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伊吹氏「皇族は法律的には日本国民ではない」。海外の王室はどうなのか。眞子さまの結婚は?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
リバプールのパスポート申請所。紋章と共に「女王陛下のパスポート・オフィス」の文字(写真:ロイター/アフロ)

伊吹元衆議院議長の発言が、波紋を呼んでいる。

12月3日に眞子さまと小室圭さんの結婚に関して語った内容についてである。

「国民の要件を定めている法律からすると、皇族方は、人間であられて、そして、大和民族・日本民族の1人であられて、さらに、日本国と日本国民の統合の象徴というお立場であるが、法律的には日本国民ではあられない」と説明した。

そして「眞子さまと小室圭さんの結婚等について、結婚は両性の合意であるとか、幸福の追求は基本的な権利であるとかいうことをマスコミがいろいろ書いているが、法的にはちょっと違う」と指摘した。

筆者が一番ひっかかったのは「皇族方は、法律的には日本国民ではあられない」である。

これについて、横田耕一・九州大学名誉教授は、「女性自身」のインタビューで「憲法学会には皇族に憲法は適用されないという考え方もあります」と説明している。

「私の考えとしては、秋篠宮殿下が憲法24条を持ち出されたのは当然」であり、「私は皇族には人権があると考えています」と述べた。

「皇族の人権が制約を受けるとすれば、その根拠は皇室典範のなかにないといけません」という。しかし、結婚に関して、そのような記述は皇室典範にはないという。

つまり、まとめてみると、以下のようになるだろうか。

(・伊吹氏のように、皇族は日本「国民」ではないという意見がある。国民=一般の人、ではないという意味だと思われる)。

・憲法は「日本国民」のために書かれている。皇族には皇室典範が適用される。

・皇族は「国民」ではないとするならば、国民のために書かれた憲法が皇族に適用されるか否かは、議論が分かれる。

・そのため、憲法が「日本国民」に保障する基本的人権が皇族に適用されるかは、議論が分かれる(皇室典範に記述はない)

ということだろう。

それでは海外の王族は、どうなのだろうか。彼らは国民ではないのだろうか。

パスポートで「国民」を考える

この問題に対して、この稿ではパスポートを基準に考えてみることにする。パスポートは、国際法で定められた「その国の国民である証」である。これは世界の取り決めである。

日本国内だけみて「皇族は国民か否か」という議論は、筆者はあまり関心がない。なぜなら「国民」という概念そのものが、他の国が存在しないと成り立たないと思うからだ。

もし映画のように「地球政府」や「地球軍」があるのなら、「地球民」となり、いま存在する日本国民だのアメリカ国民だのは必要なくなるだろう。日本県、アメリカ県あたりになるのではないか(そして「地球民」は、宇宙のどこかの星の民がいないと、成り立たないのだ)。

「国民」とは国際的な概念であり、法的な概念であることを頭に入れながら、考えてみたい。

英国王室はどうなのか

さて、王室といえば、やはりイギリス。

明治以降、日本の国際化で皇室が何かと範としてきたし、浩宮様(現天皇陛下)が留学したのもオックスフォード大学だった。そんな英国王室はどうなのだろうか。

王室の公式ホームページによると、英国の王族は、みんなパスポートを持っている。女王の夫エジンバラ公も、チャールズ皇太子もである。

だからヘンリー王子は、妻のメーガンさんと一緒に最初にカナダ、次にアメリカへと移動したが、何の問題もなかったに違いない。ヘンリー王子が「国際かけおち(?)」が可能だったのは、パスポートを持っていたからではないだろうか。

ただし国家元首であるエリザベス女王だけは、パスポートをもっていない。

なぜなら、英国のパスポートは女王陛下が国民に与えるもの。だから、女王はもっていないのだ。

どういう意味かというとーー。

日本のパスポートを見ると「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の所管に要請する。 日本国外務大臣」とある。

同じような文面は、英国のパスポート(というより世界中のパスポート)に存在するが、英国の場合は、「女王陛下の国務長官が、女王陛下の名において、国民の保護を要請云々」と書いてある(国務長官は外務大臣に相当する)。

もともと英国の内閣は「女王陛下の政府(Her Majesty's government)」なのだ(映画の「007」も「女王陛下の007」である)。

これは英連邦王国やカナダでも同じである。英連邦の各国では女王の名において各国総督が、カナダでは女王の名において外務大臣が国民の保護を要請する。

そして女王だけは、外国に旅行するときパスポートが必要ないし、そもそも持っていない。

国家元首とパスポートの誤り

さて、日本ではどうだろうか。

日本の皇族は、パスポートを持っていない。外国に行くときは、1回のみ有効のパスポートを渡されるという。

また、天皇陛下はパスポートを持っていないという。

様々な記事に国家元首はパスポートは必要ないから、天皇陛下はもっていないという説明があるが、間違いである。

以下のビデオを見ていただきたい。

アメリカの大統領も、フランスの大統領も、国民に選ばれた国家元首だが、パスポートを持っている。外国に行くときは所持しているという(お付きの人間が持っているらしい)。

以下のビデオが参考になるだろう(1分17秒)。

このビデオでは、オバマ大統領(当時)の秘書のカティさんが「私の最初の仕事の一つは、オバマ氏のために大統領のための新しいパスポートを申請することでした」と語っている。

そして大統領のパスポートは、「アイゼンハワー・エグゼクティブ・オフィス・ビルディングにある金庫の中に安全に保管されています」と言い、次に担当の男性が登場する。

「大統領のパスポートは、他のホワイトハウスのスタッフのものと一緒に、ここに保管されています」と言いながら、オバマ大統領のパスポートを見せてくれる。

「他の人と同じように、カスタムのハンコが押されています」。そして最後のほうのページを見せながら「ここには『保持者はアメリカ合衆国大統領』と書かれています」と解説する。

アメリカ大統領もフランス大統領も「外交旅券(パスポート)」のカテゴリーに入るものを所持している。これは外交特権があるもので、一般国民のパスポートとは異なる。外交官や政府要人などに与えられる。

日本のダブルスタンダード?

ということは、「ある国のパスポート保持者は、その国の国民」という世界が認める「国民」の基準に照らし合わせると、どういうことになるだろうか。

アメリカ大統領はアメリカ国民、フランス大統領はフランス国民、英国王室のメンバーは女王以外はみんな英国国民、ただしエリザベス女王だけは国民の上に立つ君主だから、国民とは違うーーということになるようだ。

日本の皇族は、外国に行き来して滞在する時だけ、その時1回のみ「国民」になることが保障されていると言えないだろうか。

つまり、皇族は、国内にいるときは伊吹氏の主張のように「国民ではない」という立場におかれているかもしれないが、外国に出るときは、国際標準に合わせて「国民」になっていると。しかし、そのことに異を唱える声を聞いたことがない。ダブルスタンダードではないだろうか。

「我々はある意味で無国籍者なんだな」と皇族

『天皇と戸籍』という本があり、その中には『文藝春秋』1976年2月号に掲載された皇族の座談会が引用されているという。

その中で出席者の一人は、「我々はある意味で無国籍者なんだな」「基本的人権ってのはあんまりないんじゃない?」と発言しているという。

この「無国籍」という言葉は、実は眞子さまと圭さん問題を見ていたときに、よく頭に浮かんだものだ。実際、皇族の方が自分がそうだと発言していると知って、ドキっとした。

ドキっとしたのは、フランスで法律の資格をもって働く友人との会話のためだ。

眞子さまと圭さん問題を話したところ、そのフランス人の友人は「二人はヘンリー王子とメーガンさんみたいに外国に住んだらどうか」というのだ。

「外国に住んでも、警備の問題があって、誰が高額な費用を出すのかという問題が出てくる。ヘンリー王子のときもそうだったでしょう? それに皇族は、戸籍がないんだって。パスポートも持ってないみたいよ」

(戸籍にぴったり該当するものは仏英にはないが、大体同じような機能を果たすものは仏語ではEtat Civil、英語ではCivil Statusである)。

「それなら、無国籍者か亡命の申請をしたらどうかな。そのプリンセスは、『自分には戸籍すらない。基本的人権が保障されていない。好きな人と結婚することもできない。私は愛する人と結婚したいのだ』と言って、フランスに亡命か無国籍者として保護を求めたら、受け入れられるかもしれないよ。助けてくれるアソシエーション(団体)もあるかもね」と、本気とも冗談ともつかないことを言った。

「無国籍の人」というカテゴリーは、世界に存在するのだ。

国連の定義によると、無国籍者の地位に関する1954年条約の第1条(1)では、無国籍者を「いかなる国からも、その法律の運用下で国民とみなされない者」と定義している。

伊吹氏は「皇族方は、法律的には日本国民ではあられない」と言っているが、これを文字通りにとるのなら、先の皇族が自分を語ったように、国連の「無国籍者」の定義にあてはまる可能性があるのではないか。

皇族が国連の定める無国籍者の可能性・・・世界にはそういう考えもあるのかと、びっくりすると同時に、考え込んでしまった。

国籍の世界と無国籍者

無国籍者とはなんだろうか。

世界では、人間は国ごとに考えられている。ただの外国人旅行者であろうと亡命者であろうと、人間に保護を与えるのには、どこかの国の国民であることが大大大前提になっている。

世の中では、簡単に亡命とか移民とか難民という言葉を使うが、亡命や難民が法的に認められて、国際法と各国法にのっとった保護を受けるのは大変だ。

関係者が、法的な保護を与えるよう検討するにあたって、まず本人に聞く大事な質問は「パスポートなど、あなたの国籍を示す書類はないですか」である。どこかの国の国民でなくてはならない。そしてそれを証明する書類が必要なのだ。無国籍者は、なんらかの理由で、それが不可能な人たちということになる。

無国籍者は国連によると、世界に何百万人とも一千万人とも言われるが(内3分の1は子供)、正確な数はわからない。

アメリカのシンクタンクCMSによると、彼らの保護が一番進んでいるのが、フランス、スペイン、スウェーデンだ。アメリカには、無国籍者を認識し、特定の政治的・経済的ニーズに対応するための一貫した法的枠組みがないのだという。

例えばフランスとスペインは、無国籍とみなされた人々に在留許可証を発行している。フランスでは、無国籍者であっても結婚もできるし、外国旅行もできる資格が与えられる。

フランスの該当機関の公式ホームページには「いかなる状況においても、フランスの民事登記官は、該当者が出身国の当局に接近させないようにするべきであり、また、該当者がそうするように促すべきではない」と述べている。

つまり、フランス国が該当者を守るべきだという意味である。無国籍者は、民主主義の制度が整っていれば、現れることはまずない。あるいは戦火や被害にまみれた国に現れる。そのような所から必死で逃れた人が、出身国の当局に接触すると、ロクなことが起きないということだろう。

さすが国連の「世界人権宣言」の基になった人権宣言を発した国だけのことはあると思う。

(余談だが、筆者は以前、無国籍者に対するフランスの法整備を知ったとき、「欧米ってすごいんだなあ」と思った。今から思うと、その感想は間違ってはいなかったが、無知だった。すごいはずである、フランスは世界一か二を争うのだから)。

「我々は無国籍者のようなもの」と発言した皇族の方は、国際法や世界の人権問題などに知識がある方だったのかもしれない。でも、皇族が自ら「無国籍者のようなもの」と認めている状況なんて、あまりにもひどすぎるのではないか。

人間の誰一人として、生まれる場所は選べない。自分の生まれた場所、生まれた環境、生まれた家、生まれた親などから逃れたい人は、どうすればいいのだろうか。

ちなみにヘンリー王子は、パスポートをもっていて「英国国民」と証明するものがある。

さらに言えば、アメリカに短期間滞在の旅行者の資格ではなくて、長期滞在する資格は「アメリカ国籍者の夫であり、アメリカ国籍者の父親」なので問題ないと思う。ヘンリー王子は、アメリカ人と結婚することで、<自由へのパスポート>を手に入れたと言えるだろう。

前述の横田耕一・九州大学名誉教授は、「皇族の結婚を制約する根拠は皇室典範の中にありません」。だから「仮に皇族には憲法が適用されないという立場から考えても、法的に眞子さまが制約を受けるということはありません」と語っている。

眞子さまは女性だから、結婚すれば一般国民になれる。でも男性にはその方法もないというのは、逆差別ではないだろうか(もっとも男性皇族はほとんどいないが・・・)。

法治国家にふさわしい法整備を

共同通信社が今年5月に皇室に関する世論調査を発表した。

陛下に期待する活動(2つまで回答)の1位は「海外訪問や外国賓客のもてなしなど国際親善」で56%、皇后さまに期待する活動でもトップで58%だった(ちなみに天皇、皇后両陛下とも「被災地のお見舞い」が2位だった)。

日本人は皇族に、国際親善と皇室外交を求めているのだ。実際、天皇陛下ご夫妻が、外国の要人達と堂々とにこやかに交流するのを見ると、なんだか嬉しくなるが、そういう人は多いのではないか。

そのような時代に、皇族が国民かどうかすら説明がつかない法の状態は、いかがなものかと思う。いくら日本のことは日本で決めればいいと言っても、限度というものがあるのではないか。日本は法治国家だし、先進国であるはずだ。

時は令和、21世紀だ。皇族の法的立場について、国際的に矛盾なく、きちんと説明できる法体制を整えるべき時が来ているのではないだろうか。

参考記事:令和時代の皇室について考えたいこと:少数派の自覚をもち、国際社会と移民=新日本人に対して説明責任を

《追記》伊吹氏の発言に異論を唱えたが、氏の発言の趣旨である、秋篠宮様は大変辛い立場にあり、小室圭さんは説明責任を果たすべきだ、というのは同感である。親の借金問題を、当時未成年の圭さんにかぶせるのはいかがなものかとは思うが、結婚という人生の重大な場面なのだから、やはり説明は必要だと思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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