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カタルーニャがもし独立したら、ユーロ通貨を使えるのだろうか。予測してみる

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
カタルーニャの中心都市バロセロナにあるサグラダ・ファミリア(写真:アフロ)

カタルーニャでは今、ユーロ通貨を使っている。

EU(欧州連合)の加盟国なのだから、当然だ。

もし独立宣言したら、このままユーロ通貨を使うことができるのだろうか。

このようなケースに該当する法律はあるのだろうか。

ずばり、ない(こればっかり)。

そもそも、分離独立を想定した法律すらないのだから、ユーロ通貨に関する法律があるわけなし。

果たして、使えるのか否か。

結論を言ってしまおう。

「使えます」。

EUが許さなくても、勝手に使えばいいのである。

ユーロは既に勝手に使われている

実は、ユーロは既に勝手に使われている前例がある。

モンテネグロとコソボである。

コソボを国と認めるかどうかは、議論の余地があるだろうが。

基本的に、ユーロ通貨を正式に使うには、EU加盟国である必要がある。

でも、勝手に使ってしまっているのだ。

これを「ユーロイゼーション」(ユーロ化)という。

ただし、勝手に使うので、紙幣や硬貨を発行する権利はない。

自国の経済規模にみあった額を、準備する必要がある。

今、ユーロ硬貨の裏を見ると、発行国の独自のデザインがある。

でもモンテネグロにはない。

「勝手に使う」とはどういうことか

こういう「他国(他者)の独自通貨を勝手に使う」のは、ユーロよりも米ドルのほうが先例豊富だ。

「ユーロイゼーション」は「ドラリゼーション」(ドル化)から来ている言葉だ。

どちらもやっていることは同じである。

「勝手に使う」とはどういうことか、米ドルを使って説明してみる。

まずは注意。

カナダ・ドル、オーストラリア・ドルなどと混同してはいけない。

あれは名前が「ドル」というだけで、カナダ固有の通貨であり、オーストラリア固有の通貨である。

「ドラリゼーション(ドル化)」とは違う。

エジプト・ポンドも同様だ。英国ポンドからは独立したエジプト固有の通貨である。

公式のものと非公式のもの

さて、ドラリゼーションには、公式のものと非公式のものがある。

非公式のものは、日本人にもなじみがあると思う。

発展途上国に旅行に行くと、その国には公式通貨がちゃんとあるのに、市場では米ドルが出回っていて、買い物やレストランでドルを使うことができるのだ。その国の人は米ドルのほうを喜ぶ。

その国の通貨の信用が国際的に低く、自国民ですら信用していないので、このような現象が起きる。

これは、ドル化の本質を伝えている。

人々が米ドルという通貨を信用していること、米ドルはまるで金のように世界で変わらぬ価値があると信じていることーーそのために非公式のドル化は起こるのだ。

ただし、公式通貨が国の通貨であるという「建前」は崩していない。

街中に出回るドルは「本音」なのだ。

それでは公式のものとはどういうことか。

古い例だと、パナマの例がある。1904年、パナマは米ドルを自国の通貨にすることにした。勝手にそう宣言したのだ。

(実際には米国の保護領のようなものだったが)。

1990年代には超インフレのために、そこかしこ、特に南米で「ドル化」が起こった。

有名なのは、1999年のエクアドルである。自国通貨スクレが大暴落し、17もの民間銀行が破綻し、失業が加速し、治安は悪化した。社会不安が増大しすぎて、マワ大統領は安定のために米ドルを自国通貨にすることにした。

長所と短所

ドル化にはどういう長所があるかとういと、証券投資用語辞典によると、「信認の高いドルを通貨として利用することで、国内経済への信用が高まり、通貨危機などの通貨切下げリスクがなくなり、国内金利が抑えられることである」という。

ただし、自分の国で米ドルを印刷することはできない。自分の国の経済規模にみあった米ドルを調達するしかない。

独立国家としては、金融の独立性はやはり損なわれるといわざるをえない。

前掲の辞典には「金融政策の独立性や通貨発行利益が失われる、国内中央銀行が機能せず、最後の貸し手機能を果たす機関がなくなるなどのデメリットがある」とある。

同じことを、カタルーニャはユーロでやればいい。

前述のドラリゼーション(ドル化)したエクアドルの場合は、軍部が怒ってクーデターを起こして、軍事政権をつくってしまった。

自分の国をアメリカに売り渡した気持ちになったのだろう。

(紆余曲折あったが、結局あとの大統領もドル化政策は捨てなかった)。

でも、カタルーニャの場合は、もともとユーロを使っていて、自分のほうから「これからも使い続けたい」と言うのなら、そういう反応は起きないだろう。

カタルーニャにもありえる

この「ユーロを勝手に使う」という状況は、もしカタルーニャが独立して、「EU脱退 → 新国家としてEU加盟を申請」になったら、ありえないでもないと思う。

正式にユーロを使えるのは、EU加盟国だけである。

(EU加盟国にほとんどくっついているようなミニミニ国家をのぞく)。

カタルーニャが新国家としてEU加盟を申請しても、すぐに加盟が許可されるとは思えない。

申請中、何の通貨を使うのだろう。

となると「独立したために、EUを脱退せざるをえなくなり、ユーロも使用できなくなる。 → カタルーニャ独自の通貨を発効 → 加盟が許可されたらまたユーロ」になるのだろうか。

問題は、一体どのくらいの期間、正式加盟を待たされるのか、誰にもわからないことだ。

ここで多少なりとも参考になりそうなのは、すでにユーロを勝手に使っている「モンテネグロ」である。

モンテネグロは勝手にユーロ通貨を使っているが、欧州中央銀行(European Central Bank)からやめるように圧力をかけられたことはないという。

モンテネグロはなぜユーロ?

ここで、なぜ「モンテネグロはユーロなのか」の歴史におつきあい頂きたい。

カタルーニャがユーロを勝手に使えるかどうか考えるためには、絶対に知らないといけないほどではないが、知っておいて損はない話だと思う。

モンテネグロは、バルカン半島にある。

あの「民族の火薬庫」と呼ばれ、第一次世界大戦の引き金になった地域である。

戦後、バルカン半島には「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」という社会主義国家が誕生した。

『七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家』と言われる程の多様性がある国だった。

なぜこうなるかというと、バルカン半島は山岳地帯だからだ。

モンテネグロは、この国の一部だった。

バルカン半島では、長い間、ドイツ・マルクが流通していた。

南米では米ドルが流通する国が多かったが、ここではマルクだったのだ。

1970年代、ユーゴスラビア人が西ドイツにゲスト労働者に大勢やってきて、母国にドイツ・マルクを持って帰ったのが始まりだという。

冷戦の終了と、旧東陣営の秩序の崩壊

ソ連が崩壊し、ユーゴスラビアでは、各地域にナショナリズムが勃興して、独立戦争・内戦が起きた。

1992年、住民投票の結果、セルビアとモンテネグロは、「ユーゴスラビア連邦共和国」を成立させた。

「ユーゴスラビア」という名前はついているものの、冷静時代にあった社会主義の国「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」とは違う国だ(ややこしい・・・)。

スロベニア、クロアチアなどなどの国々が独立した後なので、かなり小さくなった。

当時、セルビアとモンテネグロ(ユーゴスラビア連邦共和国)では、「ユーゴスラビア・ディナール」という通貨が使われた。

しかし、恐るべきインフレが襲い始めるのである。

実際にはマルクが使われ続けていった。

(数年後の話になるが、1994年の切り下げの例をあげるなら、10億分の1に切り下げられた)。

バルカン半島での紛争はまだまだ続いている最中だった。

特に1992年にボスニア・ヘルツェゴビナが独立したことを、セルビアが不満に思ったことから始まった紛争は「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」と呼ばれる。

アメリカは、反セルビアであり、ボスニア・ヘルツェゴビナ側に味方をし、NATOという形で介入した。

(セルビアはロシアとつながりが深い)

反セルビアであるNATOは、大規模な空爆を行った。

当時のユーゴスラビア大統領はセルビア人で、ミロシェビッチという。

彼は後にコソボ紛争で、アルバニア人住民に対するジェノサイドが行われた責任者として人道に対する罪で起訴される。

そして国連の旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)に身柄を移送され、裁判が行われた。

ちなみに、「民族浄化」という激しい言葉は、この紛争の時にアメリカでうまれた。

ボスニア・ヘルツェゴビナ側から依頼をうけたアメリカの広告代理店がつくったという。

モンテネグロとセルビアの分裂

1999年、モンテネグロはユーゴスラビア・ディナールを公式に破棄し、ドイツのマルクを自国の通貨と宣言した。

それまでは、建前として自国の通貨「ユーゴスラビア・ディナール」があったのだが、それすらもやめたのだ。

公式に、勝手にマルクを使うことにしたのだ。

これは、セルビアとモンテネグロの分離の始まりといえる出来事だった。

そして2002年、欧州でユーロ通貨が誕生。

ドイツではマルクが消滅して、ユーロになった。

それに伴い、モンテネグロでは勝手にユーロを使うことになったのだ。

モンテネグロは当時、タバコの密輸や腐敗などの違法行為、正規の収入の税金逃れなど、経済の非常に高い割合が「非公式」である国だった。

マネーロンダリングは大きなビジネスで、500人以上のオフショア銀行が登録されていた。

しかも、その資金の起源を明らかにすることなく、国外に送金することができた。

ユーロ通貨を使うようになったとき「これで我々もヨーロッパ人だ」と、モンテネグロの人々は喜んだという。

当時、セルビアは完全に悪玉になっていた。

いま、ウクライナ問題でロシアが悪玉になっているのと構図は似ている。

そんなセルビアから、分離したモンテネグロ。

そんなモンテネグロ人がユーロを使う。

ここで「ユーロ」は、EUの価値観や繁栄を象徴する物体となっている。

そこで、カタルーニャである。

カタルーニャからユーロを奪えるか

もしも住民の意志によって、無理やりでもカタルーニャが独立したら。

国が分裂するのを恐れる他の加盟国は、カタルーニャの独立に反発している。

でも、いくらメルケル独首相と仏マクロン大統領がタッグを組んでカタルーニャ独立を阻止しようとしても、できることは限られている。

EU内で「カタルーニャが独立しても、そのままEUに残るなどという論理は、認めないし許さない」と圧力をかけ、独立そのものをあきらめさせるために、表で裏で外交努力をする程度しかできない(「その程度」といっても大きいが・・・)。

なにせ市民の意志こそが民主主義の基本、EUの理念なのだから、明からさまなことはできない。

カタルーニャが「独立してそのままEUに残る」のは阻止できるかもしれない。

でも、産業が発達している豊かなカタルーニャという地域が、ユーロを使うのを阻止することはできるのか。

カタルーニャ市民はEUに残りたがっているのに、EU籍を阻止するだけではなく、ユーロも剥奪するのか。

EUの価値観や繁栄を象徴するユーロ通貨を、市民から奪うことができるのか。

独立カタルーニャは、独自の通貨を使うことを選択するかもしれない。

でも、もしユーロを使いたいと望むなら、EUは少なくとも「勝手に使う」ことを、抗議もせず圧力もかけずに黙って見逃すしかないのではないかと筆者は思う。

カタルーニャが独立したらEU(欧州連合)に残れるのか 議論を予測してみる

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欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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