Yahoo!ニュース

安倍首相辞任。アベノミクスで「マンション暴落」が起きず、価格上昇が続いた真の理由とは

櫻井幸雄住宅評論家
アベノミクスでマンション価格は右肩上がりの軌跡を描き、暴落は結局起きなかった。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 安倍首相が辞任の意向を表明し、後継選びのレースが始まった。新たな総裁・首相選びで注目されるのは、アベノミクスを引き継ぐか、刷新か。意見が分かれるのは、アベノミクスの評価が分かれるからだろう。

 アベノミクスには、批判される部分と共に、成功した部分もあった。

 大きな成果とされるのが、株価の上昇。そして、アベノミクスで不動産市況も上向いた。

 全国的に地価は上昇し、首都圏の都心部、郊外駅近エリア、そして地方の中心エリアにおいては新築マンション価格の上昇が顕著となった。

 不動産価格の上昇はマイホーム購入検討者には困った出来事である。しかし、景気を上げてゆこうとすれば、株価と不動産価格の上昇は避けられない。

 新築マンション価格の上昇は、2012年の暮れ、第二次安倍内閣が発足してデフレ脱却のためのインフレ誘導が打ち出されたときから始まった。最初は、ゆっくりと、そして13年9月に東京五輪招致が決まってからは、勢いよく上がり始めた。

 それから丸7年、新築マンションの価格は上昇・高値安定となり、値下がりしていない。

マンション暴落論が出続けた、もっともな理由

 値下がりは起きていないが、「マンション暴落論」は出続けた。まず、2015年頃からマンションはまもなく値下がりといわれはじめた。その後、継続的に値下がりが予言され、17年1月には「マンション暴落は秒読み」と書く経済誌まで出た。

 ちなみに、その間、私は「下がらない」と言い続けて異端児扱いされてしまったのだが、「下がる」と言いたくなる気持ちは理解できた。

 値下がりの予想が繰り返し出されたのは、過去のマンション市況が「値上がりした後には、必ず急落した」からだ。

 これまで、マンション価格の上昇期は短いときは3年程度、長くても5年ほどしか続かなかった。平成バブルも上向きはじめから終焉までの期間は、1986(昭和61)年12月から1991(平成3)年2月までの51ヶ月とされる。4年と3ヶ月だ。

 4年と3ヶ月を、今回のマンション価格上昇に当てはめると、2013年1月に始まって17年4月までとなる。つまり、過去の経験から学べば、17年1月に「暴落は秒読み」としたのは順当なところだったわけだ。

 しかし、今回、マンションの暴落は、安倍首相が辞任の意向を表明した今年8月まで起きなかった。

 その理由は、「価格は上がっても、供給戸数は増えず、むしろ減った」ことにありそうだ。

暴落しなかった理由で大きいのは「調子に乗らなかった」こと

 これまで、マンション価格が「値上がりした後に急落した」ときには、価格上昇とともに、マンションの売り出し数も増えていた。

 値段が高くなっても売れる、となると、不動産会社はこぞってマンションの売り出し戸数を増やしていた。今がかき入れ時と調子に乗ったわけだ。

 高い値段のマンションをたくさんつくり続ければ、売れ行きが落ちたときの傷は深くなる。銀行から借り入れを増やして建てたマンションが売れなくなれば、資金ショートを起こす。そこで、思い切った値下げを行い、なんとか現金を得ようとする。それで、暴落が起きたわけだ。

 しかし、今回は、売り出し数を増やさず、むしろ絞り込んでいった。つまり、売れ行き好調期に「調子に乗らなかった」。それが、マンション暴落が起きなかった一つ目の理由といえる。

 そのことは、不動産経済研究所が発表している首都圏の新築マンション供給戸数(2012年以降)をみれば明らかだ。

2012年 4万5602戸

2013年 5万6478戸

2014年 4万4913戸

2015年 3万8139戸

2016年 3万5772戸

2017年 3万5898戸

2018年 3万7132戸

2019年 3万1238戸

 新築マンションの供給戸数(売り出し数)が増えているのは、12年から13年にかけて。マンションの売れ行きが上向いた初期だけだ。

 14年以降、首都圏の新築分譲マンションの価格は本格的に上がりだしたのだが、供給戸数は前年比で横ばいか減り続けた。

 つまり、「調子に乗って、売り出しを増やす」わけではなかった。それで、マンション価格の暴落が起きなかったと考えられる。

 14年以降、土地の取引価格が大きく上昇し、マンションをつくりたくても土地が買えない状況が生じた。その結果、マンション供給戸数が減ったともいえるのだが、「高額の土地をむやみに購入しなかった」ことで、暴落が起きなかったのは事実だ。

 価格が上昇した首都圏のマンションは、18年以降、以前のようには売れなくなっている。販売は長期化しているし、中には価格改定で1割程度値段を下げたマンションもある。しかし、総崩れで、全面的に価格を下げる……「暴落」状態には至っていない。その理由は、供給戸数の変化をみることで理解しやすいわけだ。

アベノミクス「3本目の矢」も、暴落が起きなかった理由か

 14年以降、不動産会社各社は、新築マンション分譲事業以外の各分野(オフィス、住宅の賃貸事業、商業施設や流通倉庫の運営、そしてマンション管理事業など)で成功を収めている。

「他で稼ぐことができる」ので、マンションの供給戸数を増やさなかったともいえる。

 もっとも、不動産業界における事業の多角化は、バブル崩壊の後から進められていたもの。その多角化がアベノミクスで後押しされた、といったほうが正確だろう。

 注目したいのは、アベノミクスの「3本の矢」で、3本目の矢とされた「規制緩和でビジネスを自由に」だ。

 不動産会社がビジネスをより自由に展開した結果、マンションの大幅値下げを行わずに済んだ……そう考えると、アベノミクス「3本の矢」がマンション暴落を起こさせなかった2つめの理由となる。不動産業界は、アベノミクスの恩恵を大きく受けたわけだ。 

 アベノミクスにより、不動産業界は「価格が上昇しても、その後に暴落を起こさせない」術を身につけてしまった。そして、コロナ禍の今、マンション発売戸数はさらに減少。今年の供給戸数は昨年よりさらに減り、3万戸を割り込むのは確実とみられている。

 つまり、コロナ禍でもマンション暴落は起きにくい構図ができあがっている。それは、「マンション暴落」を期待する人にとって残念な出来事となるだろう。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

資産価値はもう古い!不動産のプロが知るべき「真・物件力」

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

今、マンション・一戸建ての評価は、高く売れるか、貸せるかの“投資”目線が中心になっていますが、自ら住む目的で購入する“実需”目線での住み心地評価も大切。さらに「建築作品」としての価値も重視される時代になっていきます。「高い」「安い」「広い」「狭い」「高級」「普通」だけでは知ることができない不動産物件の真価を、現場取材と関係者への聞き取りで採掘。不動産を扱うプロのためのレビューをお届けします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

櫻井幸雄の最近の記事