ジョンソン首相の奇妙な延期要請書簡に対してEUの反応は? どう回答するのか:イギリス・ブレグジット

10月17日首脳会議で離脱合意案をまとめ最後の熱いお別れをしたはずだったが・・・(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

※これは10月21日の原稿です。最新の情勢(10月25日)を知りたい方は、ここをクリックしてください。

またぞろイギリス下院が混乱している。

欧州連合(EU)が、このように「ジョンソン首相の要望」と「英下院議会からの要望」に挟まれて悩まされる可能性は、以前から見えていた。

しかし、このような時間稼ぎの法案のためにその事態にはまるとは、誰もが思ってもみなかっただろう。本当に次から次へとよく考えるよなあ・・・と、大きなため息をつきながらも感心せずにはいられない。

ジョンソン首相がドナルド・トゥスクEU大統領宛に送った2通の手紙

◎1通目

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半ページ強と短い。どこにもジョンソン首相の名前がなく(英国首相、とのみ)署名もない。宛先も「大統領殿」としか書いていない。書式もそっけない。ジョンソン首相いわく「これは議会が出している手紙である」。

◎2通目

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2枚と長く、ジョンソン首相の名前で直筆の署名もしている。宛先も「親愛なるドナルド」で始まって、首相公邸の正式用紙を使っている。書式も正式である。

昨日日曜日、ブリュッセルの反応

この「法制化手続き」を盾にとった時間稼ぎ法案であり、合意なき離脱を阻止するための法案「離脱協定法案(WAB)」なるものを提出したサー・オリヴァー・レトウィン議員は、ソフトブレグジット派で、政界の裏を知り尽くした人物だという。

今年春、下院議事進行の決定権を議会が掌握することで、ブレグジットについて妥協策を模索した議員団の中心人物であり、ジョンソン首相が除名した21人の保守党議員のうちの一人だ。

そういうイギリス側の意図をよそに、おそらくEU側の誰もが思うであろうことは目に見えている。

「両者でつくった合意案に対して、議会で採決を取ってください」。

これは筆者の推測の域を超えて、99%の確信をもって言える。そこをしてくれないと、何も始まらない、何も決めようがないではないか。

フランスの日経『レ・ゼコー』によると、20日の日曜日、バルニエ交渉官と27カ国のブリュッセル常駐代表が集まった。でもそれは、イギリスから書簡が届いたからではない。もともと「15分」の短い会合をもつ予定だったという。

彼らは、当初の予定通り、ジョンソン首相との合意文書の翻訳を有効文書とする作業をし、それを欧州議会に正式に送った(ちなみにEUの公用言語は24ある)。EU側では今週、ストラスブールの欧州議会でこの合意文書を採択する予定なので、大至急、かつ着々と準備を進めているのだ。

ある外交筋は「英国議会は合意を拒否していないため、方針を変更する必要はありません。EUが条約(合意文書)を批准するために、こちらでは手続きを進めるだけです」と語り、別の外交筋は、ロンドンに対して「団結を示す」ために、欧州側の意志を再確認した、と強調したという。

離脱派の大衆紙サンデーメール。「オリーよ、お前は私をまた別の素晴らしいゴタゴタに陥れたな」とある。オリーとは右のレトウィン議員のこと。
離脱派の大衆紙サンデーメール。「オリーよ、お前は私をまた別の素晴らしいゴタゴタに陥れたな」とある。オリーとは右のレトウィン議員のこと。

短い延期?

各国首脳も既に相当うんざりしているが、ビジネス関係者のイライラはさらに深刻である。

日本では、JETRO(日本貿易振興機構。経産省管轄の独立行政法人)が困っている日本のビジネスパーソンのために、ブレグジット対策に余念がない。日本人関係者も「早く決めてほしい」と嘆いているだろうが、欧州では関係者の数は桁違いに多い。なにせ欧州は、イギリスも含めた単一市場だったのだから、及ぼす影響の規模は日本企業の比ではない。

EU側にとって、イギリスの事情や法律など、この際どうでもいいとは言わないが、二の次だろう。大事なのは、EU加盟国内の幅広いビジネス関係者や欧州市民が、納得できる回答になることだと思う。つまりEUやイギリスの法律や政治の事情などは詳しくない、一般のEU市民や関係者が聞いても、「まあ仕方がない」「妥当だ」と思える対応でなくてはならないという意味だ。

誰もが納得するのは、法律でも政治でもなく、「EUとイギリスの合意内容の発表が17日、それなのに19日にイギリス下院議員に決めろとは、確かに考える時間が少なすぎる」という事実なのではないか。

となると、採択の結果をギリギリまで待つか、ごく短い期間だけ延期を許可するのか、どちらかではないだろうか。

ただし延期の採択は、全27加盟国の全会一致が必要である。1国でも「NO」なら通らない。もしかしたら「延期を拒否」も、可能性としてはないことはないと思う。

3月のメイ前首相による採択の時点で、ユンケル委員長とマクロン大統領は、メルケル首相とトゥスク大統領よりも、より厳格な態度であったという。この状況が再現される可能性があると『レ・ゼコー』は伝える。

19日土曜日に、マクロン大統領とジョンソン首相の電話会談が行われた後、エリゼ宮(フランス大統領府)は「合意文書に対して採択が必要です。時間の付け足しは、誰の利益にもなりません」「合意交渉は終わったのです。承認するか拒否するかは英国議会次第です」と発表した。

今後の考えられる可能性

考えるべき重要な要素は、10月末日で、ユンケル委員長は退任することだ。加盟国から一人ずつが「委員」(大臣のようなもの)として参加して形成されている「ユンケル委員会」は解散するのだ。11月1日からは、新たにデア・ライエン氏が委員長となり、新しい「ライエン委員会」が始動する。

引き継ぎ問題を考えれば、短期の延長というのは、始動したばかりの新しい委員会の負担が大きすぎるのではないか。それならイギリスの望むような長期の延長をすればいいかというと、ユンケル委員長のもとに大至急まとめた合意案が採決もされていないのに、長期延長するとは考えにくい。それに、EUのビジネス関係者や市民の説得が難しい。

そもそもあれほどEU側が大きな妥協をして合意案がまとまったのは、いいかげん誰もがうんざりしているのと、ユンケル委員会がもうすぐ終わってしまうので、その前に白黒をはっきりつけたいという気持ちがあったせいだと思う。

20日には、前述のようにブリュッセルの加盟国EU大使が集まった。公式にはジョンソン首相の2通の手紙については話し合っていないが、どうやら、数日は時間を稼ごうという意見でまとまったらしい。意図は、ジョンソン首相が下院で採決をかけられるように努力しているので、それをやらせようーーということのようだ。

といっても、31日まであと11日しかない。「数日は時間を稼ごう」の数日って何日? 

その他にも推測できる可能性をまとめてみる。

◎とにかくできるだけ早い採決を求め、すべてはその後だと伝える。延期は短期間のみなら行えると伝えるか、あるいは何も言わない。返事の通達は、事務的な(冷たい)言い方になる。こうしてイギリス側に「もしこれ以上延期できなかったらどうしよう」「結局合意なき離脱になってしまうのではないか」という恐れを抱かせて、合意案が可決されるよう心理的に促す。

◎上記と同じだが、返事の通達は、もっと外交的でEU残留派に優しい言い方となる。

◎27カ国の全会一致ができず、延期を正式に拒否する。

今回のレトウィン議員提出の法案の採決結果を見ても、今までの投票結果を見ても、この下院では法案は通りそうにないと思う。やはり「ブレグジット解散総選挙」をするしかないだろうが、したからといって、はっきりとした結果になるのかどうか。ただ「総選挙実施のため」なら、EUはイギリスが求めるような数ヶ月という長い延期に応じる可能性は増すだろう。

それにしても・・・どちらも、あの手この手でよく考えるなあと思う。小泉劇場よりも1万倍面白くてスケールも大きい。小泉劇場には、立っているキャラは小泉首相しかいなかったが、こちらは次々と新しい登場人物が出てくる。この民主主義劇場は、大河ドラマと化している。

こちらも離脱派の大衆紙ザ・メイル。見出しは「バカ共の議会」。左からコービン労働党党首、レトウィン議員、バーコウ下院議長、ハモンド前財務相(メイ前首相の片腕で、21名の「造反」議員のまとめ役)
こちらも離脱派の大衆紙ザ・メイル。見出しは「バカ共の議会」。左からコービン労働党党首、レトウィン議員、バーコウ下院議長、ハモンド前財務相(メイ前首相の片腕で、21名の「造反」議員のまとめ役)