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EU離脱というイギリス国民投票に感じる疑問。得票率と賞味期限:ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:PantherMedia/イメージマート)

いよいよ決着がつくという13日(日曜日)。

いま欧州では12時くらいだが(イギリスでは11時)、関連記事の本数は日曜日の割に多いが、新しいことは何もない。ブレグジットを見つめてきた人なら、ここ最近の要人の「厳しい」だの「希望はある」だのといった発言は、報道はされるが意味がないことを知っているはずだ。

欧州連合(EU)が発表した非常措置について、欧州議会が18日に採決をとるという話はあった(どこかで22日に臨時議会を開くと読んだと思うのだが、資料がみつからなくなってしまった)。

このままでは、おそらく99%「合意なし」になるだろうが、今筆者が思っていることの一つを書いてみたい。

そもそもの発端である、2016年6月23日に英国で行われた、EU離脱を問う国民投票についての疑問である。

国民投票慣れしていないイギリス人

すべては、キャメロン首相(当時)が、英国がEUを離脱するかどうか、国民投票を行うと決めたことから問題は始まっている。

イギリスの現状を見ていると、国民投票の決定は絶対のものであり(なにせ国民投票だから)、それに意義を唱えることは難しくなり、EU残留の長所を語ることすらできなくなってしまったという雰囲気のように感じる。

それでもまだメイ首相の当時は、どのようにEUとの関係を残すかという議論があった。それもジョンソン首相になってからは、消え失せてしまったようだーーいや、これも総選挙の結果なので、民意を反映しているのだが。

金科玉条のようになってしまった国民投票。これは、イギリス人が国民投票に慣れていないことから起きていると思う。

それでは、本当に(民主的な)国民投票慣れしている国民などいるのかというと、おそらく世界中を見てもイタリア人くらいのものだろう。

あの国は、始終国民投票を行っているのだ。この30年(90年代以降)で16回もやっている。しかも1回の投票に、複数の質問事項が入っているのが普通なのだ(95年6月11日の、12の質問が最高数である)。

イタリアは例外として、実質的に国民投票と同じことを定期的に行っている国はある。フランスである。フランスの大統領選だ。

大統領選という国民投票に見る得票率

フランスの大統領選は、国民投票とほぼ同じと言ってもいい。直接選挙だからだ。

有権者は、投票用紙で各大統領候補者を選択する。もし第1回投票で過半数を超えた人物がいなければ、上位二人の決戦投票(第2回)が行われ、その勝者が大統領となる。

アメリカの大統領も国民が大統領名で選ぶが、各州で選挙人を選ぶというやり方なので、完全に直接選挙というわけではない。今、フランス型の直接選挙にしたほうがいいのではないかという動きが活発化している(ヒラリー・クリントンは全得票数でトランプ氏を上回っていたのに大統領になれなかった、そして今トランプ氏が敗北を認めない、などの問題が生じたからだ)。

ここで、得票率に注目していただきたいのだ。

英国のEU離脱についての国民投票の各割合は以下のとおりだった。

離脱:51.89%  残留:48.11%

この数値をどうみるか。少なくとも大差はついていない。

それでは以下に、過去のフランス大統領選の決戦投票の割合を見てみる。ブレグジットの国民投票と比べていただきたい。

戦後(第5共和制)で、第1回の投票で過半数をとった人物がいて大統領が確定したことは、一度もない。毎回決戦投票が行われている。

第二次世界大戦やアルジェリア独立戦争など、戦後色が残る時代のあまり古いものは参考にならないので、80年代以降のものを見ることにする。

1981年

ミッテラン 51,76 %  ジスカールデスタン 48,24 %

中道左派の勝利

1988年

ミッテラン 54,02 %  シラク 45,98 %

中道左派が再び勝利。

1995年

シラク 52,64 %  ジョスパン 47,36 %

逆転で中道右派の勝利

2002年

シラク 82,21 %  ジャン・マリー・ルペン 17,79 %

中道右派が再び勝利。初めて極右が第2回投票に残った。

2007年

サルコジ 53,06 %  ロワイヤル 46,94 % 

中道右派の再々度の勝利。ロワイヤルは初の女性。

2012年

オランド 51,64 % サルコジ 48,36 % 

逆転で中道左派が勝利

2017年

マクロン 66,10 % マリーヌ・ルペン 33,90 % 

従来とは違う新しい中道の極のマクロンが勝利。極右のマリーヌは、前述のジャン・マリーの娘。

数字を見て、いかがだっただろうか。ブレグジット国民投票の数字のほうが、フランス大統領選よりも「かなりの接戦だった」とも言えるし、「全体としては、そんなに変わらないのでは」とも言えそうだ。

フランス大統領の任期は、アメリカと同じで2期が最長で、3期は禁止されている。シラク大統領の時代まで1期7年、最長14年だった。ところが「これでは長すぎて、時代の変化のスピードに追いつけない」ということで、シラク大統領の時代に1期5年、最長10年と改正された。

こうして21世紀からは任期5年となったが、2期10年を務めた大統領は一人もいない。5年置きに大統領はかわり、政治色も中道左派、中道右派、新しい極と、コロコロかわっている。

つまり、国民に直接何かを問うたら、5年くらいで意見がかわり、流れが変わるのは普通である、と筆者は言いたいのである。

EU離脱を問う国民投票が行われたのは、前述のように、2016年6月のことだ。今は2020年12月。4年半が経っている。

もっとも、これは国民投票に限らない。世界を見るのなら、4、5年くらいで政権がかわるのは、ごく普通である。普通の総選挙では、市民はそういう感覚をもっている。大統領制の国だろうと、議院内閣制の国であろうと、民主主義国家なら同じである。

つまり、政治が4、5年も経てば変化を迎えなければいけないのは、民主主義国家の国民なら、肌身で知っているのだ。

それなのに「国民投票」と聞いて、まるで動かしてはいけない絶対的な結果のもののように感じるのは、イギリスが日本と同じ、議員内閣制の国だからだ。国民投票に似ている大統領(国家元首)選挙の経験がないからだ。国民の直接選挙で何か一つ・一人を決めるという経験が浅いのだ。

デモが起きないほど不動の金科玉条化?

筆者が最近思うのは「イギリス人、大人しいなあ・・・」である。

このような「合意なし」間近の危機的状況になって、自分の仕事や会社が大打撃を受けるとわかりきっていても、デモの一つもしないのだろうか。イギリス人は、他のヨーロッパ人と同じで、主張があるときはよくデモを行う人たちであるはずだ。

ブレグジット疲れ? それはあるだろう。もう聞きたくもないらしい。

コロナ禍のせいだろうか。クリスマス前でにぎわう街の様子は、ロンドンの映像を見ると、マスクをしていない人が目立つではないか。みんなマスクをしているパリとはやや違う(罰金のせい?)。コロナ禍の恐怖のためとは、言い難い様子だ。

それなのに、打撃どころか、自分の失業や自分の会社の倒産すら予見されている人々も多いというのに、食料すら危機を迎えているのに、なぜこれほど大人しいのか。

筆者がそう思うのは、特にデモが多く、自己主張をはっきりし、デモをより気軽に平和に行うのが当たり前のフランスに住んでいるからだろうか。ただ、フランス人でも、大統領の政策に反対するデモは起きても、「辞めろ!」が目的のデモはほとんど起きない。国民投票の結果を尊重するのと同じように、国民が直接選択した大統領に、一定の尊重の気持ちはあると思う。

問題は、繰り返すが、イギリスのEU離脱の投票から、もう4年半経っていることだ。フランスの感覚では「もうそろそろ、終わり」であり、次の大統領選に向けて、各党で候補者を絞り込んでいる時で、現大統領と政権与党に、容赦ない批判が浴びせられる時期である。与党の中ですら、大議論が起きている。

つまり、いくら国民が直接選んだ投票の結果を尊重するといっても、もう4年半も経っていれば情勢がかわり「賞味期限切れ」になっていくのであり、現状維持を選択するにしても、大幅な改定が迫られるのは当然というわけだ。

イギリスは、「さすがに民主主義の雄。民主主義の歴史が長いだけのことはある」と感嘆させる深さがある一方で、国民投票に関しては、欧州大陸の西欧に比べて、なぜか異様に警戒感が薄い感じがする。経験の浅さが「国民投票」を金科玉条で不動のものにしてしまうのだろうが、なぜこうなのだろうか。

それはやはり、英国には王室があり、長いこと80年・90代くらいまで階級社会だったこと、そして第二次世界大戦でナチスの支配下に置かれた経験がないこと等が、主な理由に挙げられると思う。

「合意なし」のブレグジットは、英国を惨状に陥れるだろう。それでも百年単位の歴史で見た場合は、国民投票で苦い経験をすることは、イギリスの民主主義に大きく貢献することになるのではないか。

日本の状況は、また特別である。国民投票は、経験をしてみることすらできない状態どころか、他の民主主義国にはある「数年経って総選挙が実施されれば、政権交代はあって普通」という感覚すらなくなってきている恐れがある。

それだけ日本を取り巻く近隣国の情勢が厳しいせいだとは思うが、やはり日本の国内政治向上のために、改善を望みたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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