない人の執筆であるところが、考えられているなと感じる)。

『レ・ゼコー』においては、妥協を望む声は既にあったことは、前に書いた記事で紹介した。そこでは「欧州はバラストを手放すべきだ」と書いていたのだ。バラストとは、船で安定性などのために積み込む重しのことである。

これが正確に何をさすのかは、原文でもわからないままだった。ただこの文章は、イギリスは漁業に紛争解決メカニズムを適用することを拒否していること、EUはグローバル・ガバナンスを主張していることを書いている流れ上にあった。

上述の『ル・モンド』でも、漁業に関して、何のどの部分の「頑なな姿勢」を終わらせるべきか、具体的には書かれていない。

二つの新聞、二人の執筆者が、内心同じ妥協案を考えているとは限らないが、今までの筆者の観察からすると、おそらくEU側が主張している「ある分野(例:漁業)での協定違反の可能性がある場合には、別の分野(例:エネルギー)での補償が可能」というグローバル・ガバナンス協定から、漁業を単独の問題として切り離すことではないかと思う。

「ある分野での協定違反を、別の分野で補償させる」メカニズムそのものは、否定していないはずだ。

昨日、筆者は『レ・ゼコー』の最新記事を紹介した。それは「イギリスは渋々ながら、このメカニズムそのものは受け入れ始めた」という内容だ。

参考記事:妥協し始めたイギリス。EUとの交渉はやや好転

おそらく『ル・モンド』の今日発表の記事は、これを受けてのものだと思われる。

つまり、イギリスが渋々ながらやっと妥協を始めたのだから、こちらも少しは妥協して相手の顔を立てて、合意するべきだーーということだと思う。

こういう論調がフランスの主要な新聞に出始めたということは、世論形成にも大きな力をもつし、国際的にもフランス人の意見を発信していることになるので、合意は近づくようになると思われる。

もともとドイツは、メルケル首相もデア・ライエン欧州委員会委員長(ドイツ人)も、妥協的な姿勢をもっていたのだ。今はドイツが輪番制の議長国なので「この時に、合意なしという歴史に残る失敗を背負いたくない」という思いもあるだろう。

漁業問題を切り離すことで、英国のメンツは立つ。漁業問題はほとんど「領土を取り戻せ!」問題と化しているので、漁業問題でEUが最後に譲れば、ブレグジット強硬派は「勝利した!」と叫ぶことはできるだろう。

ただ、EUが妥協するかはわからない。妥協するのなら、他での条件は相当厳しいものになるのではないか。それを英国が受け入れるかどうかも、わからない。

上記のことは、最も大事で本質的な原則についての話であり、実際に交渉項目の文書は700ページもある。どれがどういう合意となり、どれが合意とならないか、精査が求められる。

それでも、もしこの妥協がなされれば、大きく流れが変わり、年内に「大筋で合意」に至るかもしれない。そうなれば、ブレグジット強硬派の(相変わらずの)プロパガンダはともかく、実質的にはEUの全面的な勝利といえる内容になるのではないだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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