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話題になったテレ東の「お詫び」広告 同時配信の先に「テレビ再生元年」は見えるのか

境治コピーライター/メディアコンサルタント
日本経済新聞2022年4月10日の全面広告を筆者が撮影

※本記事は「放送制度検討会から考えるテレビの未来」(リンクは告知サイト)の4月20日(水)開催に向けて、そのテーマについて書く。

民放キー局がいよいよ同時配信をスタート

昨日、4月10日の日本経済新聞に載ったテレビ東京の全面広告がちょっとした話題になった。すでに報じられているので簡単に説明すると、これまで「全国放送っぽくふるまっていた」ことをお詫びする、という同局らしい自虐が笑える言い方で、最後に「11日(月)よりテレビ東京の番組がTVerにて全国リアルタイム配信されます。」というコピーで締めている。つまり、放送と同じ内容がネットで同時配信され全国で見られることになるのを告知する広告。テレビ東京に限らず、すでに先行していた日本テレビも含めて民放キー局が揃って本日11日から同時配信を始めるのだ。シンプルに言えば「テレビがネットで見られる」ようになる。ただし、夜の番組に限られるのだが。

もちろん多くのテレビ番組がすでにTVerで配信されている。「見逃し配信」と呼ばれ、放送1週間後までを標準に好きな時間に見ることができるサービスだ。時間に縛られる「放送」という形式に馴染めない若い世代からすると、「見逃し」の感覚はなく、好きなドラマが見たい時に視聴できる配信サービスの一つと受け止めているだろう。

だが「テレビがネットで見られる」と言えるためには、やはり同時配信をする必要があった。いつでもどこでもリアルタイムで見られるし、放送後の番組も見られる。それが「テレビとネットの融合」のあるべき姿であり、生き残るための必要条件だ。放送業界の人々の多くはそれがわかっていたし、欧米では常識になってきたのに、日本では今日まで具体化できなかった。

総論賛成、各論反対で進まなかった同時配信

BBCでは2008年に、すでにテレビ放送の同時配信をスタートしていた。日本でもそれに遅れまじと2015年に民放キー局が力を合わせてTVerをスタートさせ、それまで個別に取り組んでいた「見逃し配信」サービスを一つのプラットフォームにまとめた。だが同時配信の話にはなかなかならず、ようやく去年から今年にかけて準備が整ったがその間、5年以上かかってしまった。

NHKの同時配信については、総務省による「放送を巡る諸課題に関する検討会」という有識者会議が同じ2015年にスタート。筆者はできるだけ傍聴したが、なかなか具体化しなかった。話があっちへ行き、こっちへ進み、業界団体からは足枷となるような条件を提示され、それが本当に条件となったかどうかもわからなくなった。傍聴する度に、この会議を進める総務省はNHK同時配信を具現化するつもりがあるのかを疑いたくなった。

テレビ放送をネットで同時配信した方がいい、特に若者に見てもらうにはそれが必要だ。そのことに対しては誰も異論を言わない。「それはそうだ」「それはわかっている」多くの人々はそう言う。だが話が具体的になってくると様々な異論反論が出てくる。

また民放ローカル局の間では表立って言わないものの反対の声が強いと聞いた。NHKが、あるいは民放キー局がネットで番組を配信すると自分たちの地域で視聴率が減る、と考えているのだ。

だが筆者はそんな影響はないことをYahoo!でも書いてきた。

「民放キー局が同時配信したらローカル局が潰れる、という迷信」

スマホで見られるからと目の前のテレビを消して番組を見る人はいないはずで、テレビがない場所で見るのが同時配信。だから既存のテレビの視聴率には影響しない。

私に限らず、テレビの未来を考えて発言する人々は同じようなことを主張してきたが、どんなに丁寧に説明してもなぜか「だが我々の視聴率は下がる」と言い張り続ける人は多かった。

実際にはNHKは「NHKプラス」の名称で2020年春から同時配信を始めたが、それによって民放の視聴率が下がったという話は聞かない。同時配信が放送の視聴率に影響するというのは誤りだと、ようやく認識が進んできたように思う。

そんな中、やっと民放キー局が同時配信を始めるのは大きな前進だと言える。だが著作権の問題が中途半端な解決に留まっており、同時配信の手間はかなりかかるようだ。これは今後の課題だろう。

さらに、NHKと民放がNHKプラスとTVer、二つのプラットフォームに分かれて同時配信を行うことは、視聴者からすると不便でしかない。テレビ放送は同じプラットフォームでNHKも民放も視聴できたのが大きなメリットだったのに、分かれたままでいいはずがない。さらにローカル局は現状、同時配信へのステップが描かれていない。ネットでは関東の天気予報を日本中で見ることになってしまう。課題はまだまだ残っているのだ。

テレビの未来にはグランドデザインが必要だ

総務省では新たに放送を議論する場として「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」を昨年11月にスタートさせている。紆余曲折があった先述の「諸課題検討会」と比べると、明確な目標に向かってぐいぐい議論が進んでいるように見える。

そしてここまでの議論で具体的にフォーカスが当たっているのが「マス排緩和」についてだ。これは「マスメディア集中排除原則」の略で、放送局が少数の者に支配され、言論をコントロールされることを防ぐのが目的だ。そのため放送局への出資には一定の制限が設けられている。

現状の議論でフォーカスされているのはこの「マス排」そのものより、認定放送持株会社のルールについてだ。放送局はホールディングス制を取ることができるが、持株会社の傘下に収める放送局の数には制限がある。民放キー局はすべてこの制度のもと持株会社の形をとっているが、数の制限はなくしてもいいのではとの提言が出た。また系列局の中で近接の3局で別々の放送をしているのを、3局同じ内容の放送ができるようにしてもいいのではとの提言も出た。いずれも民放キー局による提言で、今後経営体力の低下が見込まれるローカル局をキー局が抱えやすく、また連携させることで維持しやすくしたいということのようだ。

これは議論の一端に過ぎず、今後様々な議論が行われる予定の様子だ。はっきりしているのは、これからローカル局は厳しくなり、一方でネットの活用は必須。そんな中で放送局の運営とネットワークをどう維持していけるかが議論される。これまで表立っては話がされなかったがこっそり議論されていたテーマや方向性を、タブー視せずに扱っていく姿勢が見てとれる。

もはや各論反対を唱えている場合ではなくなっている。テレビ放送がネットも使ってどう生き残れるかの議論が始まっているのだ。

ただ、欠かせないのが視聴者の視点。この手の議論は、ともすると各業界の事業者の視点に終始しがちだ。

今回のウェビナー「放送制度検討会から考えるテレビの未来」では、もちろんテレビ局にとっての未来を議論するが、その一方で、市民にとっての放送メディアがどうあるべきかの視点も忘れずに議論したい。この国で生活する人々にとって、今後メディアはどんな形になればいいか、そのグランドデザインを考えるべき時だと思うのだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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