ユネスコ問題を考えるーーアメリカの脱退と、アメリカの影響が強すぎる日本

ユネスコ新事務局長、オードレ・アズレ氏。フランス人。(写真:ロイター/アフロ)

10月12日、アメリカとイスラエルは、ユネスコ(UNESCO: 国連教育科学文化機関)を脱退すると発表した。

現在、「ユネスコ」でニュース検索すると、ユネスコ批判が真っ先に出てくる。

あれほど「◯◯が世界遺産に登録された!」とその度に大喜びしていたのに、なんだかなという感じである。

批判は自由だが、問題はあまりにもバランスを欠いていることだ。

アメリカから見た国連史、アメリカから見た戦後史ばかりが幅を利かせている。

日本は、あまりにもアメリカに影響されすぎている。

政治利用というのなら、国連機関はその歴史において、ずっと政治利用されてきた。

しかし一方で、人間の平等の実現に寄与してきたのである。

日本の外交は国連主義であるけれど、そのわりには、日本人は国連のことをあまり知らないのではないだろうか。

ユネスコに対するアメリカの妨害

ユネスコの基本理念は「教育と文化によって平和を実現する」である。

これは、「人間は平等である」という思想に基づいている。

この概念を実現しようとするプランは、50年代、アメリカの妨害にあったことを知る人は日本では少ない。

当時のアメリカ、特に南部では人種差別が当たり前で、南部では白人と黒人のトイレが分かれているのが普通、実際には黒人などには投票権のない国だった。

当時のアメリカ人右派から見ると「人間は平等」「すべての人種が平等」「男女平等」という概念は、「共産主義」だったのだ。

アメリカ右派がユネスコを指して「共産主義」「仕事をしていない」などと組織批判を叫ぶのは、1950年代から始まっていることで、今に始まったことではない。

さすがにトランプ大統領は「共産主義だ」とは言っていないが(苦笑)。

当時、アメリカはユネスコの内部を変えて、プログラムを変えようとした。

例えば「読み書きを『人間の平等』という概念を教えることなく進める」といった具合だ。

「技術の問題」に置き換えようとしたのである。

天然痘対策に対する妨害

もう一つの例をあげよう。

世界保健機関(WHO)で起きたことだ。

WHOは、1948年に設立された。

当時、天然痘の撲滅が一つの目標であった。

天然痘がいかに恐ろしい病気であるかは、「国立感染症研究所」のサイトを参考にされたい。

ネット上で患者の画像を見るときは、気をつけたほうがいい。

見るのも恐ろしい病気である。

空気感染するので、欧州の王様や日本の天皇も情け容赦なく襲われて死亡している。

1958年、「世界天然痘根絶計画」がWHO総会で可決された。当時世界33カ国に天然痘は常在し、発生数は約2,000 万人、死亡数は400万人と推計されていたという。

この運動のリーダーになろうとしたのが、ソ連だった。

ところが、こちらもアメリカの妨害にあうのである。

低予算を強いられ、根絶計画の事務所で働いていた人は、5人しかいなかった。

アメリカが対抗するのに持ち出したのは、マラリアである。

天然痘はウイルスで空気感染するのに対し、マラリアはマラリア原虫を主に蚊が媒介する。

確かにマラリアも対処すべき重要な病気だが、天然痘と比べれば、空気感染はしないし、患者の致死率は圧倒的に低い。

それに、天然痘には種痘というワクチンがあり、ワクチンをうちさえすれば助かるのだ。マラリアにはワクチンはない。

政治利用と思想対立

この米ソの対立には二つの側面がある。

一つは、政治的思惑である。

天然痘の種痘は、元植民地の発展途上国で切望されていた。特に冷戦の二大陣営に加わらない「非同盟諸国」に多かった。

ソ連は、天然痘ワクチンの普及活動によって、これらの国々に影響力を及ぼそうとする思惑があった。

だからアメリカは妨害した。

しかし、もう一つの側面を忘れてはいけない。

アメリカが妨害しなければならないほど、共産主義国家がもつ「人間は平等」という思想は、植民地から独立したばかりの貧しい国々に伝播する力と魅力があったのだ。

もっとも、アメリカが一番恐れたのは「人間は平等」の次にくる「資本主義の否定」だったが。

今からでは想像しにくいが、当時は「人間は平等」と「資本主義の否定」は、「共産主義」という思想で両方セットだったのだ。

米ソがやっと天然痘撲滅で協力し始めたのは、1965年のことだ。

60年代は、世界の歴史の分岐点と言えるだろう。

ジョンソン大統領の登場

世界は60年代に入って、変化しはじめた。

60年代になると、アフリカの旧植民地の独立が本格化する。

「南の国々」(発展途上国)は、疑問をもつようになる。

国連機関では「南の国々」で起きている問題を扱うのに、なぜ「北の国々」(先進国)がコントロールしているのか、と。

ごもっともな疑問である。

そんな中、キューバは世界の注目を集めるようになった。

キューバ革命が50年代後半に起きたが、教育の平等が成功してゆき、非識字率が4%へと激減したのである。

アメリカのお膝元で起きたこの革命は、アメリカや世界に大きな影響を与えた。

このような中、アメリカでも大きな変化が起きようとしていた。

1963年にジョンソン大統領の時代が始まる。民主党所属で、オバマ大統領を想像すると近い。

ジョンソン大統領は、黒人社会が「平等」を求める大きな変革のうねりの中で、1964年公民権法に署名、65年には選挙権登録における人種差別を撤廃する投票権法に署名、「貧困との戦い」を宣言して、社会福祉を進めた。

もちろんこのような大統領が登場したのは、黒人白人の人種を問わず「アメリカ市民」が望んだからだ。

天然痘の撲滅のために、65年に米ソが協力できるようになったのは、「人間は平等だ」「人間の命を救うために働かなければならない」と考える人たちが、自国の利益を超えて行動を起こしたからだ。

WHO が天然痘の世界根絶宣言を行うことができたのは、1980年のことである。

自由と平等は両立できない

国連という舞台は、「自国の利益」と「人間の平等」がせめぎあう場所である。

よく「自由・平等」が民主主義の基本として尊ばれるが、自由と平等は基本的には両立しない。

自由を追求すればするほど、不平等(格差)が広がる。

平等を追求すればするほど、自由度が低くなる。

自由を追求するのが右派なら、平等を追求するのは左派である。

英語でも情報や知識は探せばいくらでもあるはずなのに、アメリカに従属している日本人には、アメリカ流以外の視点をもつことが難しい。

上記は、私がパリの大学院で習ったことを元に書いたものだ。

ユネスコの本部がフランス・パリにあり、アメリカとイスラエルが脱退したあとに乗り出した新事務局長がフランス人のオードレ・アズレ氏なのは、偶然ではない。

もともと、社会主義思想がうまれた原点はフランス革命だし、世界で初めての共産主義政権がうまれたのもフランスである。

フランスだけではない。欧州大陸には、社会主義思想が根をおろしている。

この点が、アメリカ(やイギリス)と根本的に異なる点である。

(EU(欧州連合)に対する理解が日本で深まらないのも、これが理由の一つだと思う)。

偏りの自覚

繰り返すが、ユネスコなどの国連機関が政治利用されるのは、今に始まったことではない。

80年代も、アメリカはユネスコ批判を叫んでいた。

1984年、レーガン大統領は、ユネスコが政治的に左翼的で財政的に浪費体質だと批判し、脱退した。

今度はトランプ大統領である。

こういう批判が起きるのは、右派の共和党の大統領の時代ということには注意したい。

ユネスコの代わりにアメリカが肩入れしたのが、ユニセフ(UNICEF:国連児童基金)である。

歴代事務局長は、全員アメリカ人である。

日本では、すべてのコンビニのレジにユニセフ募金があるのではと思うほど、ユニセフ活動が浸透している。

国連で何か問題が起きたときに、「政治利用・各国の利害」という視点で見るのはもちろん大事だが、そればかりでは明らかに偏ってしまう。

国際社会における「自国の利害 VS 人間の平等の実現」「自由 VS 平等」「右派 VS 左派」という軸を見失ってはいけないと思う。

日本人には左派がますますわかりにくくなっていても、世界には確固として存在するのだから。

日本に何ができるか

84年にレーガン大統領のアメリカが脱退したのち、1999年ユネスコでは松浦晃一郎氏が事務局長をつとめた。

氏が成した功績について、もっと研究が進んでもいいのではないかと思う。

そして、世界に向けて発信してもいいはずだ。

いまひとつ地味な印象なのは、政治家じゃなくて官僚出身だからかもしれないが。

日本人は、ユネスコを通して世界平和に貢献してきた。

当時はまだ、国際社会においてバランスがとれる人材や、それを支援する思想が、かろうじて日本にあったのだろう。

今再び、アメリカが脱退した。

自民党が単独過半数をとり安倍政権が続き、右傾化が叫ばれるこの時代に、日本はユネスコで何ができるのだろうか。