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新型コロナはどのように感染する? 感染経路に関する最近の考え方

坂本史衣聖路加国際病院 QIセンター感染管理室マネジャー
(提供:Kinusara/イメージマート)

米国疾病対策センター(CDC)は疾病予防や健康増進のための調査・介入を行う米国連邦政府機関です。CDCが発信するガイドラインに対する信頼性は高く、日本を含む世界各国の行政・医療機関が参考にしています。

そのCDCが新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の主要な感染経路に関する見解を10月5日付で改訂しました。

なぜこの改訂版が注目されているかというと、CDCが初めて空気感染(airborne transmission)を新型コロナの感染経路の一つとして認めたからです。しかし、慌てる必要はありません。新型コロナが空気感染する可能性は以前から知られており、日本ではその知識が「3密」の回避や換気などの対策に活かされてきました。

改訂版には目新しいことは書かれていません。従って必要な感染対策もこれまでと変わりません。ということで、ここで画面を閉じていただいてもよいのですが、改訂版の内容や感染経路に関する最近の考え方が気になるという方は、ぜひ続きをお読みいただければと思います。今回も重要なポイントは太字にしています。

感染経路に関するCDCの見解

ヒトからヒトへの感染のしやすさについて

これまではヒトからヒトに「容易に感染する(spreads easily)」と書かれていた箇所が、改訂版では「非常に容易に感染する(spreads very easily)」という表現に変わりました。しかし、インフルエンザより効率的に感染するが、麻疹ほどではないという感染力に関する説明はこれまでと変わりませんので、単に表現を強めただけのようです。

また、これまでは「人との距離が近く、接触する時間が長いほど感染しやすい」と書かれていましたが、改訂版では「状況によって感染のしやすさは変わる」になりました。これは特定の状況下で空気感染が起こり得るとの見解(後述)を反映した表現だと考えられます。

飛沫感染について

CDCは改訂版でも主要な感染経路は飛沫感染とする従来の見解を変えていません。飛沫感染については、感染性のある人が咳、くしゃみ、歌唱、会話、呼吸をする際に鼻や口から出る飛沫を近く(注1)にいる人が吸い込む、あるいは、飛沫が鼻や口の粘膜に付着する経路であるとしています。

  • 注1:原文では6フィート=約1.8メートルとなっています。本稿では約2メートルと記載しました。
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筆者作成

これまでCDCは、飛沫感染を「病原体を含む大きな飛沫が粘膜に付着して感染する経路」ととらえ、飛沫を吸い込む可能性については「あり得る possibly」と慎重に表現してきました。ところが改訂版では吸入と粘膜の付着が並列に書かれています。

これは、飛沫の大きさや飛沫感染のメカニズムに関するCDCの見解が変わったためと考えられます。これまでCDCは各種感染対策ガイドラインにおいて、飛沫を「粒径が5マイクロメートルを超え、発生源から約2メートルの辺りに落下する粒子」と説明し、飛沫感染のメカニズムについては、発生源から約2メートルまでの距離にいる人の目や鼻などの粘膜に飛んできた飛沫が付着する感染経路としてきました。

これに対して環境工学の研究者らは、発生源から生じる飛沫のサイズは様々であり、大きなものが必ずしも2メートル以内に落下するわけではなく、また、発生源からの距離に関係なく粒径の小さな飛沫を吸入する場合があるとの指摘を繰り返してきました。通常、粒径が10マイクロメートルよりも小さな粒子は、呼吸の仕方などによって、気管よりも奥に到達することができると考えられています

このような指摘が今回の改訂版に反映されたことは、以下の解説から読み取ることができます。

  •  感染性のある人は、咳、くしゃみ、歌唱、会話、あるいは呼吸をする際に飛沫を産生する。飛沫は目に見える大きなものから、小さなものまであるが、小さな飛沫は水分が気流のなかで素早く蒸発して固形の微粒子となる。
  •  感染は主に感染性のある人から近いところで飛沫を吸入したり、飛沫が鼻や口の粘膜に付着することで起こる。
  •  発生源から離れるほど飛沫の濃度は低下し、大きな飛沫は落下し、小さな飛沫は拡散するが、時間の経過とともに飛沫中のウイルス量は減少する。

空気感染について

CDCが今回の改訂版において、公式に新型コロナが空気感染することを(ようやく)認めました。

空気感染は、空気中を数分から数時間にわたって浮遊する、ウイルスを含む小さな飛沫や粒子を吸い込む感染経路であり、したがって発生源から2メートル以上離れた場所にいる人が感染する場合もあります。

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筆者作成

麻疹ウイルスや結核菌も空気感染しますが、改訂版では、新型コロナウイルスが空気感染するのは特定の条件下であり、例えば換気の悪い閉鎖空間で、運動や歌唱により感染性のある人の呼吸が荒くなる場合などに起こるとしています。

このような空間では、ウイルスを含む「粒径が小さい飛沫や微粒子(注2)」の濃度が高まるため、感染性のある人と同じ空間を共有したり、感染性のある人が立ち去ったすぐ後の空間に立ち入った場合に空気を介した感染のリスクが生じると解説しています。

とはいえ、これまで得られたデータにもとづけば、空気感染よりも、感染者の近くで感染した事例の方がはるかに多いと述べています。

  • 注2:吸入した場合に気管よりも奥に入ることができる水分量の少ない小さな飛沫や、水分が完全に蒸発して固体となった粒子を指していると考えられます。過去に発行されたCDCの感染対策ガイドラインでは、粒径が5マイクロメートル以下の微粒子をエアロゾルと呼んで飛沫とは区別していますが、改訂版では5マイクロメートルを境に飛沫とエアロゾルを区別していないことから、エアロゾルという用語は使用しなかったと思われます。

接触感染について

環境表面やモノに触れた際にウイルスが付着した手で口、鼻、眼に触れて感染することはおこり得ますが、頻度としては低いという見解は変わっていません。

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筆者作成

ヒトから動物/動物からヒトへの感染について

人から動物(犬や猫)に感染した事例は少数報告されていますが、動物から人に感染するリスクは低いと考えられています。この見解に変化はありませんでした。

以上がこのたび改訂された新型コロナの感染経路に関するCDCの見解の主な内容ですが、世界保健機関(WHO)が7月9日に改訂した感染経路に関する見解とほぼ同じです。WHO版の改訂の経緯や内容についてはこちらの記事に詳しく書きましたので、よろしければ参考にしてください。

空気感染が疑われるクラスター事例

これまでに閉鎖空間において空気感染が疑われた事例は国内外で複数報告されています。以下に一部をご紹介します。いずれも人との距離を保つソーシャル・ディスタンシングや、人に近づいて会話をするときにマスクを着用するユニバーサル・マスキングが実施されていない(あるいは実施が不十分な)状況で発生していることに注意が必要です。その後明らかになった知見をもとに、現在はさまざまな対策が講じられていますので、コールセンター、レストラン、合唱の練習が現在も一様に危険ということではありません。

必要な感染対策はこれまでと変わらない

感染経路に関するCDCの公式見解に「特定の条件下における空気感染」が加わりましたが、推奨される感染対策はこれまでと変わりません。

  •  可能な限り常にほかの人との距離を2メートル以上空ける(注3)。
  •  ほかの人に近づくときはマスクで鼻と口を覆う。
  •  石鹸と流水で手を洗う。水道がなければ濃度60%以上のアルコールで手指消毒を行う(注4)。
  •  混雑した屋内の空間を避け、屋内の空間は可能な限り外気を取り入れて換気を図る。屋外、あるいは換気のよい屋内空間では、感染性飛沫による感染のリスクを減らすことができる。
  •  体調が悪いときはほかの人と接触せずに、家で休む。
  •  高頻度接触環境表面をきれいにする(注5)。
  • 注3:CDCは6フィート(約2メートル)、WHOは1メートルと言っていますが、最低でも1メートル、理想は2メートル空けるという理解でよいと思います。距離が離れるほど飛沫が粘膜に付着したり、飛沫を吸い込む可能性は下がります。ただし、人に近づいて話をする際にマスクを着けることで飛沫の拡散を抑えることができます。
  • 注4:手指衛生については、こちらの記事に書きましたので良ければ参考にしてください。
  • 注5:接触感染は起こり得ますが、主要な感染経路とは考えられていないため、過度に心配する必要はありません。詳しくはこちらの記事をご覧ください。

結論としては、これまで通り、3密空間を避けて換気を図る、近くにいる人の顔に向けて飛沫を飛ばさない、手を洗う(ただしやりすぎない)といった基本的な対策を続けることが大事です。

本稿は2020年10月6日現在の知見にもとづいて執筆しています。記事内の推奨事項は今後明らかになる知見によって変わる場合があります。

聖路加国際病院 QIセンター感染管理室マネジャー

専門分野は医療関連感染対策。1991年 聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業、1997年 コロンビア大公衆衛生大学院修了。2003年 感染管理および疫学認定機構Certification Board of Infection Control and Epidemiologyによる認定資格(CIC)を取得し、以後5年毎に更新。日本環境感染学会理事、厚生労働省厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に「感染対策40の鉄則(医学書院)」、「基礎から学ぶ医療関連感染対策(南江堂)」など。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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