Yahoo!ニュース

「裸のムラ」はテレビ発ドキュメンタリーのヌーベルバーグだ

境治コピーライター/メディアコンサルタント
映画「裸のムラ」公式サイトより

3本の糸がより合わさることのない奇妙な映画

「裸のムラ」は石川県の谷本元知事を描いた映画だ。谷本氏は1994年から2022年まで長きに亘り知事を務めた。映画では、保守王国で長期間権力を掌握した政治家が、コロナ禍でほころびを露わにし、元プロレスラーの馳浩氏に知事の座を明け渡すまでが描かれる。谷本氏は裸の王様であり、石川県は「裸のムラ」なのだ。

「裸のムラ」は金沢で暮らすイスラム教徒・松井誠志氏を描いた映画だ。松井氏はインドネシア生まれの妻・ヒクマさんと子どもたちとともに、地元の冷たい視線を浴びながらコロナ禍も懸命に生きている。松井氏にとってこの国の社会は「裸のムラ」なのだ。

「裸のムラ」は車で暮らすバンライファー中川生馬氏を描いた映画だ。ITスキルを巧みに活かし企業の広報業務をこなしながら、妻と娘と自由に暮らすはずが、コロナ禍で石川県の町から身動きとれなくなる。彼にとって車の中が「裸のムラ」なのだ。

一人目の主人公、谷本元知事 (C)石川テレビ放送
一人目の主人公、谷本元知事 (C)石川テレビ放送

このドキュメンタリー映画について説明すると、ざっとこうなる。3人の人物が丹念に描かれ、コロナ禍でのそれぞれの息苦しい状況を浮き彫りにする。三者三様の苦境を眺めながら、この3本の糸はきっと最後により合わさるのだろう、全然別の糸なのにどうやって1本になるのだろう。そんな期待で見ていると、終盤で突如、谷本元知事と石川県政の20年近い日々をフラッシュバックする部分が猛烈な勢いで展開される。森元首相の登場にも驚き、そうだったのかと圧倒されてしまう。元に戻って、さあいよいよより合わさるのかと思っていると、あっさり映画は終わる。え?結局3つはバラバラのまま?どういうことだー!とスクリーンに叫びたくなるが、何も答えてくれない。仕方なく観客は考え始めるだろう。なぜこの3人だったんだ?「裸のムラ」をキーワードに3つの物語のパズルを組み立てることになる。

議会で知事の水を用意する女性もパズルのピースの一つだ (C)石川テレビ放送
議会で知事の水を用意する女性もパズルのピースの一つだ (C)石川テレビ放送

「裸のムラ」はそんな風に不完全な映画だ。その不完全さは、観客が自分で埋めるしかない。ただ、何もかも説明してしまい、「あいつが悪者だ!」と告発するようなありきたりのドキュメンタリーよりずっと魅力的だ。ドキュメンタリーの旧来の「お作法」からできる限り逸脱し、説明を拒んで観客に放り投げ委ねる。その方が全てを説明するよりずっと親切で楽しいのかもしれない。そう言えば「裸のムラ」にはナレーションが一切なかった。

未完成のテレビ版「裸のムラ」が未完成のまま完成した

筆者は映画やドラマが大好きだが、ドキュメンタリーはあまり見てこなかった。偏見と言われても仕方ないが、やたらと反権力や正義を振りかざす割にコンテンツとして面白くない、というイメージを持っていたからだ。特にテレビ局のドキュメンタリーはそういうものだと思い込んでいた。

その偏見を壊してくれたのが2020年の東海テレビ制作「さよならテレビ」だった。こんなラディカルなドキュメンタリーをテレビ局が作るとはと驚き歓喜した。これをきっかけにテレビ局発のドキュメンタリー映画を見るようになり同年のチューリップテレビ制作「はりぼて」、テレビ局制作ではないがフジテレビ出身・大島新監督の2020年「君はなぜ総理大臣になれないのか」2021年の「香川1区」などを見てきた。いずれも私の固定観念を覆す面白さ。反権力だの正義だのの前に映画として楽しめる作品たちであるのが嬉しかった。

10月8日公開の映画「裸のムラ」はそんな私の近年のドキュメンタリー鑑賞歴の一つのメルクマールになったと感じている。

イスラム教徒松井氏の妻・ヒクマさん (C)石川テレビ放送
イスラム教徒松井氏の妻・ヒクマさん (C)石川テレビ放送

実は私は「裸のムラ」をすでに見ている。ただし、テレビ番組としてだ。民放の業界団体が毎年開催する賞の中部地区の審査員を昨年務めた。報道部門の何十本もの番組の中で「裸のムラ」を見た時「何なんだ、これは!」と言いながら嬉しくなった。テレビ局制作のドキュメンタリーの枠組みを懸命に壊そうとしていたからだ。クレジットに「五百旗頭幸男」の名を見てなるほどと得心した。

五百旗頭氏は富山のチューリップテレビ在籍中に映画「はりぼて」を砂川智史氏と共同監督している。映画の最後に局を辞める場面が出てくるが、その後隣の県の石川テレビに入社しドキュメンタリーの部署に所属した。移籍してさっそく制作したのが「裸のムラ」だったのだ。

「はりぼて」は題材としては議員たちの経費使い込みを告発する物語だが、議員たちのあまりの間抜けぶりに途中からコメディに見えてくる。いやコメディに見せていた。五百旗頭監督は正義感で描きそうなところをコメディにしてしまい、しまいには自分が辞めるところも見せてしまった。そこに筆者は「ドキュメンタリーあるあるへの叛逆」を見てとった。その続きとして「裸のムラ」を見て、ありきたりのドキュメンタリーにさらに喧嘩を売っていると受け止めたのだ。

テレビ版「裸のムラ」は3つの題材がより合わさらないことで終わってしまう。それでも筆者としては「新しいドキュメンタリーに挑む」姿勢を評価すべきと主張したが賛同は得られなかった。全国でのグランプリの審査へは進めず終わった。

映画版では、テレビ版「裸のムラ」の続きが描かれた。知事選がちょうど今年の3月に行われていた。テレビ版ではコロナ初期の谷本知事のほころびが露呈したまでだったのが、映画版では見た目は馳浩氏への「禅譲」だが実際には退場せざるを得なくなった、そこまで描いた。さらにそもそもの谷本知事の就任時からのドタバタ劇と保守に対抗していたはずが保守になってしまう流れがプレイバックされる。

(C)石川テレビ放送
(C)石川テレビ放送

まさに「裸のムラ」だ。言わば「裸のムラ・谷本編」は結末を迎えた。聞くところでは「日本国男村」というテレビ番組が今年5月に放送され、それとテレビ版を合わせる形で完成したのが映画版「裸のムラ」らしい。ちなみに「日本国男村」は今年の業界団体の審査会で中部地区代表として全国審査のグランプリ候補になっている。筆者としては去年の雪辱を果たせたようで嬉しい。

ただ、テレビ版の未完成感は映画版「裸のムラ」でもそのままだ。「谷本編」のパワフルな完成ぶりには誰しも圧倒されるだろうが、「で、バンライファーとイスラム教徒は?」と言いたくなる不完全さは映画版でも十分感じる。そこが「裸のムラ」の本領だと思う。先日亡くなったフランスの映画監督、ゴダールは50年代に他の監督たちとともに「ヌーベルバーグ」の旗手と呼ばれた。自由に映画を作る、新しい波。ゴダールの映画は、これまでの映画の作り方に敬意を払いつつ、ぶっ壊していた。「裸のムラ」には同じような、テレビ局制作のドキュメンタリーをぶっ壊そうとする意志を感じてしまう。

テレビ局ドキュメンタリーは従来の手法から逸脱せよ

ここからは、全国のテレビ局のみなさんに言いたいことだ。筆者はここ数年、業界団体の賞の審査員をいくつかの地区で担当した。馴染みのなかった地域のテレビ局が作った素晴らしい番組に出会うととても嬉しい。だが一方で、従来の手法をなぞった作り方の番組も多く、そんな時は残念だと感じる。特にそう感じるのがドキュメンタリーだ。

正直、何かに染まっている。深夜のドキュメンタリーの枠でよく見るパターン。吹雪の中何かを訴える人々、寂れそうな限界集落を守る人々、そこにドキュメンタリーでよく聞くタイプの音楽を流し、よく聞くナレーターの声で語る。

作っている人たちは一所懸命真面目に作っているのだと思う。何かを世の中に訴えたいのだろう。だがその作り方は本当に真面目と言えるだろうか。表現者であるからには新しい表現を目指すものではないか。先輩たちが作り上げてきた手法をなぞることが本当の真面目な作り方だろうか。

本当にこの表現でいいのか。一つ一つ自問自答しながら新しい作り方を模索する。それが今こそ必要のはずだ。なぜならば今、テレビからどんどん人々が離れている。今までと同じ表現に甘んじていては、業界内で褒められても、誰も見てくれない番組になってしまう。吹雪が舞う画面に墨文字のタイトルが表示される。その時点で「ああ、こういう感じのやつね」と言われてテレビを消されてしまうのだ。

先輩たちに敬意は必要かもしれないが、真似ばかりしてても仕方ない。先輩たちが築いてきた表現を一度壊してもう一度作り直す。テレビが今後も生き残ろうとするなら、逃げずにそうするしかない。

「裸のムラ」は、壊し方の一つのモデルになるだろう。テレビ局でドキュメンタリーを作る人にこそ見てほしい。もしまた番組審査を担当した時、ぶっ壊そうとする意志を感じたら、筆者は熱烈に推すだろう。そんな表現にぜひ出会いたい。

(C)石川テレビ放送
(C)石川テレビ放送

映画「裸のムラ」

監督:五百旗頭幸男 

撮影:和田光弘 

編集:西田豊和 

音楽:岩本圭介 

音楽プロデューサー:矢﨑裕行 

プロデューサー:米澤利彦

製作:石川テレビ放送 

配給:東風

2022年|日本|118分|ドキュメンタリ― 

10月8日(土)より[東京]ポレポレ東中野、[石川]シネモンドほか全国順次

◇公式HP

http://www.hadakanomura.jp/

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

境治の最近の記事