Yahoo!ニュース

ジブラルタルの大問題:英国はこの地も将来失うか。ブレグジットでイギリス VS スペイン+EU26カ国

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
イベリア半島南端のジブラルタルは、通称「ザ・ロック(岩)」とも呼ばれる。(写真:アフロ)

今度はジブラルタルである。

英国が欧州連合(EU)を離脱するのに問題なのは、道路に氷が張る凍てつく北アイルランドだけではない。アフリカの砂漠の砂が飛んでくるジブラルタルも同様なのだ。

2月1日にEUの閣僚理事会が、英国が合意なきEU離脱をした場合、EU内に住んでいるイギリス人はどうなるかの処遇についての文書を公表した。

原則として、私達日本人と同じように、90日以内ならビザ無しでシェンゲン圏内に滞在できるーーという内容だったのだが。

ここに、「ジブラルタルはイギリス王領植民地(a colony of the British crown)」と書かれていたのだ。書類の下に小さい文字で付け加えられる脚注に、ひっそり(?)と。

これが新たな火種となった。ジブラルタルは3世紀にわたる長い間、スペインと英国で主権に関する論争をしてきた場所だからである。

英首相報道官は、「このように(イギリス王領植民地などと)ジブラルタルを書くのは全く承服できない」「ジブラルタルは英国の家族の完全なる一員であり、EU離脱によって変わるものではない」と抗議した。

EU内では、加盟国同士で領土・国境問題があり「この地域はうちの国だ」「いや、うちの国だ」と争っているのは、ここジブラルタルだけだとされている(独立の機運がある地域は、別の問題である。彼らは「独立してEU加盟国のままでいたい」という話なので)。

この問題は、国連も関係している応酬である(下記参照)。

ジブラルタルとはどういう所か

ジブラルタルとは、イベリア半島の南端にある。

面積はたったの6.8平方キロメートル。東京23区だってこんなに小さい区はない。富士五湖の一つ山中湖と同じ面積である。人口は約3万3000人。

画像
緑の所が、上記写真の岩部分(google mapより)
緑の所が、上記写真の岩部分(google mapより)

英国の海外領土で、イギリス政府の任命する総督がいて、国家元首はエリザベス女王である。外交、防衛、治安はイギリスが担うが、それ以外の分野で自治権をもち、独自の議会があり、自治政府首相がいる。

第2次世界大戦までの、世界で海軍が主流だった時代には、ジブラルタルは大変大きな意味をもっていた。今は昔ほどではないが、重要な港である。

ちなみに、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが結婚したのは、ここである。筆者がまっさきに思い浮かぶ出身者は、クリスチャン・ディオールとジヴァンシィの元デザイナー、ジョン・ガリアーノだ(アンダルシアと英国が融合した天才だったのに・・・)。

スペインとイギリスの間のもめごと

なぜこのような事態になったのか。大変ややこしいので、時系列で説明しよう。

ブレグジットで、ジブラルタル問題が火種になるのは、既に想定済みだった。だからこそ、EUと英の離脱合意書には、ジブラルタルに関する特別議定書が添付された。

2017年3月末、メイ首相はリスボン条約50条を発動して、離脱を正式にEUに申し入れた。

どのように離脱するかの交渉の、正式なスタートが始まろうとしていた。この最初の段階で「EUと英国の交渉のいかなる合意も、スペインと英国の合意なしには、ジブラルタルの領土に適用されることはない」という合意ができていたのだ。起こりうる火種を予想して、周到に準備していたのだ。

ここではEUは、今までと同じように、中立的な立場だった。

2018年の11月のことだ。1年半近くのEUと英国の交渉は終わろうとしていて、いよいよ最終段階に入っていた。

11月13日には英国とEUは最終合意案を取りまとめ、15日には英内閣で承認を得て、25日には、EU27カ国によって承認手続きを得る手はずとなっていた。内容は、約600ページにわたるものだった。

しかし、あまり知られていないが、スペインのためにこの予定がひっくり返され、ブレグジットの道筋が危機に陥りそうな事態になった。

スペインは、英国がEU離脱をしたら、ジブラルタル問題は別扱いにすることについて、白黒はっきりさせなければならないと、再びEUに迫っていた。11月25日にはEU全体で承認を行うというたった5日前の11月20日、サンチェス・スペイン首相は「もし変更しないのならば、我が国のような親EU国家が、ブレグジット合意案の反対にまわるのは、残念なことだ」と発言した。

このEU英合意案は、EU27加盟国が全員一致で賛成しなければならない案件だ。多数決ではないのだ。つまりたった1カ国でも反対が生じると、全部が止まって再議論になるかお蔵入りになってしまう。実質上の「ヴェトー(拒否権)」である。

なぜ問題は再燃したか

このEUと英国の合意案ーー最終バージョンになるはずだったーーは、ジブラルタルについて何を決めていたのか。

まず、移行期間中の1万4000人の越境労働者の自由な移動を保証していた。というのも、英国はシェンゲン協定に入っていないので、簡単ではあるがスペインと英領ジブラルタルの間には、パスポートチェックがある。EU市民は自由に出入りできていた。隣接するアンダルシア地方のスペイン人はジブラルタルに毎日働きに行く人がいて、ジブラルタル人は気軽にスペインに行って同地の飲食業に貢献していた。車だけではなくて、徒歩で行き来する人もいる。

スペイン側から見たジブラルタル国境(Wikipediaより)
スペイン側から見たジブラルタル国境(Wikipediaより)

それから、ロンドンとマドリッド間の将来の交渉のための手順を定義していた。3つの二国間委員会を創設して、6つの主要な問題に取り組むことを規定していた。タバコ密輸問題、漁業や環境の問題から、税金、警察および税関の協力まで含まれていた。

しかしスペインの国家法務官は、EUと英国の合意案(184条)の中に6行、紛らわしい混乱した記述がある、と言った。ここにジブラルタルが暗黙のうちに含まれてしまうと問題が起きかねない、と指摘したのだ。そうしたら、スペイン抜きで英国とEUでジブラルタルに関することを勝手に決めてしまえることになる、というわけだ。

こうして問題は再燃した。スペイン側は「EUと英国が行っている交渉は、一切ジブラルタルは入っていないのだと白黒はっきりさせろ」と。そうしなければ、ブレグジット合意案にスペインは反対する=ヴェトー(拒否権)を行使する、と主張したのだった。

前述したように、1カ国でも反対すると、再議論になるか、お蔵入りになってしまう。つまり、全加盟国が拒否権を持っているシステムと言える(例えば2017年、国連人権委員会で、EUは中国の人権状況を批判する声明を出そうとした。ところが、ギリシャ1カ国のみが反対したため、実現できなかったことがある。だからユンケル委員長は「内容や項目によっては多数決を増やしたい」と主張してきた)。

メイ首相を始めとする英国側とEU側が1年半近くにわたって行ってきた交渉が、最後の障害にぶつかってしまっていた(このときは最後だと思っていた・・・)。

タバコ密輸と税制問題

今まで英国は「6つの主要な問題」に関して、ジブラルタルで自由に行ってきた。英領だから当然なのだが。

スペインにとって特に問題だったのは、タバコ密輸問題と税金の問題だ。ジブラルタルは、世界における脱税天国、もとい租税回避地の一つである(英国と関係の深い地に多い)。

ブレグジットは、スペインにとってはこの問題を解決する絶好の機会なのだ。EUが望むように、英国、つまりジブラルタルが「関税同盟にとどまる」ことになるなどというリスクは犯せないと考えていると、ル・モンド紙は伝えている。

このような主張の中には、スペインは、ブレグジットは300年間の領土問題に決着をつける絶好の機会と考えていることが、透けて見える。

ただ、誤解のないように書いておくと、今回スペインは主権を100%返せとは主張していない。

でも、共同主権は再び主張し始めている。昨年2018年11月25日、サンチェス首相は英国がEU離脱後に、英領ジブラルタルの共同主権を再び主張する考えを明らかにしている。首相は、EUがスペインの後ろ盾になっているとの認識を示したのだ。拒否権で脅して自国の思い通りに合意文書がつくれたので、強気になったのだろうか(その前に、前政権の外務大臣が、同じことを英国が国民投票を行う前後に言ったことがある)。

ジブラルタル独自の世界

ジブラルタルの自治政府首相ファビアン・ピカルドは「拒否権だの、除外だの、そんな言葉は過去のものであるべきなのに」「(英国は)EUとの将来を規定する交渉に、ジブラルタルを除外しないだろう」と声明を出した。

ジブラルタル議会の入り口。色合いが、いかにもリビエラと感じさせる(Wikipediaより)。
ジブラルタル議会の入り口。色合いが、いかにもリビエラと感じさせる(Wikipediaより)。

ジブラルタルの自治政府首相がそう発言するのも、もっともなことだ。

なぜなら、英国離脱を問う国民投票では、ジブラルタルは95.9%が「EU残留」を選択したのだ。あらゆる英国の地域の中でも、飛び抜けて親EUなのだ。しかし同時に、2002年には同地では住民投票が行われ、99%の住人が英国とスペインの共同主権を拒否した。住人は英国であることを望んだのだ。

ジブラルタルでは、「ジブラルタル人」が約8割を占めると言われる。Wikipediaの英語版に掲載されている『Gibraltar, Identity and Empire』(著者Edward G. Archer)という本の引用によれば、選挙登録リストに載っている名字からエスニックの起源をたどるとーー

英国系 27%

スペイン系 26%(大半は隣接するアンダルシアの人。メノルカ島系が2%)

ジェノバ及びイタリア系 15%

ポルトガル系 15%

マルタ系 8%

その他1%未満 モロッコ系、フランス系、オーストリア系、中国系、日系(おっ!)、ポーランド系、デンマーク系

なんだか、陸続きだけではない「海の民」を感じる。また、7割強の住人が宗教では「カトリック系」と答えていて、英国国教会系は1割にも満たない。

このように、英国の一部であるというアイデンティティをもちながらも、エスニックは多様で、南欧らしくカトリック系が強いという、独特のジブラルタルの世界を作り上げている。

1462年に建設された、同地で最も古いカトリック教会。それにしても、ジブラルタルはモナコに似ていると筆者は思う(Wikipediaより)
1462年に建設された、同地で最も古いカトリック教会。それにしても、ジブラルタルはモナコに似ていると筆者は思う(Wikipediaより)

一旦は収まったのに・・・

結局、スペインは拒否権行使の脅迫(?)を取り下げた。

EU27カ国の首脳が集まる会議の前日、11月24日に、サンチェス・スペイン首相はテレビの生放送で、ジブラルタルに関する合意が得られたとして「スペインは拒否権行使を取り下げる。英EUのブレグジット合意文書に賛成を投票する」と述べたのである。ギリギリセーフの解決だ。

EUはスペイン側に、今後EUと英国が行うすべての未来についての合意について、拒否権を与えることを文書で保証したのだった。ここでいう「拒否権」とは、前述の拒否権とは異なり、スペインのみに与えられた特権のようなものである。

時間ギリギリにねじこんで、拒否権行使で脅して、EU側の妥協を勝ち取ったのだ。

この段階では、スペイン政府も英国政府も、一応は交渉の結果に満足の意を示していた。外交スマイルとういべきか。

しかし、にっこり笑いながら火花が散っているというか、テーブルの下で蹴り合っているというかーーとにもかくにも、平和的に両者が話し合いのテーブルにつくことは保証された。

ここに至るために、ユンケル委員長とメイ首相の会談が開かれて、スペインも合わせてEUと英国の3者で激しい交渉が行われたという。そしてやっと11月25日、EU27カ国は、ブレグジット合意案を採択したのだった。

しかし、一転して今年の2月初め、EU側の書類に「ジブラルタルはイギリス王領植民地」などという記述が書かれて、問題が再々燃してしまった。平和ムードはぶち壊されている。なぜこうなったのだろうか。

地獄行き?

それは、今年1月15日、英国下院議会が、このように散々苦労してつくりあげた離脱合意文書を、大差で否決してしまったからに他ならない。

EU側は、心底うんざりしているのだろう。メイ首相や引き裂かれたイギリスの立場を慮って「最大の問題であった人の移動の自由は除外できて離脱強硬派に顔が立ち、関税同盟に残ることで残留派を少し安心させ、かつ国の分断(北アイルランド問題)を避けられる措置」となる玉虫色の合意案をつくったつもりだったのに。

この合意に至るのすら、27カ国でまとめるのにものすごく苦労したのに、大差であっさり否決。EU要人が「何が望みだ、はっきりしろ!!!」とキレるのも無理はない。情勢を追って見ているだけの筆者ですらイライラするのに、交渉に携わっている人の心労はいかばかりか。気の毒に・・・。

参考記事:(後編)英国、合意なき離脱だと何が起こる?EU要人の反応は?ウルトラCとは何か

先日2月6日、トゥスクEU大統領は、「ブレグジットをどのように安全に進めるか、実施方法を何も計画をせずに推進した人たちには、地獄に特等席が用意されている」と発言して問題になった。しかもよりによって、アイルランドのバラッカー首相との共同記者会見で・・・。EU側の結束を示してみせたのだろうが、英国を逆なですること間違いなしというやり方だ。

参考記事:英国EU離脱で、北アイルランドの本当に「マズい」状況。鍵を握るアイルランド首相はどういう人物か

おまけにトゥスクEU大統領はツイッターでも同内容を発信したので、「口がすべったわけではない」と一部英国のメディアを苛立たせている。英国側の反発に対するEU機関側の弁明が「今、地獄に落ちるわけではなく、死後の話です」であった・・・。

ユンケル委員長は同会見で、「私にとって地獄とは、欧州委員会の長という私のこの仕事のみだ」と一笑に付したというが、ちっともジョークに聞こえないのだった。

「イギリス王領植民地」とは何ぞや

さて、やっと肝心の問題に到達した。「ジブラルタルはイギリス王領植民地」とは、いったいどういう意味なのか。何が問題なのか。

EU側の肩をもつならば、「ジブラルタルは英国の植民地」というのは、国連が認めた記述と言えるだろう。なにせ、国連の「国連と脱植民地」というタイトルの「自治のない領土」のリストに、ジブラルタルは欧州で唯一、掲載されているのだから。

英国側の肩をもつならば、「イギリス王領植民地」の記述の中で、「植民地」だけではなく、「イギリス王領」というのが余計に反発する要素なのだと思う。というのは、この呼称はもう使っていないからだ。

英国やフランスは、第2次世界大戦で戦勝国側にいたので、日本と違って海外領土(植民地)を大戦で失ったわけではない。戦後も引き続き植民地をもっていたが、その後の独立運動で大半は離れていった。

ただし、一部の地域で引き続き「海外の領土」であり続けているところがある(島が多い)。直接の領土である所もあれば、自治政府がある所もある。後者は、自治の度合いや本国との関わり方が地域によって異なる。とても複雑なのだ。

英国は1983年に「イギリス王領植民地(crown colonies)」という名称を止めて、「British Dependent Territory」に、さらに2002年「海外領土(overseas territory)」という言い方に改めた。

フランスも事情は似ていて、2003年には「海外領土(Territoires d'outre-mer)」という名称がなくなり、「海外自治体(CollectivitEs d’outre-mer)」に改めている。

このように、時代や自治領の変化に応じた民主的な配慮をしてきてはいるのだ。

だから良識的なイギリス人にしてみると、「植民地」と言われるだけでも相当イライラするのに、ましてや「イギリス王領」がつくと、帝国主義者呼ばわりされているみたいで、かなりムカつくのではないだろうか。

2003年8月4日、ジブラルタルが英領になって300年、連帯を祝う日の風景(Wikipedia)。
2003年8月4日、ジブラルタルが英領になって300年、連帯を祝う日の風景(Wikipedia)。

それではなぜこんな、今は使っていない名称が書かれることになったのか。

フランスとスペインのタッグ?

どうやらそれは、フランスのせいらしい。

今回、合意なき離脱の文書をつくるにあたって、スペイン側は「ジブラルタルは、国連において『国連と脱植民地ーー自治のない領土』リストに載っている地域として議論されている」と記述することを望んだ。

しかし、この国連のリストには、フランスの海外自治体であるニューカレドニアや仏領ポリネシアが載っているので、フランスが記述に反対した。でも、スペインの主張は無視できない。そこで古い名称の「イギリス王領」が出てきたというのが真相のようだ(フランスは革命で王家を倒した「共和国」だから、これなら良いということだろう)。

もし英国がEU加盟国であったなら、このような場合、英国とフランスがタッグを組んで、スペインに対抗するという内部駆け引きも可能だったはずだ。ここまで英国に配慮がない記述は、できなかったはずだ。でも英国はもう加盟国ではない。毎日毎週のように関係者や大臣、首脳がEUの枠組みの中で話し合っている場には、もはやイギリス人はいないのだ。加盟国の事情だけ汲んだ内容になるのは、当然だと言える。北アイルランドのケースと、まったく同じなのだ。これが組織を抜けるということなのだろう。

参考記事:アイルランドは統一され、英国は北アイルランドを失うのか:なぜ英国 VS アイルランド+EU26カ国か

英ガーディアン紙の報道によると、この合意なき離脱のための文書は、この数週間、ページの下に載せる脚注が加盟国のイライラのせいで膨れ上がって、どんどん上に登ってきているという。

ジブラルタルのあちこちにいるモロッコ出身の野生(や半野良の)猿。観光客や住人を楽しませている。「この猿がいなくなった時、ジブラルタルは英領ではなくなる」という言い伝えがある(写真 Wikipedia)
ジブラルタルのあちこちにいるモロッコ出身の野生(や半野良の)猿。観光客や住人を楽しませている。「この猿がいなくなった時、ジブラルタルは英領ではなくなる」という言い伝えがある(写真 Wikipedia)

合意なき離脱だとどうなる?

しかし・・・ブレグジットで問題になる領土は3つあった。北アイルランド、ジブラルタル、そしてキプロスである。

そのために、この3つに関しては特別議定書が離脱合意文書に添付されているのである。北アイルランドとジブラルタルは既に問題が発火、次はイギリス海軍基地のあるキプロスではないのか(今のところ大きな問題は起きていない)。

そういう争いが嫌だから、欧州連合をつくったのではなかったか。

元はといえば、ジブラルタルの争いは、スペイン王・カルロス2世がお世継ぎがなく死んだために、ヨーロッパ中を巻き込んでスペイン継承戦争が起きたことに始まっている。1713年、ユトレヒト条約で戦争は集結し、その際にジブラルタルがイギリスに割譲されたのだった(なんだか世界史受験の遠い記憶が・・・)。

欧州の国同士で始終同盟を組みながら争って、2回の自滅大戦争を経て、EUによってやっと築き上げた欧州の平和。それなのにこんな形で乱されている。

北アイルランド問題では、英国 VS アイルランド+EU26カ国になっていたが、ジブラルタル問題では、英国 VS スペイン+EU26カ国になっている。これもそれも、お互い協力しあって何とかやっと合意した文書を、英国下院が大差で否決してしまったからなのだ。英国はもう、完全に欧州の悪役になってしまっている(なんだか気の毒になってきた)。

でも北アイルランドとは異なり、ジブラルタルの場合はスペイン領になるというよりは、まだ独立するという道筋のほうが想像しやすいが・・・。もしそうなった場合でも、スペインやEUとどのような関係になるのか、またぞろ問題が起きるのは必至だ。

英国が国民投票でEUを離脱を決めた5日後という早い時期に、ジブラルタルのピカルド自治政府首相とスコットランドのニコラ・スタージョン自治政府首相は、「それぞれの住民の意見に従ってEUに残留する可能性を実現」すべく協議したというのも、興味深い話だ。

今現在の問題を見据えるなら、スペインと英国(とEU)は、今後のジブラルタルの道筋に関して、テーブル上では笑顔で火花を散らし、テーブルの下で蹴りながらではあっても「平和的に話し合いをしましょう」という準備は整えていた。でもそれは「合意がある離脱」の場合の取り決めで、英国自身が下院議会で否定してしまったものだ。これから起こりそうな「合意なき離脱」の場合どうなるのだろうか。「EUが後ろ盾」と豪語するスペインの強気は止まらないのだろうか(そう簡単にはいかないと思うのだけど)。

「イギリス王領植民地」の記述問題は、これから開こうとする幕の予告編なのかもしれない。

参考記事:英国のブレグジット延期は無し:EU要人の吹き出した本音と、延期実現の3つのケース

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今井佐緒里の最近の記事