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NHKのTVerでの配信は大した話ではない

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像は筆者作成

NHKがTVerでの配信スタートを発表

NHKは来週8月26日(月)から一部の番組を放送後にTVerで配信することになった。いわゆる「見逃し配信」だ。発表されたのは以下の番組で、期間は放送の翌日から一週間とのことだ。

  • 「ダーウィンが来た!」(総合) 日曜 午後7時 30 分~放送
  • 「チコちゃんに叱られる! チコッとだけスペシャル」(総合) 土日 深夜放送
  • 「Nスペ5min.」(総合) 土曜 午前 5 時 10 分~放送
  • 「みいつけた!」(E テレ) 月曜~金曜 午前 7 時 45 分~放送
  • 「ハートネットTV」(E テレ) 月曜~水曜 午後8時 00 分~放送
  • 「バリバラ」(E テレ) 木曜 午後8時 00 分~放送
  • 「きょうの健康」(E テレ) 月曜~木曜 午後 8 時 30 分~放送
  • 「きょうの料理ビギナーズ」(E テレ) 月曜~水曜 午後 9 時 25 分~放送

→TVerのリリースページ

一部の人が気にしていた「受信料を取るのか?」との懸念には、以下のようにリリースに書かれている。

「TVer 内で配信されている動画は、NHK の番組を含め、すべて無料で視聴することができます。また、TVer のウェブサイト及びアプリは「NHK の放送を受信することのできる受信設備」ではなく、TVer での番組視聴は、NHK の受信契約の対象ではございません。」

心配されたようなことはない、ということになる。

今月初めの、奇妙なスクープ(?)記事

これについては今月初めに不思議な記事が出た。共同通信がこんな見出しで記事を配信したのだ。

「NHK、TVerへ参加」

何が不思議だったかというと、今初めて露見したような”スクープ”調の記事だったからだ。だがNHKがTVerで番組配信を行うことはすでに今年3月にはNHK自らが発表していたことだ。この時初めて明らかになったことではない。強いて言えば「8月中に8番組程度で」という部分が新情報ではあるが、取り立てて「すごい」情報ではない。朝ドラも大河も入らないのだから。3月に「新年度から」TVerで配信すると言っていたのだから、8月はいいタイミングで驚くようなことではない。なぜ共同通信がこのような取り立ててスクープと言えない記事を、いかにもスクープでございという形で配信したのか、私は不思議に思った。

ところがこの記事には肝心な情報が欠けていた。TVerでの配信は無料であることが明記されていなかったのだ。そのためネット上がおかしな方向で沸いてしまう。「NHKはTVerで受信料を取るのか?」「民放はNHKのネット受信料に手を貸すのか?」という大いなる誤解が巻き起こったのだ。NHKは今後ネットで受信料を取るのか?と警戒している人が多い中でTVerへの参加という情報だけを記事にしたら、誤解が拡散されて当然だと思う。NHKのTVer参加が一般の人に知られてないから記事にしたというなら、無料であることまでしっかり書くべきではなかっただろうか。起こる必要のない疑念を人々の間で生んでしまったと私は感じた。

TVer参加は、規制改革推進会議から言われたから

さて私なりにこのNHKのTVer参加について解説したい。上述の通り、NHKはすでに3月に「年度内でTVerでの配信をする」ことを発表していた。これは総務省が仕切る「放送を巡る諸課題に関する検討会」の場でNHKが提示した書類に記されており、ネットでもそれが読める。誰でもダウンロードできる書類なので該当ページをここに示そう。(赤枠は筆者が付加)

「放送を巡る諸課題に関する検討会」2019年3月11日付 NHK配布資料
「放送を巡る諸課題に関する検討会」2019年3月11日付 NHK配布資料

3月に自ら「やる」と言っていたTVerでの配信を8月に実行したわけで、目新しい話ではないことがわかると思う。そしてここではっきりみなさんに理解して欲しいのは、この度改正された放送法でNHKは常時同時配信をすることになったが、それに対し受信料をとっていいことにはなっていない点だ。NHKがそうしたいと思っても、現状は法律上「ネット受信料」は取れない。だからもちろん、TVerでの見逃し配信でも受信料は取れないのだ。

ちなみに「放送を巡る諸課題に関する検討会」は2015年にスタートし、事実上NHKの同時配信を主題に延々議論してきた。何年間も議論してやっと決まったのが「NHKは常時同時配信を行う」ことだ。それまでの経緯を語ると大連載になるのでここではやめておく。ただ、この国で「新しいことを決める」ことがどれだけ大変で馬鹿馬鹿しいプロセスかは数年間会議を傍聴してきてよくわかった。

ではなぜNHKはTVerに参加するのだろう。NHKがそうしたかったというより、規制改革推進会議から「共通プラットフォームを作れ」と言われたからだ。TVer側つまり民放側も、そう言われたのでNHKを受け入れるべく議論をしてきたようだ。

この規制改革推進会議がまた説明が要る会議体だ。第二次安倍政権のスタート後、官邸の命を受けて「岩盤規制に穴を開ける」を合言葉にあらゆる規制にメスを入れてきた。2017年から放送についても対象になり、彼らが業界内外の様々な人びとにヒアリングして2018年6月に「第3次答申」を出した。放送業界はこう変われ、というものだ。

全体は放送だけでなく多様な業界に対してのもので100ページにも及ぶ膨大な提言集。そのうち8ページ程度を放送に割いている。その最初の方、47ページから48ページにかけてこんな文言がある。

インターネット技術の進展により、見る人からすればテレビと類似の配信が可能となっている中において、テレビ番組のインターネット同時配信は避けて通ることのできない課題である。その際、ネット配信の共通のプラットフォームを設けることは、視聴者の利便性を高め、また、各社それぞれのハブとして相乗的な効果拡大も期待できる。

出典:規制改革推進に関する第3次答申~来るべき新時代へ~(平成30年6月4日)(太字は筆者)

民放とNHKが共に視聴できるネット上の「共通のプラットフォーム」が必要だと言っている。この規制改革推進会議の答申には各省庁から答えを出さざるを得ない。言われたからにはいちばんやりやすいTVerにNHKが乗っかる形で今回の展開になった。

だからNHKがTVerに参加すること自体は、言われたからやっただけで大したことではない。上記のラインナップも差し支えない番組群であるとわかる。もっとも「ハートネットTV」や「バリバラ」はネット配信で活きるユニークな番組だと思うが。

なぜもっと視聴が集まりそうな朝ドラや大河を配信しないのだろう。NHKオンデマンドがあるからだ。NHKの過去の番組がアーカイブ的に有料視聴できるこのサービスでは、ドラマも放送後に配信している。朝ドラや大河は当然そっちの人気コンテンツで、TVerで無料で配信すると矛盾が生じてしまう。コンフリクトを起こさないためには、TVerで流す番組は地味になってしまうのだ。その意味でも、大したことではない。

それより、今後同時配信を進めていく中でNHKオンデマンドをどうするかのほうが大問題だろう。それに限らずNHKは、これまでやってきたネット上のサービスを再構成する必要がある。

NHKネットクラブというサービスも11月末での終了を発表している。→「NHKネットクラブ」サービス終了のお知らせ

こうしたサービスは今後の常時同時配信との整合性を考え、再編せねばならない。大したことになるのは、これからだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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