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シェンゲンと共通旅行区域(イギリス+アイルランド)問題。悩む観光業:英国の解体とEUを考える 1

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ラトビアとエストニアのシェンゲン加盟10周年を祝う看板の前で。2017年国境で(写真:ロイター/アフロ)

筆者は、前からずっと気になっていることがある。

英国が欧州連合(EU)から離脱したら、アイルランドはシェンゲン協定に加盟するのだろうか。

もしアイルランドがシェンゲン圏に入ったら、その時は真にアイルランドが英国から離れる時なのではないだろうか。

すぐにではなくても北アイルランドを伴うことが予想されるし、スコットランドにも大きな影響を及ぼすだろう。それはUK、つまり「グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国」の解体につながるのではないか。

「連合王国」に「欧州連合」が重なってしまい、小さいほうの「連合王国」が解体しそうになるのは、歴史の必然なのだろうか。

4回の連載で、このテーマを考えたいと思う。

シェンゲン協定には、EU加盟国の中では、英国とアイルランドだけが入っていないと言ってよいだろう(※今後入る予定で、まだ入っていないEU加盟国もある)。

シェンゲン協定で国境に気づかない

シェンゲン協定とは何か。

既にご存知の方も多いかもしれないが、説明したい。

EU加盟国の中で国境検査を廃止し、人の自由な移動を認める協定だ。「人」とは、EU市民だけではなく、世界中のすべての人である。私達日本人も、恩恵にあずかっている。

欧州大陸を車や列車で旅行したことがある人ならわかると思うが、「あれ、もしかして国境を越えた?」という感じで、いつの間にか国境を越えている。検問所や税関などのコントロールがないので、わからないのだ。

筆者の経験では、フランスのニースから、地中海沿いの一般道路でイタリアに入ると、パネルのデザインや言語が変わるし、何となく町(村?)の風景が異なるので、国境を越えたことに気づきやすい。でもパリからブリュッセルに行くと、大きい道路だし、だだっ広い自然の中なので、国境越えにまったく気がつかない。

友達は、大きなスーツケースがたくさん積まれた国境を越える列車に乗って「こんなの、日本では国際空港に行くエクスプレスの中でしか見ない。大陸なんだね」と感嘆していた。

シェンゲン協定は1985年に、仏独の国境が交わるルクセンブルクの小さい村シェンゲンで結ばれた。当時はフランス・西ドイツ・オランダ・ベルギー・ルクセンブルクの5カ国だけだった。その後どんどん拡大化して、1999年にはアムステルダム条約でEUの法的枠組みの中に組み入れられた。

シェンゲン協定は、EU市民だけではなく、世界中の人々が「欧州は一つである」と感じさせるのに大きく貢献しているのだ。

なぜ英国とアイルランドは入っていないのか

英国とアイルランドは、「共通旅行区域」(the Common Travel Area/CTA)という協定を1923年に結んでいる。

(戦争の折、英国側が一時中止したが、1952年に復活した)。

ただし、これはイギリス人とアイルランド人にのみ適用されるものだ。ここがシェンゲン協定とは違う。イギリス人は自由にアイルランドに行けるし住むこともできる。逆も同じで、アイルランド人は自由にイギリスに行けるし住めるという協定だ。

この英愛の協定は、シェンゲン協定よりも古い。だから、シェンゲンに入りたくないという英国側の希望が受け入れられて、除外が認められているのだ。

ではなぜ、この2カ国はシェンゲン協定に入らなかったのか。

理由は主に3つではないかと思う。

一つは、英国の主権意識の強さ。コモンウエルス(英連邦)をもっていることも関係あるだろう。

次に、両方とも島国であること。シェンゲン協定は大陸だから恩恵を強く感じやすいのであって、島だとそれほどでもない。

そして、北アイルランド問題である。

シェンゲン圏がどんどん拡大しているとき、北アイルランドでは紛争のまっさい中だった。英語では「The Troubles」という。Theがついている所に思いが感じられるとはいえ、トラブルどころではない、もう内戦だと思う。

68から98年の30年間の争いの間、計算すると、1日に平均3回以上の銃による事件があり、約1回の爆発事件が起きていたことになる。1ヶ月ではなく1日である。

アイルランド独立派の民兵組織IRAのテロは凄まじく、北アイルランド以外でもテロ事件を起こしていた。イギリス側は、警察や軍、あるいはアルスター防衛同盟という民兵組織があった。アイルランドと英国の国境には、軍事検問所や監視党、税関があったのだ。国境は頻繁に狙われていて、争いが起きていた。

このような状況で「シェンゲン協定に両国が加盟して、国境を開いて、国境検問をなくして、人の行き来を自由にしよう」などとは、夢のまた夢だった。

当時既に、両国の「共通旅行区域(CTA)」協定は存在していた。しかし北アイルランドだけは別世界だったように見える。

大陸だったら、また違う展開があっただろうに、と思う。北のはじっこで、しかも島だから、よけい閉ざされていったのだろう。

そんな状況に終止符を打ったのが、1998年のベルファスト合意(聖金曜日合意)だった。やっと冷たい平和が訪れて、国境検問はなくなった。トニー・ブレア英首相の功績である。

背景には、ベルリンの壁が崩壊し冷戦が終了して、ドイツが再統一を果たしたこと、単一市場が登場し、1993年にはマーストリヒト条約が発効して、欧州連合が創設されたことがあると思う。激論の末、東側であった元東ドイツも包括することになり、東欧の人も含めた「EU市民」という概念が芽生えだしたのだ。このような大いなる時代の変化が関係あったと思う。

いま、観光業で深刻な影響

さて、北アイルランドに冷たい平和が訪れてから、2016年に英国でEU離脱の国民投票が行われる前までの状況をお話ししたい。

英国とアイルランドがシェンゲン協定に入っていないことは、観光業において大きな問題をもたらしていた。

シェンゲン圏の観光ビザ発効数は、大体において右肩上がりに伸びていた。しかし、イギリスでは、ほぼ横ばいだった。 

世界の過半数の国の人は、ヨーロッパを旅行する際にはビザを取らなければならない。日本のようにビザがいらない国のほうが少ない。

シェンゲン圏にはシェンゲン・ビザというものが存在し、これを取得すれば、シェンゲン加盟国26カ国に、期限内だったら自由に移動して滞在できる。現在、105カ国に適用されている。今は1つのビザさえ取れば、気楽に、例えばローマ、バルセロナ、パリ、ベルリン等を移動して旅行できるし、出張もできる。

シェンゲン圏ができる前は、彼らはイタリア、スペイン、フランス、ドイツ各々が自分の国に課している条件を調べ、(大抵は)4つのビザを申請しなければならなかった。シェンゲン・ビザのおかげで便利になったし、欧州大陸の観光業に大いに貢献した。

ところが、英国とアイルランドは、今もってシェンゲン圏に入っていない。世界の過半数の人は、もし両国に旅行したいと思ったら、別途ビザを申請しなくてはならない。つまり、「ロンドン(ダブリン)と、パリ、ミラノ、ウイーンを周遊したい」と思ったら、2つビザを申請しないといけないのだ。

「ビザを2つも取るのは面倒くさいので行かない」「他の所に行けばいい。欧州大陸には、他にいくらでも魅力的な所はある」となってしまうのだ。

スイスはEU加盟国ではないのに、シェンゲン圏に入っている。この決断には、スイスの観光業界からの要請が大きく反映している。それほどに、ヨーロッパにとって観光産業は大事なのだ。

日本人は知らなかった人が多いのではないか。日本人は、今この瞬間にヨーロッパに行くことを決めたら、パスポートとお財布をもって空港に行けばいい。空港で飛行機のチケットを買って、そのまますぐに渡航できる。

でも、世界の大半の人にとって、そのような自由は存在しない。だから「どの国でシェンゲン・ビザを申請したらおりやすいか」という情報が、ネットに山のように出回っている(シェンゲン加盟国で渡航先のどこか1カ国で申請するシステム。国や時期によって、ゆるい国もあれば、大変厳しい国もある)。

イギリスとアイルランド側で問題が生じたのは、新興国の台頭と、世界的な観光業の発展に大いに関係がある。

昔は、先進国と発展途上国の間に大きな差があった。ビザが免除になるのは、先進国の特権だった。しかし今は、新興国がたくさん登場し、世界中からヨーロッパに旅行者が訪れるようになった。

問題は、そのような国では貧富の差が激しく、ヨーロッパに旅行するような層と、難民や経済移民がいるほど貧しい層が1つの国の中に混在していることだ。

国全体、国民全員が豊かになっていて、政治的にも問題がないのなら、日本に対してと同じようなビザ免除の特権を与えればいい。でも、新興国に対しては難しい。そんなことをしたら、移民を望む人々は旅行者として合法に気軽に入国し、そのまま違法滞在をして居着いてしまう。ビザ取得を義務付けているから、来る人の選択や管理ができるのだ。

このような時代になり、英国では「シェンゲン協定のビザと、英国のビザで、相互承認のシステムが取れないだろうか」という意見があった。

相互承認とは、シェンゲン圏のビザを持っている人なら英国に入れるし、英国のビザをもっている人ならシェンゲン圏に入れるようにする、というシステムだ。

ただEU側にとっては「じゃあ英国がシェンゲン圏に入ればいいだろう。紛争も終わったじゃないか」「良いところ取りをしようとして」という話になるので、英国側が「相互承認を認めてください」とEUでお願いする立場になるだろう。

アイルランド側はどうなのか

観光業でより深刻なのは、アイルランドのほうだった。

英国もアイルランドも、どちらもそれぞれ独自にビザを発給している。EU市民と、日本人のようにビザ免除されている国の人以外は、英国に行くには英国のビザ、アイルランドに行くにはアイルランドのビザを取る必要があった。

それでも英国には、仕事でも観光でもやって来る人たちはいる。世界的な観光業の発展と、欧州での飛躍的な観光客数の伸びの恩恵に浴せないとしても、一定数は常にいるのだ。アイルランドはどうだろう。

アイルランドは、北アイルランド問題のために、シェンゲン圏に入らなかったという。シェンゲン圏に入ったら、北アイルランドに国境審査が出来てしまう。

また「アイルランド人自身が、人々の自由な行き来を望まなかった。入国する人をコントロールしたかったのだ」という見解がある。

そこでアイルランドは、2011年に一方的に「英国のビザを持っている一時滞在者は、アイルランドに入国できる」と決めたのだった。それだけ、観光業の経済的コストが大きくなったのだろう。

なぜ一方的にそう決めて、英国政府と交渉しなかったのか。時間がかかるかもしれない上に、もし英国が同意しなかったら、などのリスクを考えたのだろうと言われている。

ただ、1998年のベルファスト合意の後には、既に抜け道が存在していたことは留意する必要がある。北アイルランドを経由して渡ればいいのだ。

北アイルランドは英国領なので、英国のビザがあれば入ることができる。でも、英領北アイルランドとアイルランド共和国の間には検問がなくなっていたのだから、そのままダブリンでもどこでも、実際には(ばれない限り)行くことが出来ているのだ。もちろん逆のルートも可能だ。

そして2014年、英国とアイルランドは、相互のビザ承認をすることに決めた。まずは中国人とインド人の一時滞在者(主に旅行者)に適用された。一方的にアイルランドが始めたことを、両国できちんと制度化する動きと言えるだろう。

しかし、そこにブレグジットが起きてしまった。

アイルランドの複雑な立場

離脱合意文書には「英国は、アイルランドがEUの加盟国であることと、移動の自由を尊重し続ける。同時に、イギリスとアイルランドの市民が互いの国の間を自由に移動することを可能にしてきた共通旅行地域(CTA)を維持する」とある。

しかし、この両方を維持することは可能なのだろうか。

複雑な立場に置かれたのは、アイルランド人である。

アイルランドはEU加盟国なので、EU市民なら誰でも自由にやってきて住む権利がある。

同時に、アイルランドは、共通旅行区域(CTA)の規則に従って、英国と共にEU市民ではない人々の入域制限を考えなくてはならない。英国から見たら、アイルランドは英国の主権と共にあるということになる。

イギリスに住むアイルランド人は「イギリスがEUから離脱しても、共通旅行区域(CTA)があるから、イギリスに住むことには何の問題もない」と思っているというが、専門家から「EU市民なのだから、安心しきってはいけない」という警告や議論がある。

今ですら、北アイルランドの国境に関してバックストップが問題になっている。合意がある離脱でも問題が生じそうなのに、合意なき離脱になったらどうなるのだろう。

さらに、アイルランドがシェンゲン圏に入ったら、一体どうなるのか。

英語資料を読んでいると、「イギリスがアイルランドに、共通旅行区域(CTA)の恩恵を与えてあげている」という感じの資料が散見する。そこには、根深い歴史の背景がある。

英国のEU離脱後に、アイルランドがシェンゲン圏に入るかどうかの議論は、この歴史や現在の状況を知る必要があると思う。

その知識がもてれば、今なぜこれほど北アイルランドのバックストップが問題になっているか、さらに「連合王国」に「欧州連合」が重なってしまい、小さいほうの「連合王国」が解体しそうになるのは歴史の必然なのか、という問いを考える助けになると思っている。

続く

※このシリーズは3回です。

旅行区域(CTA)の歴史に見る:英国の解体とEUを考える2

ジョンソン首相の英国とEUの未来で、鍵を握るのはアイルランドだ:イギリスの解体と欧州連合を考える 3

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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