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アニメ「やくも」を影で支えた、放送局の地域創生事業

境治コピーライター/メディアコンサルタント

岐阜県多治見市の人びとの思いが結実したアニメ「やくも」

アニメ「やくならマグカップも(愛称=やくも)」をご存知だろうか。岐阜県多治見市の美濃焼きを題材に、伝統工芸に打ち込む高校生たちと家族や街の人びとが織りなす物語だ。多治見市のプラネット社が10年続けてきたフリーコミックを原作に、アニメ制作会社・日本アニメの多治見市出身の社員が企画した作品であることは、すでにYahoo!でも記事になっている。

<やくならマグカップも>“日本一暑い”多治見を“熱い”街に 官民一体でアニメ聖地盛り上げる

また地元出身の”普通の”会社員の女性が声優デビューしたことも話題のひとつだ。

<やくならマグカップも>多治見出身の“普通の会社員”が声優に 津村ねんど「人生が変わった」

美濃焼を描く物語で多治見市を盛り上げたい人びとの想いが重なり共鳴して結実した、地域にとって大きな意義を持つコンテンツだ。

放送局が設立した地域創生事業会社Zipangの関わり

この「やくも」は現在、多治見市も放送エリアに含むCBCテレビをはじめ、関西準キー局の毎日放送、TOKYO MXテレビ、BS11、アニメ専門チャンネルAT-Xで放送中。またdアニメストアで最速配信されるほか、GYAOやTVerなど無料サービス、AmazonプライムビデオやU-NEXTなど多くのSVODサービスでネット配信もされている。

「やくも」についてのこうした放送局との座組みに一役買ったのがZipangという新しい会社だった。Zipangは地域創生をミッションに掲げ、毎日放送のグループ会社として誕生した。「エンターテインメントとテクノロジーで地域と輝く」をスローガンに、コンテンツのタネを具現化していくことを事業にする会社だ。

近年、地域を舞台にした映画やドラマ、アニメがヒットするとファンたちがそのコンテンツを核にコミュニティを形成し、「聖地巡礼」をしてくれるようになり地域が活性化する例があちこちで起こっている。こうした現象の全体像を理解していれば、自然発生的な現象をうまく促すことも可能だ。Zipangが取り組むのはそんな作業だと言える。

「やくも」ではZipangが日本アニメと多治見市の間をセッティングし、市や観光協会、商工会議所などが参加するアニメの「活用推進協議会」を設立して地域との連携体制を構築。国や県の補助金や企業版ふるさと納税などを財源として、アニメの聖地マップや音声ガイドの制作、モニターツアーの実施などのロケツーリズム施策の展開などをサポートしてきた。まさにコンテンツを核にした地域創生のモデルのような流れだ。

放送局がエリアを超えて連携し地域創生に取り組みはじめた

いま様々なエリアの放送局が、地域創生をテーマに掲げはじめている。Zipangは「コンテンツ」を核にしているが、それに限らず地域の活性化をミッションに、多様な取り組みに挑む動きが出てきた。

テレビ局というと多くの人は派手なドラマやバラエティを思い浮かべるだろうが、それらはほとんど東京にあるいわゆるキー局が制作している。そしてこれまでのローカル局はキー局がつくるそうした番組を各地域に送り届けるのが主な役割と思われてきた。

それはまた日本の高度成長が東京中心で動いてきたことの現れでもある。だが21世紀は東京集中を是正し、各地域がその特色を生かして多様に新たな成長を目指す必要があるだろう。そうしないと、日本全体が勢いをなくしかねない。

ローカル局が地域創生を掲げるのは、放送エリアが新たな成長に向かっていかないと、ローカル局自身の未来もないからだ。地域と一蓮托生、共に歩まねば存在意義はない。

また同時に、ネットの時代になったいま、放送エリアにこだわり内向きになる必要もない。むしろオープンに構えてエリアを超えた活動もしていくべきだし、エリアの違う放送局との連携で足し算以上の相乗効果を生む可能性もある。

毎日放送のグループ会社であるZipangが、多治見市を放送エリアに持つCBCテレビとも連携して「やくも」を盛り上げているのは、その好例になりそうだ。自分の地域にこだわりつつも、地域を超えたコラボレーションによって元の力以上のパワーになる。私たちがアニメを通じて多治見市に触れているのはその証と言えるだろう。

メディアの存続が厳しいと言われる時代だが、ローカルメディアにとっては地域との関係が今後の鍵となる。その地域にとって価値があるメディアなら、人びとが、そして企業が利用してくれるはずだからだ。そこではもちろん、どんな情報を届けてくれるかが一番重要だが、地域を支えてくれる頼もしい存在かどうかも大きな要素となる。放送局にとって地域創生は、取り組まないわけにはいかない事業になるだろう。

〜Zipangとアニメ「やくならマグカップも」についてはこちらのウェビナーで→「テレビ局は地域創生をどう事業にするか・1」

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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