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「いいね」の多さが正しさとは限らない 感情で子どもの医療情報を判断する怖さとは? #日本のモヤモヤ

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
イラスト:江村康子

「正確な情報を伝えたいけれど、なかなか患者さんや家族にうまく届けられない。どうして自分の情報よりも不確かな情報に吸い寄せられてしまうのだろう」

そんなモヤモヤを感じている医療者は少なくないかもしれません(私もそうです)。

逆に読者の中にも、ネットで魅力的な情報を見つけて「いい情報!」と思ったのに、医療者に指摘されるなどして「間違った情報だ」と分かり、情報の取捨選択に不安を覚えたりモヤモヤを感じた経験がある方もいらっしゃるかもしれません。

なぜそのようなコミュニケーションエラーが起きているのでしょうか。そして私たちはどうすればいいのでしょうか。

筆者は小児救急を専門とする小児科医ですが、上記のような患者や家族と医療者の間のコミュニケーションのモヤモヤに関心があり、現在帝京大学大学院公衆衛生学研究科で行動科学について研究しています。

今回は行動科学の視点に触れながら、育児中の保護者が医療情報をどう受け取ればいいのか、そして医療者側はどのように発信すればいいのか、私の専門でもある小児救急の場面も例にして考えてみたいと思います。

コロナ禍でヘルスリテラシーは下がっている

ヘルスリテラシーという言葉があります。これは、医療情報を適切に入手して理解し、活用する力のことを言います。この力は病気や健康に対する理解力に繋がり、適切な治療の判断や保健サービスの活用に繋がります(1)。

具体的な例として、救急の分野でもヘルスリテラシーが低いと不必要な救急受診が増えるという報告がされています(2)。ヘルスリテラシーが上がると、個人だけでなく社会全体の経済コストも下がり、社会的不平等の縮小に繋がるのではと期待されています(3)。

日本は識字率が高いため、ヘルスリテラシーは高いと考えられてきましたが、必ずしもそうではないという指摘もあります(4)。さらに、コロナ禍でヘルスリテラシーは下がっているという報告もあります(5)。それは保護者も同じです。日本では以前から核家族化が子育て世帯の社会的孤立に繋がる可能性が示唆されていましたが(6)、コロナ禍で子どもの健康に関する講座や保護者同士の交流の場が減ったこともあり、必要な情報を身近な人から得ることはさらに難しくなっているのが現状です(7)。

今、インターネットで子どもの医療情報を検索する保護者は9割以上に上っています(8)。一方で、同調査では9割がその情報の正確性に不安を感じているとも指摘しており、インターネットから正しい情報を得ることの難しさも垣間見えます。

「いいね」が多い情報が正しいとは限らない

さて、最近はSNSで医療情報を入手する保護者も多いです。SNSで「いいね」がたくさんついていたり、たくさんシェアされ拡散されていたりする情報は魅力的に見え、正しい情報に違いないと思いがちです。人は「特定の状況である行動を行う人が多いほど、それを正しい行動と判断する」傾向があるとされています(これを社会的証明と言います)(3)。しかし実際に拡散されやすい情報は「目新しい情報」「単純明快な情報」「感情を揺さぶる情報」「陰謀めいている情報」です。すなわちこれらの情報は必ずしも正しいから拡散されているわけではないのです。やっかいですね。

感情を揺さぶる情報が評価される 合理的判断の難しさ

人は物事を判断するとき、筋道を立てて考えながら判断している、と思いがちです。でも実際には非合理的で、確率や正確さよりも結果の分かりやすさが重視されることが多く、その判断結果は感情を揺さぶる情報によって左右されがちです(9)。つまり合理的に判断を下しているように見えて、そうでないのが人間というわけです。

例えば専門家の冷静な治療のアドバイスより、「薬の副作用に苦しんでいる!」という家族のインタビュー映像の方が頭に残りやすいのです。心に情景が思い浮かびやすい選択肢の評価が高くなり、センセーショナルなエピソードの方が信頼される傾向があります。これを行動科学では利用可能性ヒューリスティクスと呼んでいます。

さらに、健康についての情報を判断するときには、基本的に利益と損失を比べます。予防接種を例にとると、利益は病気の予防、損失は接種による痛みや発熱などの副反応や、受診の手間などです。一般的に人は損失をできるだけ回避したい生き物で、損失のリスクを利益より大きく見積もる傾向があり、それは2.5倍くらいとされています(10)。予防接種の効果より副反応の方が気になってしまう理由の一つです。

とはいえ、子どもの健康を守るためには、保護者自身も正確な情報を選択し、判断する必要があります。

保護者が正確な情報を見分けるには

どのようにすれば保護者は正確な情報を見分けることができるのでしょうか。ここでは3つのポイントを紹介します。それは取り立てて特別なことではありませんし、多くの人がすでに述べていることです。

①NGワードを知る

②発信者は誰かを意識する

③何を根拠に言っているのか知る、です。

①NGワードについては、まず「100%」「絶対」という言葉に注意することが大事です。医学は極めて複雑な構造を持つ人体を相手にする学問で、「100%」や「絶対」などと断言することはできません。そのような言葉が用いられている情報は、むしろ信頼度が下がると判断した方がよいでしょう。

また、「最新の方法」「最先端のやり方」という言葉にも注意が必要です。家電製品などと違い、最新のもの・高額なものがもっとも優れているとは限らないのが医療の世界です。信頼できるのは、あくまで「実績のある」方法で、それはスタンダードな(標準的な)方法とも言い換えられます。その方法が「保険収載(公的医療保険の対象となること)されているかどうか」を確認するのも有効な手段かもしれません。

もちろん最新の方法がもっとも優れた方法になる可能性はあります。そうなると、その方法が「スタンダードな方法」となり、保険収載されることになります。

②発信者は、やはり公的機関が望ましいです。厚生労働省や国立感染症研究所の情報は、公開前に複数の医療関係者で吟味されるため信頼度は高いといえます。

一方で、個人の医師やクリニックの情報は、正しいことも少なくないですが、チェックが甘くなる可能性があります(これは私も同じで、常に自戒が必要です)。

人は間違いを犯す可能性があり、「医師の発信だから信頼できる」とはいえないことに注意が必要です。

③情報の根拠を知ることも大事です。論文やガイドラインといったエビデンスに基づいた情報なのか、もしくは個人の感想に過ぎないのか、その情報に出典が記載されているか確認する癖をつけることも大切な習慣です。

それでも、多くの情報が乱れ飛ぶ中、情報の洪水に流されて途方に暮れることは少なくありません。先の研究でも7割の親が小児科医の助言を求めているとしています(8)。保護者の目に触れやすい媒体で多くの小児科医が発信する意義は、ここにあると私も考えています。

発信する側が気をつけるべきこと

では、医療者側はどのように対応すればよいのでしょうか。近年SNSで個人が広く発信できるようになり、専門家の情報を手に入れるハードルはより低くなっています。医療者には情報発信者としての役割も期待されています(11)。

健康に関する情報が実際に行動を促すためのカギは、「自分(家族)に関係ある話なんだ」という当事者意識を動かすこととされています(12)。事故予防(傷害予防)でも同様で、事故が起きやすい時期や事故が起きたときなどは当事者意識を動かしやすく、発信のタイミングは大切だと考えています。また、その際には具体的に何をどうすればよいのかを示すことが大切です。「これならイメージしやすく自分にもできる」と思えることで行動のハードルが下がります。

そして、SNSは文字数も少なく言葉足らずになりがちです。限られた文字数では議論はできません。また、論破という言葉がありますが、人は自分の意見を否定される情報を提供されると、納得するのではなく新しい反論を思いつき、さらに頑なになる傾向がある(ブーメラン効果)(13)ため、SNS上の議論が前向きな結果になることはあまりなさそうです。

ここまで、正確な医療情報を手に入れることは難しく、「医師の発信だから」というだけで信頼できるとも限らないと書きました。しかし、より正確な情報を選択して紹介できるのもまた専門家です。分からないことがあれば、ぜひかかりつけ医にご相談ください。こんなことを聞いたら怒られるかもしれない、なんて思う必要はありません。帰り際に「実は・・」と切り出される質問が、本当に大事な質問かもしれないことを、我々医療者は理解しています(ドアノブ質問と呼んでいます)。

私も小児科医の端くれとして、これからも保護者の皆さんとしっかりコミュニケーションを重ねていこうと思っています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

参考文献:

1.Sørensen K, et al.BMC Public Health. 2012;12:80.

2.Morrison AK, et al. Acad Pediatr. 2014;14(3):309-14.

3.石川ひろの. 保健医療専門職のためのヘルスコミュニケーション学入門,2020.

4.Nakayama K, et al. BMC Public Health. 2015;15:505.

5.Ishikawa H,et al. BMC Public Health. 2021;21(1):2180.

6.三菱UFJリサーチ&コンサルティング. 子育て支援策等に関する調査2014 2014

7.福政宏司.日本小児救急医学会雑誌. 2020;19(3):357-9.

8.Jaks R, et al. BMC Public Health. 2019;19(1):225.

9.D.カーネマン;村井章子(訳). ファスト&スロー. ハヤカワ文庫; 2014.

10.佐々木周作 大竹文雄. 行動経済学. 2018;11:110-20.

11.井上祥(編). 医療者のための情報発信: 中外医学社; 2022.

12.Skinner CS, et al. The Health Belief Model. Health behavior, 5th ed: Jossey-Bass/Wiley; 2015,75-94.

13.ターリ・シャーロット. 事実はなぜ人の意見を変えられないのか: 白揚社; 2019.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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