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日立が英国で原発建設を凍結(5)世界唯一の民営化市場:事故が起きたらどうするのか。新しい国のかたちへ

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2012年6月、福島原発事故は「人災」と事故調査委員長が会見を開いた(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

もし事故が起きたらどうするのか

事故の心配とは、2種類ある。

チェルノブイリや福島のように他の原発で起きた影響の場合と、所有する原発に起きた場合がある。

他で大事故が起きた場合の例では、フィンランドがあげられる。

同国ではフランス電力がEPRを世界に先駆けて建設していたのだが、福島原発事故のために建設はさらに遅れ、EU(欧州連合)レベルで安全基準が厳しくなり、莫大な超過費用が生じた。フィンランド産業電力は18億ユーロの支払いをアレヴァ等に要求した。ところがアレヴァ等は逆に26億ユーロの損害賠償をフィンランドに起こすという泥仕合になってしまった。英国以外の国で大事故が起きた場合、同じ問題が日立や東芝が所有する英国の建設中の原発に起きるのではないか。

そして、もし英国の原発そのものに事故が起きたらどうなるのか。

英国政府の責任は「原発の建設を許可した責任」ならびに「監督を怠った責任」だけとなるのではないか(その範囲を決定するのは大変だろうが)。現在は、原発運営者は、事故のためにはまず1億4000万ポンドの除染費用を支払い、残りは納税者ということになっているという。

しかし、くしくも福島原発事故がおこる1ヵ月半前ほどに、エネルギー・気候変動大臣のクリス・ヒューン(当時)がオブザーバー紙で「10億ポンドにしたらどうか」と提案した(ちなみにこの政治家は、昨年2013年、10年以上前のスピード違反と不倫騒動で実刑判決が下った。既に出所しており、再生可能エネルギー普及を強く訴えている)。

しかし、もし福島レベルの事故が英国で起きたら、10億ポンドですら足りないだろう。英国市民が納得しないだろう。

いま日本政府が福島事故のために費やしているのは「兆円」単位の金額である。英国政府から見れば、外国の企業が投資で原発を建てたのだから、その会社が倒産しそうなほど賠償責任を負っても、英国政府が救済する必要などない、救済したければその国の政府がすればよい、という理屈になってもおかしくないのではないか。

ということは、フランス(電力)や日本(企業)が、英国市民のために莫大な費用を支払うことになるのだろうか。そしてフランス政府や日本政府も。もちろん被災者のことを考えたらお金だけですむ問題ではないし、大外交問題に発展するだろう。

恐るべき外交戦略?

日経の報道によると、日立や東芝は、電気事業者になるつもりはなく、原発が完成したら株式を売却する予定だという。仮に売れても、事故が起きたら建設者の責任は免れないのではないか。それに、できあがった原発のみを買うところなどあるのだろうか。

少なくともフランス電力は、原発建設者と電気事業者として英国に居続けている。英国でつくった電力を、フランスに輸出することも一応はできる。だから良いという訳では決してないが、一応腰は座っている。新興国のようにお金を払って原発を作らせた政府が費用や責任をもつわけでもなく、ただ投資のみで外国企業に経営される民間原発・・・あまりにも突飛で、まったく想像がつかない。英国政府が本当に許可するのだろうか。政権がかわったらどうなるのだろうか。

公けにされない契約書には、細かく条件が明記されているのかもしれない。しかし、契約書はあてになるのだろうか。

日経新聞の報道によると、米国ではエジソン社が三菱重工を相手どって訴訟を起こしているという。米サンオノフレにあるエジソン社が母体の原発は、2012年に廃炉がきまった。2009-10年には三菱重工が交換用の蒸気発生器を納入したのだが、2012年に微量の放射性水がもれるというトラブルがおきた。契約で定めた1億3700万ドルの賠償の上限をはるかに超える40億ドルを請求され、原発業界にショックを与えているという。

福島事故で日本が信頼を失ったという見方もできるが、他国メーカーを攻撃して、解体費用などの核のゴミにかかる費用を捻出しようとしているようにも見える。

核のゴミは、何百年も何千年もにわたって管理が必要だ。本当に管理ができるのか、総額いくらかかるのか、わかる人間は一人もいない。エコノミスト誌は「企業よりもゴミの方が長生きしそうだ」と言っているが、まったくそのとおりである。将来には、原発の所轄会社や政権どころか、政体や国すら変わっているかもしれない。あまりにも問題が大きいので、領土問題のように相手の言い分が変わる可能性は十分にあるのではないか。将来、「前の会社・政体・国がした契約など無効だ」「お前の会社が出したゴミだ。お前の国に持ち帰れ」「さらに費用を負担しろ」と言われることはないのだろうか。

ゴミも債務もできるだけうまい方法でよそに押し付けたい、将来押し付けられるように上手い仕掛けを作っておこうーーこのように世界の最先端では「核のゴミ ババ抜き大会」という、恐るべき外交戦略が始まっているのではないか。

いったい日本はどうなってしまうのかと心配でたまらない。福島原発事故だけでも大変なのに、このうえさらに外国の理解しがたい投資にまで手を染めるとは・・・。千年単位で欧州の外交にもまれてきたドイツもスペインもスウェーデンもスコットランドも、英国の原発投資からは手を引いたというのに。まるで、奈落のふちを見た人間が、さらに暗い深遠にすいよせられているようだ。首相経験者である小泉氏が脱原発をかかげたのは、あまりにも意味深長に思える。ドイツのように国が脱原発を決断しない限り、国を破綻させかねない厄災から逃れられる方法はないのではないか。

新しい国のかたちを求めて

英国を中心に、フランス、ドイツの動きを紹介した。大国3カ国を見つめて、確信をもって言えることが一 つある。「××すれば原発はなくなる」という事はありえない。原発を持つか持たないかは、100%、政治が決めることだ。自分の国をどうしたいか、どういう未来であってほしいかーーその思想があってこそできる決断だ。どういう国するのか政策を決めるのは官僚でも経済人でもない。政治家だ。そして政治家に問いと要望をつきつけるのは私たち一人ひとりの市民である。

いま、日本は大きな岐路に立っている。福島原発事故で、真の意味で戦後が終わったと思える。外国によって核を落とされ敗戦したときから戦後は始まった。そして、対策を真剣に考えなかったがゆえに自ら核の事故を招いて、一つの時代が終わったーーと。

新しい時代を創生するのに一番大事なものは思想だと思う。いま私たちは、明治維新をなしとげた先人たちの強さにならって、新しい思想、新しい国のかたちを論じ始める時なのではないだろうか(了)。

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そして今、2019年1月17日。福島原発事故から、もうすぐ8年が経とうとしている。日立はやっと英国の原発の凍結を決めた。稼働させる前に撤退を決めたのだ。私は心から嬉しい。日立の方々は英断をくだしたのだ。ありがとう。本当に良かった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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