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プチデモン・カタルーニャ前州首相が仮釈放---欧州連合(EU)とドイツにとってどういう意味があるのか

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
4月6日独ノイミュンスターの刑務所を出るプチデモン氏(写真:ロイター/アフロ)

ドイツに怒るスペイン政府

ドイツのシュレスウィヒ・ホルシュタイン州の上級地裁は4月5日、プチデモン前カタルーニャ州首相を保釈した。

スペイン政府が求めた「国家反逆罪」での身柄引き渡しを認めなかったのだ。

すでにスペインとドイツの間に火事は起きている。特にドイツの司法大臣カタリーナ・バーレーがこの判決について「絶対に正しい」と発言したことが、スペイン政府の不満のターゲットとなった。

スペインの主要新聞El Paisによると、スペインのラホイ首相と、ドイツのメルケル首相は、大変仲のよい友人であることを誇っていた。しかしこの判決は深刻な亀裂を招き、私的な場面ではマドリードでは、ドイツの司法に対する不信が極まっている。欧州逮捕状の機能に対しても同様である。特にドイツの司法大臣の発言には、スペイン政府は極まった不快感を隠さないという。

のちにドイツ司法大臣はこの発言を取り消して、火消しに努めている。

この判決は欧州でどういう意味をもつのか

だが、ポイントはそこではない。

このドイツの州上級地裁の判決はどういう意味をもつのだろうか。

これは、欧州連合(EU)の理念の勝利なのだ。

フランクフルト新聞(フランクフルター・アルゲマイネ)の記事を引用しよう。

「EUは何よりも法律による共同体である・・・スペインは、カタルーニャとカタルーニャ語についてのヨーロッパの権利が尊重されることを確かなものにしなければならない。 独立への願望は、自決権と自治権の認定が濫用されたときに最終的に発生する。

また、長期的には、ドイツの一つの州を威圧の下に維持することはさらに不可能だろう。

これは民主主義の法治国家の連合としてのEUにもあてはまる。国家、地域、そして他のアイデンティティーの多様性からはEUはうまれている、すべてがEUと共通の契約を結んでいるという事実から生まれているのだ。

この困難な時代において、そこにこそ、特定の価値観やひきつける力が宿るのであり、すべてを平らにする中央権力にあるのではない」。

見事な論説である。さすがはユーロを束ねる欧州中央銀行のお膝元、フランクフルトの主要新聞だ。

ドイツは、欧州連合設立の理念を守ったのだ。

なぜEUが必要だったのか

では、「欧州連合設立の理念」とは何か。

日本人には実感としてわかりにくいが、欧州大陸というところは、さして広くもないところにたくさんの民族や固有の文化、言語、宗教が入り混じっている。いかに共存するか、いかに平和に豊かに生きるかを探るというのは、日本がいかに地震や津波に対処するかと同じくらい、欧州大陸に課せられた大命題だった。

人権思想の発展、法の支配の発展、政教分離。すべて、この文脈で語ることができる。産業革命前は、政治体制としては、ハプスブルク家によるオーストリアのような連邦制があった。フランスのような中央集権国家では、政教分離を求めた。多様性と共存ーーそれぞれすべての人の平等と権利を目指して人々は戦った。

しかし、耐えられなくて飛び出す者も大勢いた。私は今、この現代でもわかる。なぜヨーロッパ人が新大陸を目指したのかを。この大陸にいると、心が膿んでくるのだ。どこかまったく新しい土地、何もしがらみのない土地が、ヨーロッパ人には必要だったのだーー今はもう存在しないけれど。

そして産業革命で貧富の差が激しくなると、大半の欧州の国で革命が起きて王政が倒された。そして、共存の道として社会主義、さらには共産主義がうまれた。「階級や貧富の差による差別をやめろ。もう宗教も民族も国も全部やめてしまえ。もう何もかも嫌だ。そんな争いから逃れたい」という欲求だったとも言える。

現実の政治体制としての共産主義は、無理や矛盾が多すぎて破綻した。でも、今この欧州大陸で、共産主義思想の流れをくむ新しい極左政党がスペイン、ギリシャ、フランスなどで生まれ、国を超えて人々の心をつかんでいる。是非はともかく、気持ちはとてもわかる。

そして、社会党が消滅してしまった日本と違って、欧州大陸では社会党やそれに準じる政党や背景の思想は今でも大きな勢力を誇り、しっかりと根を張っている。

二つの大戦は、ヨーロッパにとって壊滅的な自滅戦争だった。日本人と同じく心から平和を望んだヨーロッパ人が建設しようとしたのが、欧州連合だった。ユニオン、「連合」は「連邦」とも訳せるものだ。ユニオンをつくって、すべての人たちの権利を守る、そのために政教分離を守る、それらすべてを法で保証するーー「民主主義」のもとに共存して多様性を認めるという思想だった。なぜなら、人間は平等だから。市民は自由でなくてはならないから。

つまり、欧州連合は、基本的に存在そのものが左派なのだ。左派思想なくして、欧州連合は存在することができないのだ。

カタルーニャでは、暴力的な運動は何もしていない。プチデモンを「欧州」逮捕状の名の下に逮捕し、彼らの要求を「欧州連合」の名でつぶすことは、平等と自由の抑圧であり、欧州連合の理念の死につながる。だから、プチデモン氏の身柄引き渡しはできなかった。ドイツは、欧州連合を救ったのだ。

ドイツの力強い意思表明

ドイツ自体が連邦制国家であることは、プチデモン氏に対する判決にどういう影響を与えるだろうかーーそう思いながら筆者は見ていた。そして、極右が勢力を伸ばしてきた今のヨーロッパの風潮もどう影響するかと見守った。

ドイツは「ドイツ連邦」である。16の州からなり、それぞれ独自の州首相、州議会、州省、州憲法などをもっている。独立を求めるまではいかないが、独自性を誇る地方がある。特に南の元バイエルン王国の地域は独自色を誇っている。歴史的にプロテスタントが強い元プロイセンに対しカトリックが強いなど、伝統的には宗教も異なる。前ローマ法王ベネディクト16世は、バイエルンの出身だ。

ドイツから見たら、カタルーニャはドイツ国家の統一に懸念を与えかねない存在だ。

最初からブリュッセルでは「カタルーニャは内政問題」との姿勢をとっていた。もしEUの構成員である「国家」を尊重するのなら、「逮捕状が出ているから、それに従ってプチデモン氏をお渡しします。私たちには関係ありません」と、引き渡してしまえばいい。

しかし、ドイツの司法はカタルーニャに味方をした。ヨーロッパの統一の理念を選択した。

フランクフルト新聞の論に従えば「中央政府が力で押さえつけることはできない。各自が自由に選択して、中央政府と契約をするのだ。EUとも同様だ」と言っている。そして「押さえつけるからいけないのだ。民主主義度が足りないからこうなるのだ。自由と平等が十分に保証されていれば、こんな問題は起きない」という論理を展開した。

それだけ、ドイツは今の自国の連邦国家のあり方に自信があるとも言えるのだろう。

あるいは、英国政府が民主的な投票を許可したことによって、独立を思いとどまったスコットランドの例も頭にあったかもしれない。

さらに、隣国に対するアピールもあるだろう。

ナチスの消滅から73年。ドイツはかつて占領した隣国たちに対しても、「自分の存在を脅かす気に入らない勢力を力で抑え込むことは、ドイツは決してしないし許しません。我々はみんな欧州市民として自由で対等です。市民のあなたが選択した契約にドイツは従います。「欧州連合」のもとに結束して平和を築いていきましょう」という意志を、改めて示すことができたのだ。

2つのアイデンティティの反発

ただし、一つの国家の統一、つまり国民国家としての統一と、EUとのアイデンティティとの間に、深刻な問題を投げかけたのは間違いない。

これは最初からわかっていたことだ。欧州連合が一つに同化していけばいくほど、力をもてばもつほど、国民国家は解体していくーー理論的には当然そうなるのだ。

逆に言えば、何度も書いているが、もし欧州連合が独立した国の加盟を即刻認めるならば、スコットランドもカタルーニャも、とっくの昔に独立していただろう。

しかし、ブリュッセルは「27カ国の連合」の枠組みを崩す意志はない。「EUは国の連合体」であることを、すべての加盟国首脳が同意している。とても「国籍は欧州」の未来像など想像できない。それはあまりにも非現実的だ。

でも、歴史を百年単位でとらえて見るのなら、スコットランドやカタルーニャに、小さな萌芽が現れ始めたという文脈で捉えるべきだろう。

EUの調停は?今後のプチデモン氏の立場は?

プチデモン氏はここまで大きな勝利を手にしたのだから、今後は多少は対話の姿勢を見せるかもしれない。実際、そのような態度はすでに現れている。

カタルーニャでは別のプレジデントを置くことになりそうだが、今後は「公金横領罪」の沙汰が出るまでベルリンに滞在するプチデモン氏は、どのような動きをするのだろうか。

エルマー・ブロク欧州議会議員(ドイツ選出)が、欧州レベルでの調停役として乗り出してきたという。彼は欧州議会の外交委員会委員長をつとめる人物だ(「なるほどね、欧州委員会じゃなくて欧州議会が動いたか」と筆者は思った)。

しかし、ラホイ首相が属するスペイン国民党は、満場一致で拒否。カタルーニャ側も、緊張緩和への姿勢をほとんど見せないという。

ヨーロッパのあちこちを訪問して、欧州連合へ向けて「これがあなた方が建設しようとしてきた欧州か」と訴えてきたプチデモン氏。少なくともその訴えに、欧州連合は応えた。「あなたの身柄は安全です。欧州逮捕状はあなたには当てはまりません。独立運動を続けても、暴力的ではない限り、EUは認めます。それは国家反逆罪ではありません」と。

だいたい今までも、EUの舞台の真ん中にきた人というのは、たとえ極右であっても、「洗練」されて以前よりも調和的になっていく傾向がある。しかしその「洗練」は、イベリア半島にいる「絶対独立したい」「絶対阻止したい」と思っている人々には伝わらないに違いない。そもそも独立とは、するかしないかの二つに一つしかないのだから。

ただ、カタルーニャ議会では、独立派は議席で過半数を占めているが、とても圧倒的多数派とはいえない状況である。

今後、プチデモン氏が欧州連合とある程度協力し、欧州連合を介した形で、スペイン政府とカタルーニャ両者の調停にまわるという奇妙な(?)事態が、起きないとは言えないように感じる。

また、もう少し長めの目で見れば、2年後のスペイン総選挙はもちろんなのだが、やはり王政ーー老齢の退位したカルロス1世前スペイン国王(80)やエリザベス2世英女王(91)の崩御が、カタルーニャやスコットランドの独立問題も含めて、ヨーロッパ大陸に大きな変化のうねりをもたらすに違いないのだ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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