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スレイマニ氏殺害で、欧州の国々とEUの反応は。NATO会議の結果は:米国とイランの関係悪化

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
1月6日、NATOの会議後の記者会見に臨むストルテンベルグ事務総長。ブリュッセル(写真:ロイター/アフロ)

スレイマニ氏殺害で、アメリカとイランの間の緊張が高まっている。

1月10日には、国連安全保障理事会が開かれる。ヨーロッパ各国や欧州連合(EU)、そして北大西洋条約機構(NATO)の反応はどういうものなのだろう。

欧州の不安と不満

欧州にとってこのように中東情勢が不安定になると、最も困る点は2点ある。

一つは、また難民や移民が押し寄せてくるのではないかという不安。

もう一つは、日本と同じで、ホルムズ海峡またはサウジアラビアの石油施設の閉鎖に脅かされると、エネルギー供給に問題が起こるという点である。

中東は、アメリカよりも圧倒的に欧州に近い。核も含めた軍事的脅威は、アメリカの一般人にとっては「海の向こうの、遠い地域の出来事」かもしれないが、ヨーロッパの人々にとっては、より身近で深刻な問題となる。

トランプ大統領が、イランとの核合意を破棄したことは、ヨーロッパにとっては大いに不満なことであった。でも、欧州の国々やEUにできることは、あまりなかった。それはオバマの時もトランプの時も同じである。軍事はEUではなくて、アメリカ主導のNATOの枠組みで動いているからだ。

欧州にとっての最重要課題は「アメリカとの同盟関係を損なうことなく、状況がエスカレートしないように外交努力をすること」である。難しい舵取りだ。

まるで日本のようでもある。

欧州ではどんな動きがあったのか

それでは、1月2日にスレイマニ司令官が殺害されてから、欧州ではどのような動きがあったのか。

全員が口をそろえて「状況をエスカレートさせてはならない」と、呪文のように訴えていた。

まず、ボレルEU上級代表(外務・安全保障大臣に相当)は、「最も重要なのは、地域の安定化である」「EUは、影響力をもちうるすべての関係者とパートナーに、この決定的に重要な瞬間に、最大限の抑制を行い、責任を示すように呼びかける」と述べた。そして、イランのジャヴァド・ザリフ外相を協議に招いた。

EU加盟国は、ほとんどがNATOの加盟国でもある。(※スウェーデン、フィンランド、アイルランド、オーストリアは、EUには入っているがNATOには入っていない)。

次に、メルケル独首相、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相の3人は、1月6日に共同声明を出した。

ここでも「すべての当事者が最大限の抑制を行使する」を求め、「事態悪化を防ぐ緊急の必要性」「イラクにおける現在の暴力のサイクルは終わらなければならない」と述べた。そして「イラクの主権と安全を守ること」を繰り返し、「別の危機が、イラクを安定させるための長年の努力を危うくするリスクがある」と述べた。「別の危機」とは、ずいぶんあいまいな言い方だ。

さらに、イスラム国(IS)との戦いは「優先度が高い」と声明は付け加えている。イラク議会は5日、外国部隊(アメリカ軍)の駐留を終わらせる決議を採択したが、3人の首脳はイラク当局に、過激派と闘うアメリカ主導の連合に援助をし続けるよう促した。

1月5日にフランスのマクロン大統領は、トランプ大統領と電話会談をした。その後、テヘランには「地域の不安定性をさらに悪化させる可能性のある軍事的エスカレーション」を控えるよう求め、エルサレムには「イスラエル軍の不安定化活動」を止めるように伝えた。(今回の思いがけない事件で、最も真っ青になっている国の一つは、イスラエルだろう)。

フランスは、2019年夏の終わり以来、イランの核合意を救うために多額の投資を行ってきた。トランプ大統領を批判することなく、均衡の位置を維持しようとしている。 「私たちは常に、この地域でのイランの影響を監視しなければならないと言ってきました。私たちはどちらかの側に身を置いてはいけないのです」とエリゼ宮(大統領府)は語っている。

アメリカを非難できない

この「トランプ大統領を批判せず」というのは、大事なポイントである。

日曜日の夕方には、上述のようにマクロン大統領、メルケル首相、ジョンソン首相が共同宣言に署名したが、事態悪化を避けることを求めただけである。

フランスは、3日金曜日以降、トルコのエルドアン大統領や、アブダビ皇太子、プーチン大統領と会談し、関係者との会談後には公式報告書も発表しているが、スレイマニ氏殺害については一切言及されていなかったという。

このような欧州の態度に、ポンペオ米国務長官は、ヨーロッパ人はワシントンを支援するのに十分「有用」ではなかったと述べた。

同盟国アメリカの顔を決してつぶさず、平和を求めるところは、欧州と日本は似ている。しかし日本と決定的に違うところは、欧州の国々はNATO同盟国の義務として、自国の軍隊が、訓練だとか演習だとかの言い訳ではなく、戦争をするためにイラクに行かなければならないかもしれないことだ。

だからイラク情勢は厳密にどうなのか、イラクのアメリカ軍は撤退するのか残留するのか、聖戦を主張する兵士たちとの闘いはどうなるのか、差し迫った問題なのだ。憲法9条を盾にとっている日本と、まったく状況が異なる。

エリゼ宮は「我々は、すぐに出発するわけではありません」と言う。とにかくエスカレートしないように、国際的な連帯が必要である。ル・ドリアン仏外務大臣は、イラクのマフディ首相に、電話でこのことを繰り返し訴えたという。

反米的な空気が高まるイラクで、イラク議会が米軍など全外国軍の撤退を求める議決をしたので、懸念を表明したのだろう(ただし圧倒的多数ではなく、過半数を少し上回った決議だった)。

NATOの会議の様子

1月6日に、NATOの会議がブリュッセルで開かれた。

ストルテンベルグ事務総長は、29人のNATO大使を緊急に招集、アメリカの外交代表が複数参加したという。

ここでも、さらなる暴力と挑発を避けるよう、報復を宣言していたイラン側に呼びかけた。ここ数年、アメリカと欧州のはざまに立って、苦虫をつぶしたようなストルテンベルグ事務総長(ノルウェー人)の顔を見るのは、なれっこになっている。

アメリカの外交代表者たちは、トランプ政権の「姿勢と決定要因」を説明した。そして、テヘランに対する抑止力は回復していると見ている――と、ある参加者は要約した。

彼らは、28の同盟国を安心させることを目指していた――事態のエスカレートを避けることは、今やアメリカの要求でもあり、イスラム国(IS)との戦いが優先事項のままでなければならない。したがって重要なのは、ダーイッシュ(イスラム国)に対抗する国際的な連携の活動を継続することが必要だと、イラク当局にはやく納得させることである、と報道官は報告している。

ストルテンベルグ事務総長は、アメリカがとったイランの軍事戦略に対抗する行動についてどう思うかと聞かれて、回答を注意深く避けたものの、スレイマニ氏の殺害は「アメリカによる決定の結果であり、EUやNATOからではありません」とは答えた。

今のところは、イラクへのNATOの軍事訓練および訓練任務は一時撤退すると決められた。状況が許し次第、再開されるという。

この撤退をどうみるか。急激に高まるイラクでの緊張を緩和するために必要と見たのか、本音の部分で欧州はさっさと撤退したかったのか。

7日には、ドイツが、イラクに駐留する約120人のうち35人を隣国に退避させ、イタリアも約50人、イギリスも約50人、その他ルーマニア、クロアチア、スロバキア、そしてカナダも退避を発表した。

ちなみに、EUの民間任務は、維持される予定である。

この日の会議は平穏に終わったが、ある関係者がこっそりと「スレイマニ氏のために泣いている人は一人もいない」と語ったと、ル・モンド紙は伝えている。

独自の外交努力を続けるEU

1月10日は、国連安保理のほかに、ブリュッセルでEU担当外相の緊急会議も開かれる。

議題は、イランの核をめぐるウイーン合意を救うために、何ができるかである。

ウイーン合意は、2015年にオバマ政権で実現したものだ。イランは国際原子力機関(IAEA)による核査察を受け入れ、武力に頼らない核合意に達したのである。

署名したのは、アメリカ、イラン、EU(ユンケル委員長)、フランス、イギリス、ドイツ、ロシア、中国であった。

欧州はこの合意を大歓迎していた。今でも覚えている。その日のル・モンドの一面には「歴史的合意」と大きく書かれていた。

イランはウイーン合意を忠実に守っていたのに、トランプ大統領が脱退してしまった。このことに不満な欧州とアメリカで、意見が対立してきた。でも前述したように、NATO同盟国として、トランプ大統領を表立って非難することはしていない。

最初に書いたように、ボレルEU上級代表がイランのザリフ外相をブリュッセルに招待したのは、このためだ。ボレル氏は「ウイーン合意の取り決めを続けるべきだという相互の理解があるが、イラン人はどうしたいのか。どのようにしたいのかを決めて私達に告げるかは、イラン人次第である」と述べ、返事を待っているという。

もしイランが平和を望むときが来るのなら、あるいは膠着状態や袋小路から抜け出したいと願うなら、そのときはEUに頼るのだろうか。

さらに、フォンデアライエン新欧州委員会委員長は、1月6日に「外交のためのスペースの創設」を呼びかけた。少なくともイランは、今でもIAEAのメンバーが自国の領土にいることを許可しているのである。

EUのできることは少ない。それでは、軍事は常に国家主権の問題で、フランスやイギリスという国家なら何かができるかというと、結局NATOの枠組みで、アメリカというリーダーに逆らえない(というより、守られるのに慣れてしまっていた。日本と同じように)。

主権とは一体なんだろうか。

もしトランプ大統領が2期目を続投するのなら、その間に欧州の国々はNATO離れを望むようになり、軍事方面でのEUの主権を強くしていこうとする意識が高まっていくのではないか。スレイマニ氏殺害は、後世に「あの事件は欧と米の分離、そしてEUの『独立』の、一つの重要なポイントだった」と語られる出来事になるのかもしれない。

立場は似ているのに、団結してゆく欧州の国々と異なり、日本のなんと孤独なことか。日本を取り巻く隣国の状況のほうが厳しいのに。

参考記事:多国間主義が崩壊していく「野蛮人」の世界で、主権のために何をすべきか。ブレグジットで

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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