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ネットでテレビがリアルタイムで見られる「同時配信」その誤解と課題

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像は「いらすとや」の素材を筆者が構成

※本記事は6月21日(火)開催のウェビナー「同時配信の議論を決着させる」(リンクは告知サイト)に向け、そのテーマについて論じたものだ。

NHKが2020年にスタートしたNHKプラス。テレビ放送と同じ内容をリアルタイムにネットでも配信するサービスだ。当初、深夜は配信していなかったが、今年4月から24時間まるまる配信している。一方民放キー局は今年4月からTVerでリアルタイム配信を開始。ゴールデンタイム・プライムタイムつまり19時から23時前後までの番組を放送と同時に配信している。

不便だと言われてきたテレビ放送を、便利にするための重要なサービスだと思うが、今ひとつ認知されていないようだ。まだスタートしたばかりだから仕方ないが、それとともに放送業界の中でもいまだに誤解が多く、普及を妨げる一因にもなっている気がする。誤解が多い点をいくつか、ここで解消できればと思う。

(放送と同じ時間に番組をネット配信することを最近の民放キー局は「リアルタイム配信」と呼んでいる。2010年代前半の業界内では「放送同時再送信」と呼んでいたがその後「同時配信」に落ち着いた。本稿でも「同時配信」の呼び方で書き進める。)

同時配信でローカル局の視聴率は下がらない

さて同時配信についての誤解の最たるものは、テレビの視聴率を下げてしまうというものだ。4月に始めたキー局の内部でもどうやら「視聴率が下がる」ことを危惧する意見がまだあったようだ。さらに、キー局が同時配信を始めると、ローカル局の視聴率が下がるとの議論は長らく続いていた。同時配信はローカル局を潰してしまうとまで怖れる人もいた。

「番組を同時配信したら視聴率が下がる」これは誤解であり、私には迷信にも思える。なぜならば、スマホでテレビが視聴できると便利なのはテレビがない場所にいる時だからだ。

画像は「いらすとや」の素材を筆者が構成
画像は「いらすとや」の素材を筆者が構成

例えば日曜夜の福岡県の家族を想定する。家では親子で「イッテQ」を見ている。福岡なのでFBS福岡放送の電波だ。娘は塾に行った帰りに日テレによる同時配信で「イッテQ」を見ている。彼女が帰宅した際、どうなるか。ここでもし家にいた家族が「スマホで見られるなら便利だ」と娘に触発されて同時配信を見はじめテレビを消したら、視聴率は下がる。だが実際には娘の方がスマホで見るのをやめて家族と一緒にテレビで見るだろう。テレビを消す理由はないので、FBSの「イッテQ」の視聴率には影響がないわけだ。

これがもし、家族がNHK大河ドラマを見ていたらどうだろう。娘は同時配信の「イッテQ」を自分の部屋で見続けるだけで、元々家族が家で見ていた視聴率には影響しない。今は個人視聴率を測っているので彼女の分の個人視聴率は獲得できないが、そもそも彼女は大河を見る気がないので視聴率が減るわけではない。

とにかく、同時配信をスマホで見てもテレビは消さない、そこがポイントだ。具体的なシーンを様々に想像しても、同時配信によってテレビを消すことにはならないはずだ。キー局が同時配信をやったからと言ってローカル局の視聴率には影響しないのだ。

民放の数が少ない地域では同時配信を見るのでは、という見方はできる。だがそういう地域ではすでにケーブルテレビ局が地上波で放送してない局の番組を再送信していることが多い。すでに視聴可能になっているので今さら同時配信によって視聴率に影響するほどではない。またTVerでは2015年からドラマやバラエティの見逃し視聴ができるようになった。地域で放送してないが見たい番組はすでに様々な手段で視聴されているのだ。

ゴールデンタイムの同時配信だけでは儲からない

民放キー局トップの会見での発言を見ると、同時配信について営業的に過大な期待をしている局もあるようだ。これも誤解の一つだと思う。わかっている局は、同時配信だけで儲かるとは考えていないと思う。

前述の通り、民放の同時配信はほぼ19時〜23時の番組だ。ゴールデン・プライムは放送が最も見られる時間で、テレビ局にとって言わばドル箱。番組に予算も力もかけているし、これらを同時配信するのがビジネス的に可能性が高いと考えたくはなるだろう。

だがこの時間帯は在宅率が高い。多くの人が家にいるからテレビが見られるのであって、家にいない人は残業中や会食中、移動中でテレビをゆっくり見るモードではない。強いて言えば帰宅途中の電車の中なら見るかもしれない。

スマホはいつでも操作できるので勘違いしがちだが、実はスマホの利用時間が一番長いのは在宅中。外出中は暇さえあればスマホを見ているようで、そこまででもないのだ。

ましてや各局ともゴールデン・プライムはドラマやバラエティがほとんど。ちゃんと構成された番組だからこそ、じっくり腰を据えて見たいと考えるだろう。通勤電車で慌ただしく途切れ途切れで見るのに、ゴールデンタイムの番組は向いていないのだ。毎週欠かさず見る番組なら録画やTVerで最初からちゃんと見るだろう。

慌ただしくても見やすいのは実はニュースだ。テレビ朝日の同時配信で視聴数が多いのは「報道ステーション」だとの噂も聞いた。ニュースは断片的に見るのに適しているし、今その瞬間に見る意義がある。ところがテレビ朝日以外の局はニュース番組は同時配信の時間帯を外れている。同時配信に適した時間帯は別のところにあるのではないか。

同時配信はローカル局もやるべき

ところでキー局が同時配信をスタートした中、ローカル局の中でも同時配信を始めたところがある。福岡のKBC九州朝日放送だ。KBCは毎朝6時〜8時に「アサデス。」という独自の情報番組を放送し、人気を博している。何しろ、ソフトバンクホークスの前日の試合をはじめ、福岡の情報をこってり毎朝放送するのだ。福岡県民には欠かせない情報番組になっている。

KBCは4月18日から、「アサデス。アプリ」上で同時配信を始めた。テレビで放送しているのと同じ「アサデス。」がスマホ上で視聴できる。これまで毎朝7時半に家を出るので途中までしか見られなかった人も、スマホで続きが見られるようになった。放送と同じだが、一部は権利の問題で配信できないため様々に工夫している。ホークスの試合の映像はビジターゲームだと配信できないので、同時配信では独自の映像を流したりするのだ。これが配信に独特の面白みを加えている。

「アサデス。」同時配信中の画像。ホークスの映像が使えない時は独自の映像を配信する。画像提供:KBC
「アサデス。」同時配信中の画像。ホークスの映像が使えない時は独自の映像を配信する。画像提供:KBC

民放の同時配信はローカル局のことは置いといて、という形になっている。だがローカル局こそ同時配信をやるべきではないか。実はゴールデン・プライムより朝の情報番組の方が視聴されやすいと思う。番組の途中で家を出なければならない人が多いからだ。

朝の情報番組を独自にやるローカル局は少ないが、夕方はほとんどのローカル局が放送している。移動中のことが多いので、夕方の情報番組も同時配信に向いていると思う。今気になるあの事件、この事件の最新動向が断片的にでも移動中に見られるなら見る人は多いはずだ。地域で事故や災害などが起こった時などは、エリア独自の情報番組を見たくなるだろう。役立つという意味では、ローカル局の情報番組こそ同時配信すべきなのだ。

それも含めて、同時配信をキー局がゴールデン・プライムだけでやっている現状はあまりに中途半端ではないだろうか。テレビの本質はキー局制作のゴールデンの人気番組だけにあるのではなく、ローカル局も含めたトータルな情報伝達の形にある。テレビで見られることがそっくりそのまま、スマホでも体験できるようにしないと意味がないのだ。

だからローカル局も含めた同時配信の形を民放全体として示すべきだと思う。

同時配信は今後のテレビの必須要素

ここまで、ゴールデンの同時配信は儲からないとか、情報番組じゃないと見られないなどと書いたのを読むと、だったら無理してやらなくてもいいのではと言う人もいるかもしれない。だがそれでも、今後のテレビのためには、もっと言えば今後のテレビが人々の役に立つためには、同時配信は欠かせないと言いたい。

テレビのトータルな情報伝達の形をネットでそのまま現出する、その最初の一歩が同時配信なのだと思う。そしてそれによってようやく「テレビがネットで見られる」ものになる。同時配信はネットでのテレビの入り口としての大きな役割があるのだ。

「メディア」の定義はいろいろ考えられるが、私は「イマがわかる」のがメディアだと考える。なぜ人々はスマホでYahoo!ニュースを開くのか。そこには「イマ」が見出しの形で並んでいるからだ。同様にSNSになぜ頻繁にアクセスするのか。そこに自分の周りの「イマ」があるからだ。

テレビはなぜネット登場まで強かったか。家にいてもイマがパッと示されるからだ。イマのニュース、イマ面白いバラエティ、イマ人気のドラマを見せてくれる。スマホでの現状のテレビはイマを示せない。TVerでドラマやバラエティをあらかじめこれを見ようと定めて探し当てることはできるが、イマではない。その役割をYahoo!やSNSに持っていかれているのだ。

同時配信を行うことで、テレビはスマホでイマを示せる。「放送」が持つ価値をネットでも再現できるのが同時配信なのだ。

だから、ゴールデン・プライムだけでは、そしてキー局だけでは、中途半端。24時間まるまる、エリアに合わせてローカル局まで含めてネットで再現しなければ、同時配信の意味がないのだ。

そして入り口の同時配信に接した上で、そう言えば昨日あのドラマを見そこねていたと、見逃し配信サービスにも手が伸びる。同時配信だけでは儲からなくても、それが呼び水となって見逃し配信とセットで収益性が出てくる。十年以上iPlayerで同時配信と見逃し配信をセットで届けるイギリスのBBCでも、見逃し配信の方が視聴時間が圧倒的に多い。

ただし、同時配信を本当に実現するには、著作権の壁を取り払わねばならない。直近の著作権法改正で随分壁が低くなると言われていたが、結局は権利者の許諾があらかじめ必要になる。KBCのような努力をしないと同時配信できない。

だが一昔前のワンセグ放送と同時配信は現象としては変わらない。同じように携帯デバイスで放送が視聴できるサービスなのになぜ同時配信では権利の問題が出てくるのか、ユーザー目線では不思議にしか思えないだろう。同時配信は放送と同じ扱いだと法的にみなす、そうするだけで壁が一気に下がる。それによってユーザーが気軽にネットでテレビと同じものが見られるなら、ユーザー本位と言えるのではないか。

ユーザー目線でもう一つ加えると、NHKプラスとTVerに同時配信のプラットフォームが分かれているのも不便で仕方ない。いつの日か解消しないと、いつか伸び悩むのではないか。

こうした誤解と課題をどうすればクリアできるのか。6月21日のウェビナー「同時配信の議論を決着させる」ではっきりできればと考えている。同時配信は大袈裟に言えばメディアの未来を開く鍵だと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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