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結び(8) 一つの声、二つの郷土愛:欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル演説全訳

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
演説の日のユンケル委員長。現在63歳。(写真:ロイター/アフロ)

この記事は、(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)の続きです(下にリンクあり)。

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結びの言葉

演説の最初に、これは私の最後の演説ではなくて、最後の施政方針演説ですが、私はあなた方に歴史のことをお話ししました。この委員会の任期を占める小さな歴史、 そしてヨーロッパの大きな歴史のことです。

私たちは全員、お互いに今の状態のヨーロッパに責任があります。そして私たちは全員、お互いに将来のヨーロッパのあり方に責任があるでしょう。

歴史はこのようにつくられます。欧州議会と欧州委員会は通り過ぎて行き、ヨーロッパは残ります。欧州連合があるべき姿になるためには、多くの重要な教訓を引き出さなければなりません。

私はヨーロッパが世界の観客席を去ることを望んでいます。ヨーロッパは見物人や、国際的な出来事の解説者であってはなりません。ヨーロッパは、建設的な当事者であり、形成する人であり、明日の世界の建築家でなければなりません。

世界中でヨーロッパへの強い要請があります。この急速な要請に応えるため、国際的な場面においてヨーロッパは一つの声で話さなければならないのです。

国家群が奏でるコンサートの中で(国家群のコミュニティの中で)、ヨーロッパの声は、聞き取るのにわかりやすく、理解しやすく、区別できるものでなければなりません。フェデリカ・モゲリーニは、欧州連合の外交的一貫性を進めてきました。しかし、競争的で並行した国家外交との非一貫性に陥らないようにしましょう。ヨーロッパ外交は一つでなければなりません。私たちの多国間連帯は、一体でなければなりません。

これからは東西のヨーロッパを近づけるために、私たちがより多くの努力をすることを私は望んでいます。ヨーロッパ内が分かれたこの悲しい光景を終わらせましょう。私たちの大陸と冷戦を終わらせた人たちは、もっとよくなるのに値します。

私は、欧州連合が「社会的側面」にもっと注意を払うことを望んでいます。労働者や小企業の正当な期待を無視する者は、私たちの社会の結束に大きなリスクをもたらします。ヨーテボリの社会サミットの意図を、法律が定める規則に変えましょう。

(訳注:ヨーテボリ・サミットとは、2017年11月にスウェーデンのヨーテボリで開かれた「公正な職業と成長のための社会サミット」のこと。公正な賃金から医療を受ける権利、また生涯学習・より良きワークライフバランス・男女平等から最低所得まで、20の基本原則を示した「欧州社会権の柱」を、欧州議会、閣僚理事会、欧州委員会の共同宣言として採択した)。

来年の欧州議会選挙は、ヨーロッパの民主主義にとって偉大な瞬間となることを私は願っています。私はSpitzenkandidatenの経験、このヨーロッパの民主主義での小さな一歩が更新されることを願っています。

私にとって、国境を越えた真のリストを私たちが持つことになる日には、このSpitzenkandidatenの経験はいっそう信頼できるものとなるでしょう。私はこれらの国境を越えたリストが、遅くとも2024年の次の欧州議会選挙で整っていることを願っています。

(訳注:ドイツ語のSpitzenkandidatenとは、選挙における党の候補者名簿の筆頭候補者という意味。議院内閣制のドイツでは、選挙で第1党になった党の筆頭候補者が首相に就くことになる。EUでは、首相にあたるのが欧州委員会の委員長である。前回の2014年の欧州議会選挙以前は、現実では欧州理事会が密室で委員長を決めていると批判されていた。しかし前回初めて、選挙で第1党になった欧州政党が推す候補者、ユンケル氏が委員長になった。しかし、大まかに言うと、欧州理事会も委員長を決定する権限をあわせもっている。前回は、欧州理事会が圧倒的多数でユンケル氏を認めたので大きな問題は起きなかった。このシステムについては議論が続いている)。

とりわけ私は、私たちが不健全なナショナリズム(愛国主義:nationalisme)にNONと言い、明るく照らし出された(啓発された)郷土愛(愛国心:patriotisme)にはOui(Yes)ということを望んでいます。21世紀の郷土愛(patriotisme)は二つの次元がある、一つは国家の次元、もう一つはヨーロッパの次元、そして二つはお互いを排除していない、この精神を守っていきましょう。

フランスの哲学者、ブレーズ・パスカルは、私は共に行くものを愛していると言いました。2本の足を維持するために、国家と欧州連合は一緒に歩かなければなりません。ヨーロッパを愛する人は、ヨーロッパを成す国々を愛さなければなりません。自分の国家を愛する人は、ヨーロッパを愛さなければなりませんし、愛することができます。郷土愛(愛国心:patriotisme)は美徳であり、偏狭なナショナリズム(愛国主義:nationalisme)は耐え難い嘘であり、悪性の毒です。

短く言うのなら、私たち自身に対して誠実でいましょう。今日木を植えましょう。私たちのひ孫が、たとえ東から来ようと西から来ようと、南から来ようと北から来ようと、平和のうちに成長して息ができる木陰がつくれるように。

何年か前に、私はここで、ヨーロッパは私の人生の大きな出来事だと言いました。Oui、私はヨーロッパを愛しています。そして愛し続けるでしょう。

ご静聴、ありがとうございました。

ジャン=クロード・ユンケル

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欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル欧州委員会委員長の演説 全文翻訳(1)

(2) 欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル欧州委員会委員長の演説 全文翻訳:一つのヨーロッパ

(3) 欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長の演説 全文翻訳:難民問題

(4) 欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長演説全文翻訳:アフリカとの未来

ブレグジット問題(5):欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長演説全文翻訳 ※筆者のミスにより、このブレグジットの記事に一部でアクセスができない状況になっていました。このリンクで開けます。ご迷惑とご不便をおかけして申し訳ありませんでした。

(6) 日EU協定とユーロ通貨:欧州連合「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長演説全翻訳

(7) 対中国・多数決・法の支配:欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル演説全翻訳

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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