新型コロナウイルス感染症の院内感染はなぜ起こるのか

(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

院内感染の発生状況

新型コロナウイルス感染症による院内感染が各地で発生しています。日本看護協会の調査によると、4月20日現在、全国19都道府県の54施設で院内感染が疑われる事例が発生し、感染者数は783人にのぼります。

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日本看護協会 新型コロナウイルス感染症対策に関する 日本看護協会の取り組み

院内感染を起こす病原体は新型コロナウイルスだけではありません。医療施設ではこれまでも多種多様な病原体による院内感染に悩まされ続けてきました。例えば、薬剤耐性菌、結核菌、インフルエンザやノロウイルスなどは一般の方にも比較的なじみがあると思います。院内感染を防ぐ仕事(感染管理)に従事する私のような医療従事者にとって、これらの病原体は厄介な存在ではありますが、制御するためのノウハウも長年にわたり蓄積されていますから、ゼロにはならなくとも低い水準に抑え込むことが可能です。ところが、この新型コロナウイルスには全国の感染管理の専門家たちが手を焼いています。

医療施設に忍び込む新型コロナウイルス

どのような病原体であれ、院内感染を防ぐには、感染性のある患者さんや職員を早期にみつけて隔離する「先手必勝」のアプローチが重要です。ところが、新型コロナウイルスは早期発見が難しく、ステルス戦闘機のように医療施設に入り込むという特徴があります。

症状からは見つかりにくい

新型コロナウイルスは、感染した患者さんまたは医療従事者とともに医療施設に入ってきます。感染者なら発熱しているだろうから、サーモグラフィーカメラや体温測定で発見できそうだと思われるかもしれませんが、発症初期には発熱がみられないことがあります。咳が出ない人もいます。そもそも新型コロナウイルスに感染していても無症状の人が一定数います

新型コロナウイルス感染症と診断された医療従事者48人の調査によると、初期症状として発熱や咳が現れた人は全体の半数にも満たないことが分かっています。また、発熱、咳、息切れ、のどの痛み、筋肉痛、悪寒のいずれかで新型コロナウイルス感染症を疑った場合でも、感染者の約85%しか早期発見できないとしています。どの程度の症状があれば就業停止とするのか、悩んでいる医療機関は多いと思います。

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Symptom Screening at Illness Onset of Health Care Personnel With SARS-CoV-2 Infection in King County, Washingtonをもとに著者作成

検査でもみつかりにくい

ならば検査で把握できるだろうという意見もあります。実際に、手術や出産の前に院内感染を防ぐ手立てとして無症状の患者さんにもPCR検査を医療保険で行えるようにしてほしいという要望が一部の医療施設から出されています。

ただこの方法にも限界があります。まずPCR検査では感染者の少なくとも30%程度が陰性(偽陰性)と判定されてしまうことが指摘されています。また多くの医療機関では検査結果が判明するのに数日を要するため、結果が手元に戻るころには手術もお産も終わっているということになります。

PCR検査よりも感度が高いと言われている胸部CT検査も、無症状の感染者に行った場合の感度は約54%との報告がありますので、感染者の半数しか発見することができません。日本放射線科専門医会・医会もCOVID-19 のスクリーニング検査としてCTを活用することには様々な理由で慎重な姿勢です。

ここまでご説明したとおり、症状でも検査でも発見が難しい感染者が一定数存在することが、新型コロナウイルスの院内感染予防を難しくしている理由の一つです。

症状出現前のウイルス量が多い

新型コロナウイルスのもう一つの厄介な特徴に、症状が出る2日ほど前から直後にかけて、感染者の上気道(鼻から喉のあたり)で増殖するウイルス量が最も多くなるということがあります。この点については忽那賢志先生が分かりやすく解説されていますので、ぜひお読みください。

感染者の上気道にウイルスがいても、その人が黙って呼吸をしているだけで他人にうつるわけではありません。また、その人とすれ違った程度でうつることもないでしょう。その点においては、感染者とすれ違うだけで感染する麻疹や水痘のほうがよほど厄介だと言えます。ただ、症状出現前から直後にかけてのウイルス量が多い時期に、口から微細な飛沫(エアロゾル)が大量に発生する状況が、特に狭い空間のなかで起きた場合には、同室者が感染するリスクが生じます。

日常生活の場と違って医療機関はエアロゾルの大量発生が起こる場面が多いのが特徴的です。例えば、のどに管を入れる処置(痰の吸引、気管挿管や抜管)、あるいは心臓マッサージのように胸を強く圧迫する処置、さらには患者さんが長時間大声を出す(お産)といった場面では、大量のエアロゾルが一時的に空気中を漂うことになります。また、マスクをせずに休憩室のような狭い空間で一定時間(目安としては10~15分程度)会話をする場合でも、似たような状況が生じると言われています。

感染者から生じるエアロゾルを近くにいる医療従事者が吸い込んだり、目に入ると感染が起こる場合があります。患者さんが感染者と分かっている場合や感染者であることを強く疑っている場合は、あらかじめエアロゾルに曝露しないよう防護をしっかり行うことで感染を防ぐことができます。新型コロナウイルス感染症は、必要な防護具を適切に使うことができた場合、そう簡単に院内感染を起こすような感染症ではありません。それはこの感染症の患者さんをこれまで100名以上受け入れてきた病院の感染管理担当者や感染症専門医が感じているところです。院内感染のリスクが生じるのは、新型コロナウイルスの可能性を疑わず(あるいは症状が乏しくて疑えず)に、医療従事者が無防備に感染者に接した場合や、必要な防護具が適切な方法で使えない状況があった場合です。

これを防ぐには、どの病院にも新型コロナウイルス感染者が訪れる可能性があるとの前提に立って、新型コロナウイルス感染症が否定できない症状のある患者さんについて感染を疑うべき条件を設定したり、無症状の感染者が存在することを考慮して、知られている感染の有無に関係なく、エアロゾルが大量に発生する処置の際には医療従事者が標準的にN95マスクを装着し、ゴーグルなどで目の粘膜を防護して、換気に配慮するといった対策を講じることが必要となります。言うまでもなく、防護具の安定的な供給は早急に解決を要する課題です。

また、無症状の医療従事者どうし感染を防ぐために、マスクをしない近距離での会話や複数での飲食を禁じることを検討しなくてはならないかもしれません。ただ数百人、数千人の職員の行動を規制することには実際には困難が伴います。

手指衛生の実施率が低い

医療施設において、新型コロナウイルスのもう一つの主要な感染経路は接触です。感染者や感染者が触れた環境に医療従事者が触れると手にウイルスが付着することがあります。ウイルスは医療機関で一般的に使われているアルコールを主成分とする手指消毒薬や石鹸と流水による手洗いで不活化されますので、すべての患者さんやその周囲の環境に触れる前後に手指衛生(手指消毒または手洗い)を行うと、手を介した伝播をある程度防ぐことができます。

しかし、医療従事者がロボットではない以上、手指衛生の実施率が100%になることはありません。新型コロナウイルスが発生する前の医療従事者の平均的な手指衛生実施率は40%と報告されています。

医療現場では患者さん一人につき一日当たり手指衛生を必要とする機会数が35~50回発生します。医療従事者は通常複数の患者さんを受けもつので、5人担当したとしても1日あたり165~250回もの手指衛生機会が生じ、多忙な医療現場ではどうしても抜けが生じてしまいます。とはいえ、どの医療機関も今は100%に近づける努力を行っていると思われます。

患者さんとともに行う院内感染予防

効果的な院内感染対策を講じるのは医療施設の責任であり、ここではその詳細な内容について解説することは控えます(興味のある方はこちらで5月10日まで無料公開中の医療職向けの記事をご参照ください)。

近年は院内感染を防ぐうえで患者さんの参加が不可欠であると考えられています新型コロナウイルスについて言えば、患者さんの参加と協力は、特に次の6つの対策について間違いなく必要です。

  1. 診察やケアを担当する医療従事者に対し、手をきれいにしたか遠慮なく尋ねてください。医療従事者が手を清潔にすることで新型コロナウイルス感染症を含む、多くの院内感染を防ぐことができます。
  2. 病院でトイレを利用した後や、ご入院中に病室を出入りするときには石鹸と流水による20秒以上の手洗いまたは15秒以上の手指消毒を行ってください。ご自身の身を守ることになります。
  3. 病院を訪ねるときは、布製でもよいのでマスクなど口元を覆うものをつけてきてください。飛沫が口元から飛び出すのを防いでくれます。
  4. 新型コロナウイルス感染症が否定できない症状があるとき(発熱や咳)は、かかりつけ医を受診する前に事前に電話でご一報ください。
  5. 病院を訪れる機会をなるべく減らしてください。病院は全国でもっとも新型コロナウイルス感染症の患者さんが集まりやすい場所です。かかりつけ医と相談して問題のない範囲で定期通院の間隔を伸ばしたり、遠隔医療を活用してください。また、症状がないのに新型コロナウイルス感染症が心配だからといって病院にかかることはかえって危険です。検査での陰性証明もできません。(ただしお子さんの予防接種は麻疹をはじめとする重症化しやすい感染症から身を守るために予定通り受けることを強くお勧めします)。
  6. 連休中に旅行に行かないでください。地方の医療体制は一般的に脆弱ですし、すでに感染者が多い中、必死に持ちこたえている地方もあります。ケガや病気で現地の病院を訪問することで院内感染してしまう場合や、自身が感染者なら院内感染の原因となることがあります。

利用できる防護具が限られる中で、今はどの医療施設も新型コロナウイルス感染症の院内感染を防ぐために最大限の努力を行っています。院内感染が発生すると機能の縮小によって、地域住民が必要とする医療を提供することが難しくなります。何とかこの難しい状況を患者さんの協力をいただきながら、ともに乗り越えたいと思います。