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さようなら、イギリス。EUは27カ国に。なぜこうなった?5つの理由(ブレグジット)

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
投票を終えて夜中に集計中の人たち。 Esherにて。(写真:ロイター/アフロ)

これを書いている現在は、イギリスで12月13日の午前0時すぎ、ヨーロッパ中央時間で午前1時過ぎである。

12日に行われたイギリス総選挙は、2時間ほど前の22時に締め切られ、すぐに出口調査の結果が発表された。

まだ正式な結果は出ていないが、出口調査は以下の通り。大変気になる投票率は、まだ出ていない。

◎保守党:368議席(+51)歴史的大勝利

◎労働党:191議席(−71)歴史的大敗北

◎スコットランド国民(民族)党:55議席(+20)

◎自民党:13議席(+1)

◎プライド・カムリ(ウエールズの独立を目指す党):3議席(−1)

◎緑の党:1議席(変化なし)

◎ブレグジット党:0議席

◎その他:19議席(うち18は北アイルランドの議席)

「やっぱり」と思う結果だった。欧州連合(EU)のたくさんの市民が、肩を落としているだろう。筆者も本当に残念だし、がっかりしている。

それでもEU機構側は、この結果にほっとしているようだ。

EUのサミットでは、アイルランドのバラッカー首相によると、首脳達は「離脱派でも残留派でもいいから、過半数を取ってほしい。不確実な宙ぶらりん状態の議会だけはやめてほしい」と語っていたそうだ。

要するに「EUから出ていきたければ出ていけばいい。いい加減さっさと決めろ」ということだろう。

なぜこうなったのだろうか。

結果が出たばかりなので、まとまりに欠ける点はご容赦願いたい。

筆者の出発点である疑問点は、こういうことだ。

「なぜ保守党が大勝したのか、なぜジョンソン首相の離脱案は支持されたのか。『グローバル化疲れ』は実際に存在するし、よくアメリカが引き合いに出される。日本人にもわかりやすい感情だ。しかしこれは、必要な分析の半分に過ぎないだろう。アメリカも日本もEUには入っていないのだから。EUの国々だって、グローバル疲れをしている。それでも今でも27カ国も団結しているのに、なぜそこから抜けたかったのか」

1,内容がわかりにくい上に、疲れている

ジョンソン首相がEUと合意した離脱案を、イギリス市民は支持するのか否か。

支持しないのなら、どういう離脱案が支持を得られるのか。知りたいところだったが、ブレグジットの中身の詳細な議論はほとんどなかった。

EUのシステムはわかりにくい。関税同盟だの、単一市場だの、おそらくほとんどの人は、何だかよくわかっていないと思う(それはイギリスも欧州大陸側も同じである)。

今まで「どのような離脱をするか」をめぐって、2016年6月23日の国民投票以来、あれほど議論してきた。下院では、あれほど声を荒らげたり、罵ったりさえする混乱が展開されてきた。

実際、二人の首相――メイ首相とジョンソン首相は、欧州連合(EU)とは異なる2つの合意を引き出した。

離脱するにしても、内容によって国の運命を左右するほど大きな違いとなるのに、それが選挙の争点にはなっていない。

一体今までの騒ぎは何だったのか。

EU側も疲れているが、イギリス人の「ブレグジット疲れ」も相当なものだったのだろう。離脱の内容を議論するまでもなく「もう終わらせたい」という思いがつのったに違いない。

そして、離脱の内容まで議論しないのには、もうひとつ理由があったと思う。

2,総選挙だから。

これはEU離脱か残留を尋ねる、あるいは、どういうやり方で離脱するかを問う「国民投票」ではない。総選挙である。

「ブレグジット選挙」と呼ばれたが、総選挙で人々が投票の際に最も考えるのは、自分の生活の問題である。つまり、国内問題である。

保険・医療ーー今回は特にこれが問題になったがーー、雇用(失業)、景気、税金、年金、教育、補助、地域活性などである。

だからこそ、労働党は国内の社会政策、特に「国民保険」の問題を前面に押し出した。

今までどの国であっても、EUが大きな問題となったとしても、それは総選挙では争点の一つに過ぎず、一番の争点になることはほとんどなかった。EUというより「国際問題」と言ったほうがいいかもしれない(自国が加盟国なのだから「国際」というのは変かもしれないが)。

今回のイギリスの総選挙は異なり、歴史的な例外となるのだろうか――筆者はそこを注目して見ていた。

しかし、労働党がブレグジットに賛成なのか反対なのか、逃げて態度を明確にしなかったこともあり、よくわからない状態が続いていた。

一番よくわからないのは、人々の現状の生活の不満が、どうブレグジットに結びつくのかである。

グローバル化に反対。それはわかる。アメリカ人にも日本人にもわかる感情だ。

「赤い壁」と呼ばれた堅固な労働党の基盤の選挙区の人々は、「見放された」という意識が強いという。沈みゆく地域の雇用問題などから、労働党に見切りをつけて、ライバルの保守党に投票した。それはわかるのだが、なぜそれがブレグジットに結びつくのだろう。

単純に「グローバル化=EU」という図式が成り立ってしまっていたのだろう。

そして、大半の人々の心に届いたのは、「EUから離脱して、自分の国のことは自分で決めるようにすれば、現状の不満は解消してうまくいくに違いない」という、漠然としたイメージだったのではないか。

EUと関係ないアメリカ人や日本人が、世界のグローバル化の波に苦しんでいることには、考えが及ばなかったのだろうか。

つまり、結局ジョンソン首相は、「EU」という敵をつくって票をまとめただけではないのか。人々は、国民投票以来、引き裂かれた母国を憂い、現状に嫌気が差していた。ジョンソン首相の手法は、EUという「敵」のもとに「離脱を成し遂げよう!(Get Brexit Done!) 」と、国民に「One nation」(一つの国民・国家)として団結を訴えるという、一見奇妙なものだった。

EU離脱と残留はどちらが国のためになるのか、離脱するのならどういう方法が一番良いのか――このような本来の議論は影を潜めた。とにかく離脱することが目的となり、その目的のもとに、人々が一つにまとまれるほうに安堵を感じてしまったのではないか。

国民投票の際、赤い大型バスで「毎週3億5000万ポンドをEUに送っている。そのお金を国民保険にまわせ」というVote Leaveの大キャンペーンがあった。ジョンソン氏は、「その額は少なすぎる」とさえ主張していた。

あの数字は間違いであり、あまりにも誇大すぎると、専門家の声を交えて何度もメディアが報じたのに、いまだに約半数のイギリス人が信じているという調査が、昨年あった。 

あの詐欺まがいの強烈な赤いバスのキャンペーンは、今でも多くのイギリス人の頭の中に焼き付いてしまっているのだろう。あのバスこそが、現状の不満をブレグジットにリンクさせた、最悪の罪の象徴だったのではないか。

ヒトラーのセリフを思い出してしまう。「政府や指導者にとって、嘘は大きければ大きいほどいい」「大衆はドラマチックな嘘には簡単に乗せられてしまうものだ」。

元保守党のニック・ボウルズ下院議員は、今回の総選挙について「うそをつかずにいられないうそつき」(ジョンソン首相)と、「全体主義者」(コービン労働党党首)のどちらかを選ばなくてはならない、「とんでもない二者択一」だと言ったという。

3,中道左派の不在

コービン党首は、「マルクス主義者」と呼ばれることもある。あれもこれも国有化を政策として掲げていたからだ。

筆者は、総選挙のキャンペーンが始まってから、ずっとイギリス左派の特殊性について考えてきた。

ここまでEUがやり玉に上がって、イギリスが極右がかっているのは、イギリスに穏健な左派が不在になったからだという強い確信があるからだ。

穏健な左派が、弱ってはいるが健在な欧州大陸にいると、今のイギリスの極端ないびつさが見えるのだ。日本からも、イギリスの欠点は見えにくいかもしれない。

左派とは何か。

思想的には、あのすさまじい移民の大群を前にして「彼らは私達と同じ人間だ。困っている人に手を差し伸べるべきだ」と言う思想のことである。(ただし、手を差し伸べて人道援助するのと、自分の国に移民として居住を受け入れるのは、まったく異なる立ち位置である。国の違いよりも大きい違いである)。「人権を語る資格を失いたくない思い」と言ってもいい。

経済的には、社会福祉を手厚くする制度を訴える思想である。お金持ちを優遇するよりも、困っている人を見捨てるよりも、「人間としての連帯」を訴えることである。

中道右派でEU残留派の人(=むしろEUグローバルの経済的恩恵を重視する人々)は、自民党に投票すればいい。では、中道左派でEU残留派の人(=行き過ぎた経済のグローバル化にはむしろ批判的だが、ヨーロッパ人や人間としての連帯は重視する人々)はどこに投票すればいいのか。受け皿になる党が、今のイギリスにない。

コービン党首の政策の主張は、中道左派ではなく、もはや極左である。極左は近年では欧州で勢力を伸ばしてきているが、西欧で政権を取るのは無理である。

そして労働党支持者が保守党に投票したのも「極左から極右にふれた」と考えると、わかりやすいのかもしれない。両極とは似るものだ。

参考記事:日本には存在しない欧州の新極左とは。(3) EUの本質や極右等、欧州の今はどうなっているか

歴史的に、EUの建設は、中道右派と中道左派という二つの政党が共に進めてきたものだ。どの加盟国でも、両者が多数派で中核をなしているものだ――通常は。

しかし移民問題のせいで、中道右派が「極右に票をとられたくない」と極右により近くなり、中道左派が弱ってきて一部が極左に傾いていった――これは西欧に共通して見られた現象である。

しかしそれでも、最近では、EU加盟国の中道右派政党は、理性を取り戻し始めている。そして、中道左派政党は弱ったものの、イタリアの民主党やドイツの社民党のように健在だったり、オランダやドイツのように環境政党が受け皿になったり、フランスの「共和国前進」(マクロンの党)のように新しい「中道」が生まれたりしている。

どの国も、一応移民危機をもちこたえた。それを支えたのは、激しい移民流入を止めた政策と、人権思想のふるさとである欧州大陸で、左派がもちこたえたからである。

それなのに、なぜイギリスは違うのだろうか。なぜイギリスの左派はこうなってしまったのだろうか。

まだ考えがまとまらないが、イギリスが階級社会だったことと無縁ではないだろう。

そもそも、なぜ「社会党」とかいう名前じゃなくて、「労働党」なんていう古臭い名前なのか。

それは昔から80年代まで、イギリスはずーっと階級社会だったからである。

80年代にはまだ、パブで「労働者階級用の入り口」と「中流以上の人の入り口」が分かれている所があったそうだ。パブの中には線など引かれていないが、常連の誰もが知っている「越えてはならない、階級を分ける内部スペースの線」が存在したという。

音楽が好きな人になら、このころからイギリス・ロックは変質したというと、わかりやすいかもしれない。階級社会をなくす方向に向かわせる貴族院の大改革をしたのは、ブレア首相(当時・労働党)である。

今、格差社会と嘆いているが、階級社会じゃなくて格差社会になったのは、イギリスの大進歩なのだ。

イギリスの中道左派は、国内の階級社会の解消に貢献したが、他の西欧の大国と比べて半世紀(以上)遅れた。他国では、左派の「階級社会の解消」という任務は、20世紀前半までに、もうとっくに革命が起こって終えていたのだから。

この遅れは、労働党が、社会党や社民党に脱皮する機会がみつけられなかった理由の一つだと思う。

それに、中道左派層の中には、多くの知識人が入るのが常道である。彼らがまとまるベースがない。

結局、最後まで「EU残留派」は一致団結する方法を知らなかった。国民投票では、約48%が残留に投票したのにもかかわらず、である。

これはEUという存在の難しさ、捉えにくさも関係しているが、やはり後ろ盾になる中道左派の政党がないからだと思う。もし存在していたら、自民党と共同キャンペーンを張ることもできたかもしれないのに。

日本でシールズという若者の新しい活動が生まれたのに、あっさり消えてしまったのが、後ろ盾となる政党や強力な団体がなかったからなのと同じである。

4,羊の群れ

超乱暴に一言で言うのなら、多くの人が「何が正解かわからない」のだろう。

EUでビジネスをして稼いでいるとはっきり自覚している人は、イギリス市民全体から見たら多数派ではない(これから離脱したら気付くかもしれない)。EUと関連した仕事をしているからこそ、EUのお役所仕事が心底嫌になった人も、多数派ではない。

一方、EUも含むグローバル化のために失業した人、逆にEU離脱のために工場閉鎖で失業した人、そのような人も多数派ではない。そして、EUの恩恵を受けて留学したり就職したりという人も、比較的若い世代の大学に行く層に限られて、多数派ではない。

つまり、揺るぎない信念があって「離脱に賛成・反対」という人は、全体から見たらそれぞれ過半数を超えないのだろう。かつて小泉純一郎首相(当時)が、「大きな変換となる政策を掲げると、賛成3割、反対3割、わからない4割だ(25%、25%、50%だったかもしれない)」と言ったことがある(資料がみつからず、うろ覚えで申し訳ないです)。それと近いのかもしれない。

これは一般市民だけではない。肝心の議員も同じである。

以前の原稿で書いたように、3月29日の下院議会の投票では、メイ首相が結んだEU合意案に、277人の保守党議員が賛成したのだ。

しかし一転、野党を中心に提出された9月3日の「合意なき離脱を阻止する法案」では、286人の保守党議員が「合意なき離脱もやむなし」としたのだ。

あっちへこっちへと、この議員達は何を考えているのか。

議員はEU問題で当選した訳ではない。日本と同じように「あなたの生活を良くします」と言って当選したのだ。そして、議員が全員、EUだの国際問題だのに詳しいわけではない。これも日本と同じだ。

参考記事:なぜ総選挙案は否決されたか:まとまりゆく保守党と、反対しか能がない労働党。イギリス・ブレグジットで

羊の群れには、強いリーダーが必要だ。人々が疲れているときには、最後まで精力的で声が大きいものが勝つ。

それは、「うそつき」と批判され相当うさんくさいが、天才的にパフォーマンス上手で言葉上手で、大変愛嬌がある「ボリス」だったのだ。

5,島国だから

これを言ってはお終いなのだが、言わずにはいられない。

国民投票で「離脱」となったとき、ほとんどのヨーロッパ人が驚いた。

そしてトマ・ピケティは開口一番に言った。「やはりイギリスは島国だ」と。

まったく同感である。

筆者は「フランスで何を一番学んだか」と聞かれたら、「大陸感覚だ」と答えている。大陸だから、人を締め出すことは難しい。陸はつながっているのだ。日本の県境を国単位でやっていると想像してもらえたら、近いだろう。EUはやはり「欧州大陸連合」なのだろう。

*  *  *  *  *

今後問題になるのは、スコットランドなのは間違いない。スコットランドは、20近くも議席数を増やした。イギリスが独立住民投票を二度と許可することはないだろうが、「独立してEUに加盟したい」という願いを、EUはどう受け止めるのだろうか。

イギリス人には「日本と同じになりましたね。これからは、たとえ属国のような位置になっても、アメリカには逆らわないほうがいいですよ」と忠告したほうがいいだろうか。それとも、EUとの摩擦が大きくなれば、ロシアにすり寄っていくのだろうか。中国への「ひどい こびへつらい」(Financial Timesの表現)は、キャメロン首相時代に前例があるだけに、日本としては注視が必要になるだろう。

参考記事(ニューズウイーク日本版):イギリスの半数はEU離脱を望んでいないのに、なぜジョンソンが大勝したのか(筆者執筆)

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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