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職員有志の抗議文に感じた「NHKを壊すどっちもどっちな人びと」

境治コピーライター/メディアコンサルタント
月刊文藝春秋6月号当該ページを筆者が撮影

5月10日発売の月刊文藝春秋に掲載された「NHK職員有志一同」名義の前田会長への抗議文が先週話題になった。前田会長の改革の強引さは兼ねてから気になっていたのですぐに書店で文藝春秋を手にとった。みずほ銀行をちっとも改善できなかった経営者が改革とはおこがましいと私も感じていた。ただ、「有志」の名義を直接見ると躊躇した。こういうことを匿名で出すのは、他ならぬメディアに携わる者としてどうなのか。

結局、文春オンラインで記事単独を購入し全文を読んだ。湧いてきたのは前田会長への怒りより、「有志一同」への失望だった。

匿名の抗議文の説得力のなさ

まず当初気になった通り、こうした告発文を言論機関に所属する人びとが匿名で世に出す違和感がつきまとう。情けなさと言ってもいい。やはり「有志一同」の実名を並べるべきではなかったか。遠くから石を投げている、口先だけの弱虫たちにしか見えない。

そしてこの抗議に対してさっそく前田会長は完全否定している。匿名だと、それでおしまいだ。実名を出し、できれば他のメディアやネットでもいいので映像で語るべきではなかったか。ABEMAならすぐに出してくれそうだ。なんなら自分でYouTubeチャンネルを立ち上げてもいい。本当に戦う覚悟があるのなら、顔出しすべきだった。そうしたら大きな賛同の声として増幅し、前田会長への対抗力も持てたかもしれない。

さらに伝聞調なのも説得力を薄める。

「お前には改革マインドがないのか!」とみんなの前でその局長を面罵したそうです。

などと書かれても、その場にいたわけでもないのかと、話半分にしか受け止められない。匿名の上に伝聞調では、まったく説得力がないし共感もできない。前田会長が「バットを振り回す動画」を職員に見せたというが、その動画も見せないと何も伝わらない。だが有志たちはそこまではやらないのだ。火の粉がかからない場所にいて遠吠えしてるだけでは誰も本気で受け止めてくれないだろう。

新しいことはイヤだ、という駄々にしか見えない

抗議の中身として、見出しに「紅白打切り」とあったように、長年続いた人気番組を潰そうとした件が出てくる。「ガッテン!」や「生活笑百科」も潰されたそうだが、これらはそれほど大事な番組なのだろうか。民放でも長寿番組が続々打ち切られている中、視聴率が高いからとお年寄りしか見てない番組を打ち切るのがそれほどいけないことなのか。ましてや「生活笑百科」は長らく司会を務めた笑福亭仁鶴氏が亡くなっても続けていた方が不思議だった。

「紅白歌合戦」だってもはや例外でもなかろう。正直、私も惰性で見ているだけで物凄く見たいからでもない。見直しがあっても不思議ではないと思う。

抗議の中では、人事についての不満が大きな要素になっている。だがまるで高齢窓際社員の愚痴だ。

「トップマネジメント職群」という新しい職種について選抜制度により合格者が出たことをこう述べている。

平均年齢は四四歳、今の局長の平均年齢が五五歳ですから、これまでより十歳も若い。

それの何がいけないのか。一般企業で慣例的人事が同様に見直されており、ここだけとると前田改革はいい改革だと言いたくなる。「職員有志」は今まで通り年功序列で人事を行うべきだ、と言いたい守旧派に見えてしまう。

人事についてはBS番組「河瀬直美が見つめた東京五輪」で起こった「字幕問題」も原因はそこにあると言いたいようだ。

以前は文化番組部、芸能番組部、報道番組部の三つにディレクターのセクションが分かれていたのが、一つに統合して、「コンテンツセンター」というものを作った。

とあり、件の番組も「コンテンツセンター」制作で、そこに誤った字幕の原因があると言っている。だが慣れない職種だと事実と違う字幕をつけてしまうというのは理由になっていない。文化番組部のディレクターが報道記者になっただけで、あんなとんでもない間違いをしでかすだろうか。前田批判のために字幕事件を出しただけに思える。人事と関連性があるなら、もっと詳しく調べるべきだ。

コストカットについても恨みがましく書かれている。ヘリを減らしたから災害報道に影響しかねないなどと言うのだが、民放ではすでにヘリの共同利用、連携活用などが話し合われ一部地域では実施されている。協力しあって無駄をなくすのが潮流なのに、これまで通り機材を持ちたいというのは時代が見えていない。

NHKが共有財産なら国民への使命を果たせ

抗議文の前半に出てくる、印象深い一節がある。

私たちは、NHKとは受信料で成り立つ、国民にとっての共有財産であると信じています。

私は一人の視聴者としてそう信じてきた。だから信頼してきたし、番組を楽しんできた。だが今、その信頼は壊れかけている。それは前田会長の改革のせいではない。今この抗議文を読んで、これまでにないほどNHKに対する信頼が揺らいでいる。

「NHKを壊すな」と題された抗議文だが、NHKを壊すのはこの文を書いた職員有志一同の人びとだ。時代に合わせて変わる勇気がないなら、NHKが壊れるのも仕方ない。

そもそもこの人たちはNHKがどれだけ危機的状態にあるのか、わかっていないのではないか。テレビ離れはどんどん進み、中でもNHKは若者から見られなくなっている。

例えばつい先日発表されたTBS HDの決算資料に載っている2021年度の視聴率データによると個人視聴率全体、つまりすべての世代の視聴率でNHKはゴールデンタイム平均6.4%とトップだった。ところが同じ期間の新ファミリーコア視聴率(4〜49歳)では平均2.2%で5位だった。NHKが見られている6.4%のうちほとんどが50歳以上の高齢層ということだ。

前田会長が若者を重視するのはあながち間違いでもないと言える。

それに対し、それでも前田改革は間違いだ、と言うのなら、愚痴を書き連ねただけの抗議文ではなく、新たな改革の方針を掲げて堂々と批判するべきだ。そんな骨太な理念もなく、ただただ駄々をこねるように匿名で抗議しても、誰も味方になってくれない。何の意味もない抗議に終わってしまう。せめて第二弾第三弾と、もっと力強い球を投げてもらいたい。

例えば・・・

もともと前田会長は、JR東海名誉会長の葛西敬之氏や富士フイルムHD会長(当時)の古森重隆氏らが主宰し、安倍首相を囲んで応援する「四季の会」のメンバーでした。

前田会長の問題の根源はここにあるだろう。だったらここを徹底的に調べ上げて有志一同で費用を出し合って番組にし、こっそりネットで流せばいい。それくらいすべきだし、それでこそ初めて「抗議」と言える。そこまでやるなら匿名でもいいかもしれない。

諸外国では公共放送の料金が見直されている。BBCは大きな見直しを英国政府から迫られている。フランスではマクロン大統領が選挙で公約した通り、受信料を国が負担すると報じられた。

NHKの受信料は現在、8割程度の世帯が支払っているという。だがネット世代の若者がこれからどんどん社会の中心を担っていく中で、彼らが素直に受信料を払い続けてくれるか。NHKはそんな存続の瀬戸際に立たされているのだ。

前田改革に従えないなら、別の改革をこそ訴えるべき時だ。「国民にとっての共有財産」に所属する者の使命が、そこにはあると思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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